第7話

絶体絶命! オークジェネラル

 翌朝。

 俺たちは重い足取りで(俺だけが借金の重みで)森を歩いていた。

「あー、腹減った。なぁキョウスケ、昨日の残りのカレーはねぇのか?」

「ない。お前が鍋の底まで舐め回して完食しただろ」

「ちぇっ。ケチくせぇなぁ」

 ワイガーが大あくびをしながら斧を担ぎ直す。

 ルナはというと、昨日の失態を反省しているのか、俺の後ろをチョコチョコとついてきている。

「恭介さま、あの……本当に街まで連れて行ってくださるんですか? 私、お役に立ててないのに……」

「気にするな。その分、街に着いたら護衛料を弾んでもらうから」

「はい! 実家の宝物庫から、なんでもお持ちください!」

「王族の宝物庫!? おい、それ下手したら国家予算レベルじゃ……」

 俺の脳内で、借金返済計画が一気に『黒字』へと書き換わろうとした瞬間だった。

 ズシン……ズシン……。

 地面が揺れた。

 風が止まり、鳥たちのさえずりが消える。

 ただならぬ気配に、ワイガーの表情が一変した。

「……おい、止まれ」

 ワイガーが俺たちを制し、鼻を鳴らす。

「血と鉄の匂いだ。……クソッ、昨日のゴブリン共、とんでもねぇ親玉を呼んできやがったな」

 前方の巨木が、マッチ棒のようにへし折られた。

 現れたのは、3メートルを超える巨体。

 全身を分厚い鋼鉄の鎧で覆い、手には身の丈ほどもある大剣を持った豚の魔人――オークだ。

 だが、ただのオークではない。その圧力は、昨日のスライムやゴブリンとは次元が違った。

「『オークジェネラル(将軍)』……! Bランク上位の魔獣だ!」

 ワイガーが呻(うめ)くように言った。

「ブモォォォォォォ!!」

 ジェネラルが咆哮し、背後から数十匹のゴブリンや通常のオークがわらわらと姿を現す。

 完全に包囲されていた。

「テメェら! 雑魚は任せたぞ! デカブツは俺がやる!」

 ワイガーが叫ぶと同時に、地面を蹴った。

 正面からの激突。

 

 ガギィィィン!!

 ワイガーの戦斧『岩砕』と、ジェネラルの大剣が火花を散らす。

 力と力のぶつかり合い。だが――

「ぐぬゥッ……!?」

 押し負けたのは、ワイガーの方だった。

 ジェネラルの剛腕がワイガーを弾き飛ばす。

「がはっ!」

 ワイガーが体勢を崩したところに、ジェネラルの追撃が迫る。

 速い。あの巨体で、信じられないスピードだ。

「くそっ、援護だ!」

 俺はすぐさま手近な石を拾い、渾身の力で投げつけた。

 

「2塁へ送球(スローイング)!」

 カォン!!

 石は正確にジェネラルの兜(かぶと)に命中した。

 しかし――

「硬ぇ!?」

 石は乾いた音を立てて砕け散った。ジェネラルは少し首を傾げただけで、ノーダメージだ。

 物理防御が高すぎる!

「恭介さま! わ、私も援護します!」

 ルナが杖を構える。

 嫌な予感がした。

「待てルナ! 攻撃魔法はやめろ! また俺たちに当たる!」

「だ、大丈夫です! 攻撃じゃありません! ワイガーさんの動きを速くする支援魔法『クイック・ムーブ(俊敏化)』をかけます!」

「支援魔法? それなら……いや、待て!」

「いっきますよ〜! 風の精霊よ、彼に疾風の加護を!」

 ルナの杖から、緑色の魔力が放たれた。

 光の矢となり、ワイガーに向かって一直線に飛んでいく――はずだった。

「え?」

 ルナが足を滑らせた。

 杖の切っ先がズレる。

 光の矢はワイガーの頭上を越え、その奥にいたジェネラルに吸い込まれていった。

 シュゥゥゥン……!

 ジェネラルの体が、緑色のオーラに包まれる。

「ブモッ? ……ブモォォォォ!!」

 ジェネラルの全身から蒸気が噴き出した。

 筋肉がさらに膨張し、動きが目に見えて加速する。

「なっ……!?」

 俺は絶句した。

「ルナ、お前……今、何をした?」

「あ、あれぇ? 敵さんが、すっごく元気になっちゃいました……?」

「バカヤロウ! 敵にバフかけてどうするんだ!!」

 最悪だ。

 ただでさえ強いBランクモンスターが、ルナの王族級の魔力で『超加速』してしまった。

「ブモォォォッ!!」

 ジェネラルが姿を消した――いや、速すぎて目で見えない!

 

 ドガァァァン!!

「ぐあァァァァッ!!」

 ワイガーが砲弾のように吹き飛ばされ、近くの大木に叩きつけられた。

 鎧がひしゃげ、口から血を吐いている。

「ワイガー!!」

 俺が駆け寄ろうとするが、目の前に風が巻く。

 ジェネラルが立ち塞がっていた。

 兜の奥から、嗜虐(しぎゃく)的な赤い瞳が俺を見下ろしている。

「ひっ、あ……」

 ルナが腰を抜かして震えている。

 俺の手元には、小さな石ころが一つ。

 勝てるわけがない。

 

 ジェネラルがゆっくりと大剣を振り上げた。

 死の感触が、肌を刺す。

「……あーあ。詰んだね」

 戦場の端で、気の抜けた声がした。

 ユアだ。

 彼女はジェネラルの威圧感などどこ吹く風で、スマホの画面を見つめている。

「恭介。あんたが死ぬと、今月の50万が回収不能(デフォルト)になるのよね」

「……だったら、助けてくれよ!」

「いいよ? ただし」

 ユアはニヤリと笑った。

「別料金(オプション)だけど」

 ジェネラルの剣が振り下ろされるまで、あと数秒。

 俺の選択肢は一つしかなかった。

「払う!! 払うからなんとかしてくれぇぇ!!」

「毎度あり。……じゃ、呼んであげて。『1番』の彼を」

 俺は震える手で、空中に浮かぶウインドウを操作した。

 電話帳の『No.1』をタップする。

 プルルルル……ガチャ。

『はいもしもし! 筋肉の御用命ですか!?』

 暑苦しい声が響くのと同時に、俺の懐から金貨1枚が消滅した。

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