第11話 真夜中の突撃
そこは下町地区のさらに奥。貧困層の居住するスラム地区。鼻にツンとくる湿った土の匂い。どこかで燃えている煙の焦げた匂い。古びたレンガと木が重ねられたボロ家の間を、冷たい夜風がヒュウッと抜ける。遠くで聞こえる怒鳴り声と笑い声。
メリルがピタッと足を止めた。
「ここっス。モコちゃん、この中にいるっスよ」
指差す先には、薄汚れた二階建ての建物。窓の隙間からぼんやり灯りが漏れている。中に人がいる気配もガンガンしている。
……さて、ここから作戦会議かと思いきや。
「よっしゃ!突撃だァァァ!!!」
アーサーが、元気よく玄関を蹴破った。
バァァンッ!
仕方なく、僕たちはアーサーの後ろに続く。セラは小さい声で「あらあら」と言っていた。
中は古い住居そのもの。石の壁は湿気で黒ずみ、床はギシギシ。家具が雑然とおかれている。
そしてそこには、柄の悪い少年たちが十人ほど。
全員、目をまんまるにしてこっちを見ている。そりゃ玄関が突然吹っ飛んだら驚くよね。
「おい! 猫はどこだ!!」
アーサーが大声で叫ぶ。
「はァ? お前ら誰だよ」
一番手前にいた、いかにもスラムのヤンキー代表って顔の少年が詰め寄ってきた。
でもアーサーは返事の代わりに……
ドゴォッ!!
その少年をワンパンで沈めた。
「アーサー!?」
僕の突っ込みが追いつかない。
他の少年たちも完全に固まった。
「もう一度聞く。猫はどこだ?」
アーサーが低い声で言うけど、当然ボコられた少年はしゃべれない。
そして――
「てめぇ!やりやがったな!!」
少年たちが一斉に襲いかかった。
が、アーサーの圧勝。
拳と足が乱舞し、少年たちが次々と床に倒れていく。
スラムのチンピラ十人 VS プロのB級冒険者。結果は語るまでもなし。
階段を上り、二階の一番手前の部屋を開ける。
「あっ、いた!」
薄暗い部屋の隅、古い毛布の上に、小さなモコちゃんが震えていた。
だけどその部屋の壁は……なぜか刀傷だらけ。
「なにこれ……?」
まるで剣の稽古場みたいだ。嫌な予感しかしない。
僕がモコを抱えあげた瞬間。
誰かの気配が部屋の入口に立った。
「せっかく気持ちよく寝てたのに、騒がしい物音で起きちゃったよ」
そこにいたのは、昼間モッさんを刺した、あの少年だった。
「えっ……ルカ……?」
「久しぶりだね、メリル姉さん」
メリルの顔が凍りつく。
なんとあの少年はメリルの弟。
昼ドラもびっくりの衝撃展開。
「ルカ、どうして……?」
「姉さんが家を出たからさ。僕も追っかけて来たんだよ」
ニヤァッと冷たい笑み。童帝モデルでこの表情はなかなかにホラー。
「ルカがモコちゃんをさらったの?」
「この猫のこと?そうだよ。昔飼ってた猫にそっくりだったから連れてきたのさ」
「ルカだめだよ? モコちゃんはバルフォードさんの猫だから。一緒に返しに行こう?」
「うるさいなぁ……僕は魔法が使えるんだよ? 弱いヤツから奪ってもいいじゃないか」
ルカは頭をボリボリかきながら言う。
「姉さんも、ここで僕と暮らそうよ。僕は何でもできるんだ。欲しいものは全部、奪えるんだ!!」
空中に魔法陣が浮かび上がる。
そこから鉄のナイフがスッと出現した。
セラが横でボソッと言う。
「ほう、めずらしい。鉄の精霊魔法ですか」
ルカは鉄の精霊魔法使いでした。精霊魔法とは精霊界から雷や炎を召喚する魔法。ルカは金属製の刃物を精霊界から召喚することができました。
これらはもちろん、後でセラが教えてくれました。
「おいメリル、あいつヤバい。ちょっと懲らしめるぞ」
アーサーが前に出ると、
「アーサーてめぇ!! また姉さんを奪う気か!!」
ルカが絶叫し、鉄のナイフを無数に射出した。
高速の鉄刃が、空気を切り裂き迫ってくる。
アーサーは大剣を振って防戦するが、数が多すぎて近づけない。
メリルの魔法道具では溶かせない。
フィオナは室内で魔法を撃つと家が崩れるから撃てない。
僕は弱っているモコに回復魔法をかける。モコは回復した。
「メリル、モコをお願い。アーサーたちも、ちょっと下がってて」
「ハヤトさん!? でも……!」
「大丈夫ですよ。ここはハヤト君の言うとおりに」
セラの一言で、みんなが下がる。
僕は一歩前へ。ルカがナイフを投げる。
――その瞬間、僕は横を向き、サイドトライセップスを決めた。
ブワァッと上腕三頭筋が膨れ上がる。
ナイフがその筋肉にぶつかり……
カキィィィン!!!
全部はじけ飛んだ。
「な……なんだそれ……」
「ごめんね。僕、筋力カンストしてるから」
ルカが錯乱し、次の魔法陣を展開。
「うぉぉお!鉄牙嵐雨!」
無数の鉄の刃が回転しながら僕に襲う。
「ハヤトさん!!!」
アーサーの叫び。
僕は笑って答えた。
「大丈夫。神に与えられた筋力カンストは伊達じゃない」
アブドミナル&サイ。腹筋と脚が黒く輝き、筋肉が鎧のように隆起する。
鉄刃が当たり、全部弾き飛ぶ。
「嘘だ……そんなの……」
ルカは呆然としていた。
しかしこのとき、僕は僕で困っていた。僕はこの世界に来てからも、毎日トレーニングを行っていた。だから筋肉に力を入れながらポーズをとれば、僕の体が鋼鉄のように強化されることは気づいていた。でも僕にはルカを攻撃する手段がない。殴れば殺してしまうかもしれない。だからこの時僕は、ルカの目の前でラットスプレッドフロントを決めながら、この後どうすれば良いか考えていた。
そんな僕の後ろから、そっとアーサーが回り込み――
「捕まえたぞ」
ルカをがっちり拘束した。
ここからは、後で知った話。
なんでもルカたちは最近の強盗団で、金持ちから盗んだ名品を闇ブローカーに売っていたらしい。
僕たちはルカ一味を倒し、モコちゃんを救出したパーティとして、バルフォードさんにも、ヴィオラさんにもめちゃくちゃ感謝された。
脳筋僧侶の異世界無双録 〜神さま、なぜ僕を僧侶にしたの?〜 蒼一朗 @soichiro_novel
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