EP 3

虚飾の錬金術師、再び

 作戦決行の前日。

 衣装合わせを終えた俺たちは、廃墟の館のリビングに集まっていた。

「さて、役者は揃った。次は『小道具』だ」

 俺はスマホを取り出し、深呼吸をした。

 現在の所持金(というかユアから借りた作戦用資金)の中から、金貨1枚を取り出す。

 これが成功しなければ、俺たちは詐欺未遂で投獄、あるいは借金で破産だ。

「頼むぞ、No.2……!」

 震える指でタップする。

 プルルルル……ガチャ。

 ピロン♪(金貨-1枚)

 ボンッ!!

 ピンク色の派手な煙と共に、あの男が現れた。

「ノン、ノン、ノン。お呼びかな? 迷える子羊たちよ」

 紫の燕尾服にシルクハット。カイゼル髭を弄(いじ)る、胡散臭さの塊。

 魔法使いザーマンスだ。

「待ってたぞザーマンス。今日はビジネスの話だ」

「ホゥ? ビジネス。悪くない響きだ」

 俺はニャングルの計画を説明した。

 質屋の親父を騙すため、国宝級の価値がある「王冠」の偽物を作って欲しいと。

「ふむ……。要するに、プロの鑑定眼すら欺(あざむ)く『至高の贋作(フェイク)』をご所望と?」

「できるか?」

「ノン!」

 ザーマンスはステッキを振って否定した。

「贋作などという安っぽい言葉は使わないでいただきたい。私が作るのは『3分間だけの真実(リアル)』だ」

 彼はニヤリと笑い、何もないテーブルの上にステッキをかざした。

「イメージせよ。かつてこの大陸を支配した、古代太陽王朝の栄光を……!」

 カッ!!

 眩い黄金の光が溢れ出す。

 光が収束すると、そこには一つの王冠が鎮座していた。

 純金で編み込まれた繊細な装飾。

 中央には、握り拳ほどの大きさの真紅の宝石(ルビー)が埋め込まれ、内側から燃えるような魔力を放っている。

「こ、これは……!!」

 鑑定役のニャングルが眼鏡をずり落とした。

「『古代王朝の太陽王冠』……! 伝説の逸品やないか! この金の純度、宝石のカット、そして纏っている魔力……どっからどう見ても本物や!」

 ニャングルが震える手で触れようとするが、ザーマンスがピシャリと手を叩いた。

「お触りは厳禁だよ。崩れやすい『砂の城』だからね」

「すげぇ……。これならゴズも一発で信じるはずだ!」

 俺は勝利を確信した。だが、ザーマンスは懐中時計を取り出し、チッチッ舌を鳴らす。

「忘れてはいけないよ、ムッシュ恭介。私の魔法の有効期限は?」

「……3分間」

「ウィ(Yes)。1秒でも過ぎれば、それはただの砂山に戻る」

 3分。180秒。

 カップラーメンが出来上がるまでの間に、質屋に入り、ゴズを威圧し、金を借り、権利書を買い、転売し、借金を返済して、王冠を取り戻して逃げなければならない。

「……無理ゲーじゃね?」

 ワイガーがもっともなことを呟く。

「やるんだよ! リハーサルだ! 体で覚えろ!」

 俺たちはリビングを質屋に見立て、ストップウォッチ(スマホ)片手に特訓を開始した。

「よーい、スタート!」

 0:00 入店。

「おい親父! 金だ! これを担保に貸せ!」(恭介)

「ん」(ワイガーの威圧)

 0:30 鑑定&交渉。

「ほ、本物だ……いくらだ? 500か?」(ゴズ役のニャングル)

 0:45 サクラ乱入。

「オ、オホホホホ! わ、わタクシが、か、買いますワァァ!」(ルナ)

 ルナが扇子を落とす。

「カット! ルナ、扇子は落とすな! あと笑い方が引きつってる!」

 再挑戦。

 1:30 契約成立&権利書購入。

「1000枚貸そう!」「ついでにその紙切れも買うぜ!」

 金貨と権利書を受け取る。

 1:50 転売リレー。

 ユアが権利書を持って窓の外へ。

 外で待機していたニャングル(一人二役で忙しい)に渡し、追加資金を受け取って戻る。

 ユアが躓(つまず)いて転ぶ。

「ユア! ポテチ食いながら走るな!」

 2:40 返済&回収。

「気が変わった! 金を返すから王冠をよこせ!」

 金貨を叩きつけ、王冠を奪取。

 2:55 退店&ダッシュ。

 ドアを出たところで――。

「3分終了〜!」

 俺たちは床にへたり込んだ。

 ギリギリだ。一つのミスも許されない。

 ゴズが少しでも渋ったり、計算に手間取ったらアウトだ。

「ハァ……ハァ……。心臓に悪いわ、この作戦……」

「でも、やるしかないんですぅ……」

 ルナが涙目で扇子を握りしめている。

 俺は汗だくの顔を上げた。

「大丈夫だ。俺たちはプロの詐欺師じゃないが、プロの『借金持ち』だ。金への執着なら誰にも負けない!」

「威張れることじゃねぇけどな!」

 ワイガーのツッコミを無視し、俺は拳を突き上げた。

「明日は本番だ! ゴブリン・ローンを出し抜いて、大金を掴み取るぞ!」

「「「おー!!」」」

 こうして、秒単位の完全犯罪(コンゲーム)の準備は整った。

 あとは、運と度胸と、ルナの「オホホ」にかかっている。

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