無能と罵られ追放された鑑定士ですが、覚醒した【万物解析】で伝説の武器を乱獲しています

藤宮かすみ

第1話「無能鑑定士の追放」

「だから、この宝箱は罠の可能性があるって言ったじゃないか!」


 俺の悲痛な叫びは、ダンジョンの薄暗い通路に虚しく響いた。目の前では、パーティのヒーラーであるセシリアが、毒の矢を受けて苦しげにうめいている。宝箱だと思っていたソレは、狡猾なモンスター「ミミック」だったのだ。


「うるさい! お前のせいで集中が乱れたんだ!」


 パーティリーダーの剣士ゼノンが、忌々しげに俺を睨みつける。いや、俺のせいってどういう理屈だ。事前にあれほど警告したのに、それを無視して突っ走ったのはあんたじゃないか。


 俺の名前はアキラ。ついこの間まで日本のしがないサラリーマンだったが、不慮の事故で命を落とし、剣と魔法のファンタジー世界に転生した。神から与えられたユニークスキルは【道具鑑定】。まあ、名前の通り、道具のことがちょこっとだけ分かるという、正直言って微妙なスキルだ。


 戦闘力ゼロの俺が、それでも冒険者になる夢を諦めきれず、なんとか潜り込んだのがSランクパーティ「紅蓮の牙」。聞こえはいいが、実際の俺の役割は荷物持ち兼雑用係だった。ポーションの数を数えたり、汚れた装備を磨いたり、野営の準備をしたり。鑑定スキルが役に立つのは、拾ったアイテムが売れるかどうかを判断する時くらい。それだって、大抵は「鉄の剣」「革の盾」みたいな、見れば分かる情報しか表示されない。


「ちっ、解毒ポーションを使え! こんな雑魚モンスターに手間取らせやがって!」


 ゼノンが吐き捨てるように言う。その言葉は、明らかに俺に向けられていた。俺がもっと早く、もっと強くミミックの危険性を訴えていれば、こんなことにはならなかったとでも言いたげだ。


 もう、うんざりだった。このパーティに入ってからというもの、俺はずっとこんな扱いだ。手柄はすべてゼノンたちのもの。ミスが起きれば、すべて俺の責任。彼らが快適に冒険できるよう、俺は誰よりも早く起きて準備をし、誰よりも遅く寝て後片付けをする。ダンジョンで手に入れた装備のメンテナンスだって、俺が一手に引き受けてきた。彼らの剣がなまくらにならず、鎧が輝きを失わないのは、一体誰のおかげだと思っているんだ。


 だが、そんな俺の献身が報われることは、一度としてなかった。


「アキラ、お前、もうパーティを抜けろ」


 ミミックをなんとか倒し、セシリアの治療を終えた後、ゼノンは冷たくそう言い放った。


「え……?」


「聞こえなかったのか? お前はクビだ。足手まといなんだよ、お前みたいな戦闘力のない鑑定士はな」


 あまりに突然の宣告に、言葉を失った。俺は、このパーティのために必死で尽くしてきたはずだ。雑用だって、鑑定だって、やれることは全てやってきた。それなのに。


「そ、そんな……。俺は今まで、みんなのために……」


「お前の代わりなんていくらでもいる。いや、荷物持ちならもっと力のある奴隷でも雇った方がマシだ。そうだろ、お前ら?」


 ゼノンが同意を求めると、他のメンバーも冷たい視線を俺に向けるだけだった。魔法使いのグレイは面倒くさそうにそっぽを向き、ヒーラーのセシリアは気まずそうに目を伏せている。誰も、俺をかばおうとはしてくれない。


「分かったら、そのマジックバッグを置いていけ。装備もだ。それはパーティの備品だからな。お前個人の所有物じゃない」


「なっ……! こ、これは俺がなけなしの金で買ったものだぞ!」


「うるさい。お前がこのパーティで稼いだ金は、すべて我々がダンジョンを攻略したおかげで得られたものだ。文句があるのか?」


 横暴すぎる。あまりの理不尽に、腹の底から怒りが湧き上がってくる。だが、ここで彼らに逆らったところで、俺に勝ち目はない。力では絶対にかなわないのだ。


 悔しさに歯を食いしばりながら、俺は言われるがままに装備を脱ぎ、マジックバッグを地面に置いた。中には、なけなしの所持金と、今まで集めた素材が入っていた。それすらも、彼らは奪い去るつもりらしい。


「じゃあな、無能鑑定士。モンスターに食われちまえ」


 ゼノンは嘲笑を浮かべ、仲間たちと共にダンジョンの奥へと進んでいく。俺は、布一枚の粗末な服と、初期装備の短剣一本だけを手に、薄暗いダンジョンの中に取り残された。


 遠ざかっていく松明の明かりを見つめながら、絶望が全身を支配していく。ここはダンジョンの中層だ。強力なモンスターがうろつくこの場所で、丸腰同然の俺が生き延びられるはずがない。


 ああ、俺の異世界ライフも、ここまでか。こんな理不尽な終わり方、あんまりじゃないか……。込み上げてくる涙をこらえることができなかった。その時だ。


 グォォォォォッ!


 背後から、獣の咆哮が聞こえた。振り向くと、よだれを垂らしたゴブリンの群れが、松明の明かりに照らし出されてこちらに向かってきているのが見えた。まずい、見つかった!


 もうダメだ。死んだ。


 絶望に心が折れかけた、まさにその瞬間。


 ピロンッ。


 頭の中に、無機質な電子音が響いた。そして、今まで見たこともないウィンドウが目の前に現れた。


 《ユニークスキル【道具鑑定】の熟練度が最大に達しました。スキルが【万物解析】に進化します》


「……は?」


 訳が分からないまま、俺は襲い来るゴブリンから身を守るため、無我夢中で手元の短剣を握りしめた。その瞬間、再びウィンドウが目の前に浮かび上がる。今度は、鑑定結果を示す、見慣れたウィンドウだった。だが、そこに表示されている内容は、今までとはまったく異なっていた。


【万物解析】

 真名:血吸いの短剣(ブラッドサッカー)

 ランク:SS(伝説級)

 詳細:斬りつけた対象から生命力を吸収し、持ち主の力に変換する呪われた短剣。かつて、一人の吸血鬼が愛用したと言われる。

 隠された能力:「生命吸収」「自己修復」

 進化条件:高位の魔物の血を百体分吸わせる。

 制作者の思念:『我が復讐の刃よ、全ての命を喰らい尽くせ……』


「……なんだ、これ……?」


 今まで「錆びた短剣」としか表示されなかったガラクタの、本当の姿。信じられない情報量に、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

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