【長編】アストレア・レコード ~星詠みの魔法道具~

浅沼まど

【序章】規律の番犬

【第1節】『番犬たる彼女の流儀』

王都おうとアルカディアの朝は、鐘の音で始まる。


中央聖堂の鐘楼しょうろうから響く七つの音が、まだ薄暗うすぐらい街並みにわたっていく。石畳いしだたみの通りには朝露あさつゆが光り、パン屋の煙突えんとつからは焼きたてのかおりが立ち上る。やがて商店のとびらが開き、荷馬車が動き出し、人々の声が街を満たしていく。

王国の中枢ちゅうすうたるこの街で、新しい一日が始まろうとしていた。


ユーリア・ヴァイオレットは、六つ目のかねが鳴り終わる前に目を覚ます。

七つ目のかねが鳴るころには洗顔を済ませ、身支度みじたくを整え始める。それが彼女の習慣だった。三年前に〝魔法省まほうしょう魔法管理局まほうかんりきょく〟へ入省にゅうしょうして以来、一日たりとも乱れたことのない朝の儀式ぎしき


鏡の前で、制服の襟元えりもとを正す。


魔法省まほうしょう魔法管理局まほうかんりきょく〟の紋章もんしょう——六芒星ろくぼうせいを囲む輪——が、窓から差し込む朝日を受けてあわく光った。金糸きんし刺繍ししゅうしわひとつない。ボタンは上まできっちりととどめ、袖口そでぐちの折り返しも規定通りのはばに整える。スカートのたけ、靴下の位置、腰に提げた携帯用魔法杖まほうじょうの角度。全てを確認してから、ユーリアは小さく頷いた。


金色の髪を後ろで一つに束ね、最後にもう一度全身を確認する。

あおひとみに映る自分の姿は、規則通りの監察官かんさつかんそのものだ。

それでいい。それが、ユーリア・ヴァイオレットという人間なのだから。


りょうの自室を出て、石畳いしだたみの道を歩く。魔法省まほうしょう本庁舎ほんちょうしゃまでは徒歩とほで十五分ほど。この時間なら、ちょうど始業の三十分前に到着できる。早すぎず、遅すぎず。けれど誰よりも早く——それが、彼女の流儀りゅうぎだった。

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