第5話
迷子のエルフと誤爆魔法
「きゃああああ!! こ、来ないでぇぇぇ!!」
悲鳴は、森の奥にある開けた場所から聞こえてきた。
俺とワイガーが茂みをかき分けて飛び出すと、そこには異様な光景が広がっていた。
「……なんだ、ありゃ?」
視線の先には、一本の巨木を背にしてへたり込んでいる少女の姿。
透き通るような白い肌、月光のようなプラチナブロンド、そして尖った長い耳。
誰がどう見てもエルフだ。しかも、絵画から抜け出してきたような、この世の物とは思えない美少女だった。
だが、今の彼女は泥だらけで、目には涙を溜め、必死に杖を振り回している。
「あっち行って! しっ! しっ!」
彼女の目の前にいるのは、巨大な緑色の粘液――『ジャイアントスライム』だ。
ゼリー状の巨体が、不快な音を立てて少女に迫っている。
「ぬ、ヌメヌメするのは嫌いですぅぅぅ!!」
少女はパニック状態で、持っていた杖をスライムに向けた。
杖の先端に埋め込まれた宝石が、緑色の光を帯び始める。魔法だ。
「え、えっと、えっと! 土の精霊よ、我が声に応えて敵を穿(うが)て!」
彼女が呪文を唱える。
俺は直感的に「まずい」と思った。
彼女の杖から溢れ出る魔力が、あまりにも不安定で、そして膨大すぎたからだ。
「おいワイガー! 止めろ!」
「あぁ!? 間に合うかよ!」
少女が叫ぶ。
「『アース・スパイク(土の槍)』!!」
ドォォォォン!!
地面が爆ぜた。
鋭利な岩の槍が地面から突き出し、スライムを串刺しに――
――しなかった。
「え?」
少女が間の抜けた声を出す。
岩の槍が飛び出したのは、スライムの足元ではなく、助太刀に入ろうと駆け寄った俺たちの足元だった。
「は?」
俺の視界が、急激に上昇する。
足元から突き上げられた衝撃で、俺とワイガーは空高く打ち上げられていた。
「なんでこっちなんだよぉぉぉぉぉ!?」
「グガァァァァァァ!!」
俺たちの絶叫が森に響く。
ドサッ、グシャッ。
俺たちは数メートル吹き飛ばされ、茂みの中に墜落した。幸い、ワイガーの筋肉がクッションになった(ワイガーは白目を剥いている)おかげで即死は免れた。
「い、いってぇ……。腰が……」
「……殺す。あのエルフ、絶対殺す」
ワイガーがピクピクと痙攣しながら、地獄の底から響くような声で唸る。
一方、魔法を放った本人はというと。
「あわわわわ! ご、ごめんなさい! また外しちゃいましたぁ!!」
涙目で謝りながら、まだスライムに追い詰められていた。
スライムは、俺たちへの誤爆など気にも留めず、触手を伸ばして少女の足を掴もうとしている。
「キャァァ! つ、捕まるぅぅ!」
「チッ! 手のかかる!」
俺は痛む体を無理やり起こし、まだ動けないワイガーの代わりに叫んだ。
「おい、そこのポンコツ! もう一度魔法だ! 今度は自分とスライムの間を狙え!」
「は、はい! ……えっと、えっと!」
「詠唱はいらない! イメージだ! 目の前に壁を作るイメージ!」
「か、壁……壁……えいっ!」
少女がやけくそ気味に杖を振る。
ズズズズッ!
今度は成功した。彼女とスライムの間の地面が隆起し、分厚い土の壁が現れる。
スライムが壁に激突し、ボヨンと弾かれた。
「今だワイガー! やれ!」
「指図すんなぁぁぁ!!」
復活したワイガーが、怒りの形相で飛び出した。
スライムの背後に回り込み、闘気を纏った大斧を振り上げる。
「テメェもスライムも、まとめてミンチだオラァァァ!!」
ドグシャァァァッ!!
鬱憤(うっぷん)を晴らすかのような一撃で、ジャイアントスライムは核ごと粉砕され、緑色の飛沫となって四散した。
◇
戦闘終了後。
エルフの少女は、俺たちの前で地面に頭を擦り付けていた。見事な土下座(ドゲザ)だ。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」
「本当だよ! 死ぬかと思ったぞ!」
俺は埃を払いながら抗議する。ワイガーはまだ「許さねぇ……」とブツブツ言いながら斧を磨いている。
唯一無傷のユアだけが、木陰で「わー、すごい映像撮れた。これ売れるかな」と動画を確認していた。こいつも大概だ。
少女はおずおずと顔を上げた。
近くで見ると、やはり驚くほどの美少女だ。泥で汚れていても、その高貴な雰囲気は隠せていない。頭に乗せた花冠がよく似合っている。
「わ、私、ルナ・シンフォニアと申します……。その、助けていただき、本当にありがとうございました……」
「俺は恭介。こっちの怖いのがワイガーで、あっちでサボってるのがユアだ」
「ルナさんね。……で、なんでこんな森の奥に一人で? ここは魔獣が多いエリアだぞ」
俺の問いに、ルナは視線を泳がせ、モジモジと指を合わせた。
「そ、それが……女王になるための試練の旅に出たのですが……」
「旅?」
「はい。北にある『聖なる泉』に行くはずだったのですが……気づいたらここに」
「北?」
俺は空を見上げた。太陽の位置からして、ここは南だ。
ベルンの街から見ても、正反対である。
「……あのさ、地図持ってる?」
「はい! あります!」
ルナは自信満々に懐から羊皮紙の地図を取り出した。
俺はそれを見て、頭を抱えた。
「……逆だ」
「え?」
「地図、逆さまだよ。あと、そもそも君がいるのは地図の端っこの森だ。目的地とは真逆だ」
「ええええええっ!? そ、そんなはずは! だって、蝶々さんがこっちに飛んでいったので!」
「蝶々をナビにするな!」
俺は確信した。
この子は、駄目だ。
致命的な方向音痴で、ドジっ子で、しかも強力な魔法(誤爆付き)を持っている。
一人にしておけば、3日と持たずに野垂れ死ぬか、あるいは誤爆魔法で森を消し飛ばすだろう。
「……はぁ」
俺は大きくため息をついた。
見捨てていくのは寝覚めが悪い。それに、彼女の格好を見るに、それなりに良いところのお嬢様っぽい。
……つまり、謝礼が期待できるかもしれない。
「分かった。とりあえず、街まで一緒に行くか?」
「えっ! いいんですか!?」
ルナの顔がパァァッと輝いた。花の幻覚が見えるくらい可愛い笑顔だ。
「ありがとうございます、恭介さま! 私、足手まといにならないよう頑張りますから!」
「いや、魔法は使うなよ? 絶対だぞ? 俺たちを殺したくなかったら、杖を振るなよ?」
「うぅ……善処します……」
こうして。
借金持ちの学生、守銭奴の女子高生、大食らいの虎戦士に加えて、方向音痴のポンコツエルフが仲間に加わった。
俺の胃の痛みが、また一つ増えた気がした。
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