8 婚約破棄、或いは無効でお願いします⑦


「ロサフィロ様、花柄のワンピースがよくお似合いです。似合うのも当然、ロサフィロ様ご自身が花のように匂い立つような乙女ですものね」


 恥ずいからヤメテ。


 文学作品でしか見ないような表現を、真面目に私を誉める言葉に使う、神官騎士のヤフィリナ。

 匂い立つようなって⋯⋯ 聖女は生まれた時の女神の祝福以外にも、魔力操作の異能を強化するためか加護を受けている。その加護のおかげで、つやというにはわざとらしいほどに、僅かに輝いている薔薇色の宝石を糸にしたかのような美しい髪に、春の花のような香りが漂う、ビックリ人間となっているのだ。不可抗力だから、変に褒めないで欲しい。

 女神さまの加護を受けている証で聖光を纏っているからこうなるのだ。匂いつきで。もう、リンスやトリートメントの匂いだと思うしかない。

 

 自由民で戦闘能力を磨いてから神職に就き、そこから神官騎士になったメルディと違い、ヤフィリナは下位貴族家の四女で、王都の侯爵家で侍女をしていたのに、属性魔法が得意で、更に神聖魔法を学びたいと突然侍女を辞めて神学校に入り、神官騎士となった異色の経歴の持ち主で、私の世話を焼くのが楽しいらしい。

 王妃殿下の推薦で私の護衛に就いた人で、始めから、侍女の経験を持つ魔法が得意な神官騎士という経歴が、私の護衛に抜擢された理由だろう。


 花柄のワンピース。シルクスクリーンのような、型で染め付ける大量生産物だけど、可愛らしい。

 ミモレ丈なんだけど、みんなはもっと長いものをと言う。高貴な人が足を見せるのは良くないと言うけれど、聖女だからって、みんな意識しすぎよ。

 元は平民なのに。中身も庶民の日本人なのに。


 屋根のある、箱型の小さな馬車に乗っての移動は、歩くよりは速いかな?って程度。自動車の感覚で行くとまどろっこしい。

 馬は足の速い生き物だけど、ずっと走り続けられる訳じゃない。

 急ぎの移動や長距離を走る時は、宿場ごとに馬を取り替える事になる。

 

 ヤフィリナが隣の扉側に、メルディが向かいの御者台の裏になる小窓の下の狭い板のような座席に座る。

 私は、奥の、窓際の進行方向に向かう席。

 御者台に一人、左右に騎馬で二人、馬車の後ろに騎馬で一人の聖騎士が。

 これだけは、この布陣を譲ってもらえない。


 これじゃ、町娘と冒険者のフリをしていても、本当は身分ある人物が乗ってると公表してるようなものだけど、これ以上はと聞いてくれないのだ。


 王都から、私の養父サイガディオン侯爵の領地までは、徒歩で15日ほど。たぶん、東京から京都か大阪までくらい。

 ブロガーが東京駅から神戸駅まで十五日で踏破したってのを見たことあるし、昔テレビの番組で芸能人がマラソンで大阪から日本橋まで11日で到着してたような? 普通の人には無理だよね。

 馬車でも同じくらいかかる。


 けど、聖騎士が風魔法で空気の抵抗値を下げたり土魔法で車輪の滑りを抑制したり、身体強化の魔法で馬の脚力を補強したりするので、半分の一週間で到着できる。


 何より、地面と車輪の具合を魔法で良くするって言うのが最高である。

 殆ど跳ねたりしないし、さほど揺れないのだ。


 聖女に目覚める前に、街で乗った辻馬車は、板のような硬い座席に跳ねたり揺れが酷くて、お尻が痛くて歩く方がマシだった。

 街の教会に用があって、荷物があるときは、手作りのクッションを持って乗るようにしていた。

 花垣結花の記憶が戻った今、現代の自動車に慣れた日本人として、もはや、バネ板サスペンションが効いて座席がソファのように立派な、お貴族様の馬車でなくてはとても乗れない。



 窓を開けると、風が入ってきて気持ちいい。


「ロサフィロ様。何かが飛び込んでこないとも限りません。窓は開けないでください」

「えー? だって、どうせ、魔法防御壁プロテクションガードとか魔法盾シールドとか施してあるんでしょう? 空気を入れ換えたいし、外の空気を吸いたいわ」

「⋯⋯仕方ありませんね、少しだけですよ?」


 窓の外に、魔法盾シールドを重ねがけするメルディ。心配性だなぁ。


 馬車の右側――窓の側にいた聖騎士が、馬車に馬を寄せる。馬車に接触しないギリギリで、窓よりやや後ろ私の景観を損ねない位置に来た訳だ。

 石とか矢が飛んで来ても、重ねがけの魔法盾シールドと馬車全体に施された魔法防御壁プロテクションガードが弾くが、それらに魔法が付与されていた場合、貫通する可能性もあるとのことで、咄嗟に対応するためだろう。


 2日ほど街道を進んだ辺りで、馬車の側を並走する聖騎士達に緊張が走る。


「何かあったの?」


 御者台の小窓の下に座るメルディが、外に声をかける。

 私の隣に座るヤフィリナも、窓の外を覗き込むように窺う。


「背後から、普通の馬車にはない速度で追い上げてくるのを感知したのですが、駅馬車ではあの速度はあり得ないし、郵便馬車でもなさそうです」


 

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