第27話

リングの華、ラウンドガール

 ナグモ領の廃墟の庭に、急造の特設リングが完成した。

 ルナの土魔法で整地し、ワイガーが木を切り出して作った、野趣あふれるコロシアムだ。

「うん、悪くない。悪くないが……」

 俺はリングを見つめ、腕を組んで唸っていた。

 リングの上では、本番に向けてリハーサル中のガイマックス(筋肉)と、シャドーボクシングをするワイガー(筋肉)がいる。

 視界のすべてが筋肉だ。暑苦しい。湿度が50%くらい上がっている気がする。

「……華がない」

 エンターテインメントには、緊張と緩和、そして何より「目の保養」が必要だ。

 汗臭い男たちの殴り合いだけでは、高額なチケットを買ってくれる富裕層(特にスケベな貴族おじさんたち)を満足させることはできない。

「おい、ルナ。ユア。ちょっと来てくれ」

 俺は休憩中の二人を呼び寄せた。

「な、なんですか恭介さま? 改まって」

「嫌な予感しかしないんだけど」

 俺は二人の前に、ユアから取り寄せた(借金で購入した)「ある衣装」を広げた。

「二人には、この興行の女神……『ラウンドガール』になってもらう!」

「らうんど……がーる?」

 ルナがキョトンとする。

 俺が広げた衣装は、光沢のあるエナメル素材のビキニトップに、極端に丈の短いホットパンツ。そしてニーハイブーツだ。

 地球の格闘技イベントでよく見る、あのセクシーな衣装である。

「ひゃっ!?」

 ルナが悲鳴を上げて顔を覆った。

「こ、こ、こんな破廉恥な布切れ、着れませんっ! おへそもお尻も丸見えじゃないですかぁぁぁ!」

「何を言う! これは健全なスポーツのユニフォームだ! 君のその清純な美貌と、エルフという神秘性が、この衣装を着ることで化学反応(ケミストリー)を起こすんだ!」

「わ、訳がわかりません〜! 絶対無理ですぅ!」

 ルナが涙目で首をブンブン振る。予想通りの反応だ。可愛い。

 だが、ここで引くわけにはいかない。

「頼むルナ! これが成功しないと、俺たちは一生借金地獄なんだ! またあの『具なしスープ』生活に戻りたいか!?」

「うっ……そ、それは……」

「君がこのボードを持ってリングを一周するだけでいい。それだけで、チケットの売上が倍増するんだ!」

 俺は拝み倒した。

 ルナは優しくて押しに弱い。数分後には「ほ、本当に一周だけですよぉ……」と渋々承諾してくれた。

 問題は、もう一人だ。

「……で? あたしもやるの?」

 ユアが冷ややかな目で衣装をつまみ上げている。

「ああ。ユアのその小悪魔的なルックスは武器になる。ルナが『清純』なら、お前は『挑発』だ」

「ふーん。……いいけど」

 ユアはニヤリと笑い、右手を差し出した。

「特別手当、弾んでくれるんでしょうね?」

「……いくらだ?」

「衣装レンタル料(自分用)で金貨5枚。出演料として金貨10枚。あと、客からの指名料やチップは全額あたしの取り分ね」

「鬼かお前は! 俺が主催者なのに!」

「嫌ならいいけど? 一人寂しくリングに上がる?」

「……払います。ツケで」

 こうして、最強(最恐)のラウンドガール・コンビが結成された。

          ◇

 そして迎えた、興行当日。

 ナグモ領の廃墟には、信じられないほどの数の観客が押し寄せていた。

「さぁさぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世紀の決戦『マッスル・フェスティバル』はこっちでっせ!」

 入り口では、ニャングルが声を張り上げている。

 さすがゴルド商会。王都の暇を持て余した貴族や、刺激を求める富豪たちを見事に集めてきた。

 特別席(金貨10枚)は即完売。立ち見席ですら飛ぶように売れている。

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃあ地元の虎だろ!」

「いや、あの謎の覆面男の筋肉を見ろよ。只者じゃないぞ」

 賭け(ブックメーカー)も白熱しており、ニャングルの懐には金貨が吸い込まれていく。

 会場の熱気は最高潮だ。

 カァァァァン!!

 開始のゴングが鳴り響く。

 まずは、第1ラウンド開始の合図だ。

「レディース・エーン・ジェントルメン!! 第1ラウンドォォォ!!」

 スポットライト(ルナの光魔法の応用)がリングを照らす。

 そこへ、ボードを掲げた二人の美女が登場した。

「うおおおおおおおおっ!!」

 地響きのような歓声が上がった。

 野獣のような男たちの視線が釘付けになる。

「は、はわわ……! 恥ずかしいですぅ……!」

 ルナは顔を真っ赤にして、涙目でボードを持ちながら内股で歩いている。

 そのぎこちなさと、露出度の高い衣装から覗く白い肌、そして揺れる長い耳。

 完璧だ。庇護欲をそそる破壊力がある。

 対するユアは、堂々としたモデル歩きだ。

 客席にウインクを飛ばし、投げキッスをする余裕っぷり。

「可愛いぞー! こっち向いてくれー!」

「エルフちゃん! 結婚してくれー!」

 おひねりの硬貨が雨のようにリングに投げ込まれる。

 ユアはそれを素早く拾いながら、満面の笑みで手を振っている。

「ちょ、ユアさん! お金拾わないでください! 進行が遅れますぅ!」

「うるさいわね。これがボーナスよ」

 カオスだが、盛り上がりは最高だ。

 俺は舞台袖でガッツポーズをした。

「勝った……! これで興行は大成功間違いなしだ!」

 ボード掲示を終えたユアは、リングを降りると瞬時に上着(レフリーシャツ)を羽織り、マイクを握った。

「さぁ、目の保養はここまでよ野郎ども! ここからは筋肉の時間だ! 選手入場!!」

 彼女の切り替えの早さに、観客も俺も舌を巻く。

 いよいよ、メインイベントの幕が上がる。

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