第14話

違約金とパンの耳

 ボロボロの服、煤(すす)だらけの顔。

 まるで敗残兵のような姿で、俺たちは冒険者ギルドのカウンターに立っていた。

 目の前の受付嬢の笑顔は、完全に引きつっている。

「……つまり? レッドドラゴンの討伐に失敗し? 手付金の金貨10枚も、逃走資金に使ってしまったと?」

「は、はい……。面目ない……」

 俺はカウンターに額を擦り付けるように頭を下げた。

 隣ではワイガーとルナも小さくなっている。

「はぁ……」

 受付嬢が重いため息をつき、一枚の書類をバンッと叩きつけた。

「契約不履行による違約金。および、虚偽申告(実力不足)による業務妨害、手付金の返還請求。……合わせて、金貨100枚になります」

「ひゃ、ひゃくぅぅぅぅ!?」

 俺の声が裏返った。

 金貨100枚。日本円にして100万円。

 今の俺の所持金はゼロだ。いや、マイナスだ。

「払えなければ、即座に衛兵を呼びます。詐欺罪で鉱山送りですね」

「ま、待ってください! 鉱山は嫌だ! 俺にはまだ未来が……!」

「じゃあ、今すぐ払ってください」

 無慈悲な宣告。

 詰んだ。異世界生活、終了。

 俺が絶望の淵に立たされた時、横からスッとスマホが差し出された。

「……しょーがないなぁ。払うよ、あたしが」

「ユ、ユア様……!!」

 彼女の背中が女神に見えた。

 ユアは受付嬢に金貨100枚が入った袋をジャララッと投げ渡した。

「これで文句ないでしょ?」

「は、はい! 確認いたしました! ……ただし、南雲恭介様たちのギルドランクおよび信用度は『最低』に降格となりますので、あしからず」

 命拾いした。鉱山送りは免れた。

 だが、安堵する俺の肩に、ユアの手がポンと置かれた。

「はい、借金上乗せね。元の分と合わせて、利息込みで……うん、もう計算するの面倒だから『いっぱい』ね」

「アバウトすぎるだろ! 恐怖しかないよ!」

 こうして俺たちは、莫大な借金を背負い、ギルドからの信用も失った。

 当然、まともな依頼など回ってくるはずもない。

          ◇

 数日後。

 俺たちは街のスラム街にある、今にも崩れそうなボロアパートの一室にいた。

 壁は隙間だらけ、床は歩くたびに悲鳴を上げる。

 家賃は激安だが、それでも今の俺たちには高級物件だ。

「……腹減った」

 部屋の隅で、ワイガーが膝を抱えている。

 かつての隆々とした筋肉は見る影もなく(精神的に)萎み、虎の耳もぺたんと垂れ下がっている。

「すまねぇ、ワイガー。今日の飯はこれだけだ」

 俺が差し出したのは、パン屋の裏口で土下座して貰ってきた『パンの耳』の山と、湯を沸かしただけの『具なしスープ(お湯)』だ。

「パンの……耳……」

「よく噛めば甘味があるぞ。顎(あご)も鍛えられる」

「肉……肉が食いてぇ……」

 ワイガーが涙を流しながらパンの耳をかじる。百獣の王の威厳はどこにもない。

「恭介さま、見てください! 中庭で素敵なサラダを見つけました!」

 ルナが笑顔で皿を持ってきた。

 そこに乗っているのは、どう見ても『雑草』だ。タンポポとオオバコだ。

「ルナ……それ、草だぞ」

「い、いえ! これは『グリーンサラダ』です! ドレッシングはありませんが、素材の味(青臭さ)が楽しめます!」

 ルナが震える手で雑草を口に運ぶ。

 けなげすぎて見ていられない。俺がドラゴン討伐なんて言い出さなければ、こんなことには……。

 俺もパンの耳をスープ(お湯)に浸し、ふやかして腹を膨らませようとした、その時だった。

「へい、お待ち!」

 部屋の空気が一変した。

 酢飯の甘酸っぱい香りと、芳醇な醤油の香り。

 俺、ワイガー、ルナの視線が一点に集中する。

 部屋の中央。ちゃぶ台(持ち込み)に陣取ったユアの前に、豪華絢爛な桶が置かれていた。

「と、特上寿司……!?」

 俺はゴクリと喉を鳴らした。

 マグロの大トロ、ウニ、イクラ、タイ、エビ……。

 宝石箱のような輝きを放っている。

「いっただきまーす」

 ユアが割り箸を割り、大トロを摘(つま)む。醤油をちょんとつけ、口へ運ぶ。

 パクッ。

「ん〜っ! とろけるぅ〜! やっぱ地球の寿司は最高だね!」

「…………」

 ワイガーがパンの耳を握り潰した。

 ルナが雑草を落とした。

 俺の腹が、悲鳴のような音を立てた。

「お、おいユア……。俺たちにも、その……一貫だけでも……」

 俺がおずおずと尋ねると、ユアは冷ややかな目で見返した。

「は? なんで?」

「いや、仲間だろ……?」

「あのね、恭介。これは『資本の論理』なの。稼いだ者が良いものを食う。稼げない者、あるいは無謀な投資で失敗した者は、パンの耳を食う。……経済学部なら分かるでしょ?」

「ぐうの音も出ねぇ……!」

 正論だ。あまりにも残酷な正論だ。

 俺は涙を飲んで、ふやけたパンの耳を啜(すす)った。

「うぅ……パンの耳、おいしいですぅ……」

「くそぉ……いつか絶対、また肉を食ってやる……」

 スラムのボロアパートに、咀嚼(そしゃく)音とユアの「ウニうまーっ」という声だけが響く。

 

 俺たちはまだ知らなかった。

 この極貧生活からの脱出の糸口が、意外なニュースと共にやってくることを。

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