2 婚約破棄、或いは無効でお願いします ①


 喚き続けるサビ頭王子に追いかけられながら、廊下を突き進み、階段を一段飛ばしで駆け下りる。


 カーペットを敷いた廊下を小走りで通り抜けて、大きな扉の前に。


「あ、え? 聖女さま? どちらに?」

「帰るわ」

「か、帰るとはどちらに? 聖女さまのお住まいはここ、王太子宮では?」

「違うわよ」


 上の階の、王族が過ごす区画の護衛騎士や衛士は貴族出身者で固めてられているが、一階の一般人も執務内容によっては立ち入る区画は、扉を守る衛士も実力を見込まれ、礼儀と身分格差をたたき込まれた平民もいる。

 今日の当番も、平民のようだ。追いかけてきた騎士や従者(貴族家の男子)とサビ頭王子と私とを交互に見ながら平静を保とうとしてはいるが、どことなくオロオロしている。


 ここは王太子宮だけど、サビ頭王子が王太子⋯⋯という訳ではない。

 サビ頭王子は第二王子で、他に、正妃の産んだ第三王子と側妃の産んだ第一・第四王子がいる。

 サビ頭はまだ立太子していないので、この宮のあるじでもない。


 正妃の産んだ最初の王子なのでまるで王太子であるかのように扱われているだけで、もう王太子確定だと勘違いしているのか、ちょっと傍若無人で感じ悪い人物である。

 私としては、側妃さまがお産みになられた優秀な第一王子か正妃の産んだ勤勉家で礼儀正しい第三王子を推したい。


 この王太子宮には四人の王子が住んでいて、限られた人しか立ち入れない上階の生活区域に、それぞれの部屋がある。どなたもまだご成婚されていないので女人は住んでおらず、最上階の王太子の部屋はあるじがいないまま、立太子とその王子のご成婚を待っている。

 隣の後宮には、王妃さまと側妃さま、それぞれのお産みになられた姫さまが三人の五人で暮らしていて、当然、後宮のあるじは正妃さまである。


 第一王子殿下は、私も殿下と称して敬うに否やはない清廉潔白な方で、側妃さまが先に男児をお産みになられたことから、出過ぎないよう控え目に、だけど豊富な教養を持つように育てられている。

 第三王子もあの兄を見て育ったせいかとても勉強熱心で、第一王子に懐いていて、将来は臣下に下り第一王子の支えになると明言している、見た目も中身も可愛い男の子である。

 第四王子は側妃さまのお子ということもあって、王位継承権を放棄して、側妃さまのご実家の侯爵家を盛り立てながら兄王子の役に立つ役人になると図書館に通い詰める、第三王子と半月だけ後に生まれた同い年の少年で、彼らの結束は固いとみられる。


 ね? サビ頭王子のお嫁になるなんて、あり得ないでしょ?

 立太子していないのにまるで次期国王だと言わんばかりで無駄に偉そうだし、結婚もしてない内から政務はサボりがちな上に適当だし婚約者もほったらかしで、恋人に夢中になってる俗物だ。

 あの正妃さまから生まれて王室の最高級の教育を施され、ご実家の後ろ盾や後援をも受けながら、なんでああなったんだろ?


「聖女さま? ご聖務にはまだ早いのでは?」


 いつも私を聖女のお務めに連れて行ってくれる、護衛兼御者の聖騎士が、予定より早い時間に宮から出て来たことで、首を傾げる。

 ここは私の家ではないと思っているけれど、聖女の務めを行うのにここから通うのが都合がいいのもあって、警護もしやすいとかでひと月の半分は、ここの二階の客間に寝泊まりしている。

 サビ頭第二王子の夜這いを警戒しなくてはならないという、あまり休めない場所なんだけど、王妃さまの計らいで、王太子宮にも入れる聖騎士を護衛に手配してくださったのだ。

 女性の神官騎士二人と、男性の聖騎士四人が交代で1・2体制で警護してくれる。

 王妃さまが選別してくださった、身元も剣や魔法の実力も確かな六人である。

 貴族出身で有能な方々に、聖女の奇跡もたったひとつ――魔素を変換・循環させるだけ――しか使えない、サビ頭王子に無能呼ばわりされるような私のおりなんかさせて申し訳なさでいっぱいだ。


 月の半分はここから聖務に向かうので、ここに住んでると多くの人に思われている。

 もちろん、あの情けないサビ頭第二王子の婚約者だというのもあるだろう。


 先代の聖女さまが亡くなり、私が継いだ時に侯爵家の養女になったのも、身辺を守り環境をよくする意味もないでもないけれど、正妃の産んだ第二王子の立太子を確実なものにするために、婚約者に仕立て上げるためでもある。

 迷惑な話である。


 また、サビ頭第二王子の婚約者に仕立て上げるために養女になった侯爵家もまた、自分の家だとは思えなかった。


 

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