第10話 メリル、仲間感知魔法を覚える

「――ってなことがあったんだよ」

 その日の夜。僕たちはアーサーの家のリビングに集まり、今日起きたあの騒ぎ……下町で出会った危険すぎる少年の話を報告していた。

 話し終えると、最初に口を開いたのはフィオナだった。

「……その子は怖いもの知らずなのね」

 フィオナは腕を組み、薄く笑った。なぜか背筋がゾゾッとした。

「この街の下町にはあんな少年がたくさんいるんでしょうか。だとしたら、ちょっと考え物ですね」

 セラがこちらを見ながら言う。

 その声は穏やかだが、裏には本気の警戒が滲んでいる。

 セラは危険な街に長居するのが嫌なのだろう。

 まあ……分かる。僕だってあれは嫌だ。

「そんなことねぇよ。この辺に住んでるのは気の良い奴らばっかりさ! そりゃちょっと……よくわかんない奴もいるけど、いい街なんだよ……」

 アーサーは胸を張って言いかけ、最後だけ声がトーンダウンした。

 完全に言い訳である。

 でもまあ、生まれ育った街を悪く言われたくない気持ちは分かる。

 そのとき、

「うぅ……モコちゃんが心配っス……」

 メリルが小さく震えながら呟いた。

 本当に心の底から心配しているんだろう。

 両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、肩を震わせている。

 メリルの大きな瞳が、今にも泣きそうに揺れる。

「モコちゃん……どこにいるの……? お願い……教えて……」

 そのときだった。

 ――ポウッ。

 メリルの身体が、ぼんやりと光り始めた。

「おい、メリル!」

「……まさか」

 アーサーとフィオナが同時に身を乗り出す。

 僕は何が起きているのかまったく分からず、ぽかんと口を開けるだけ。

 そんな僕を見て、隣でセラが小声で説明してくれた。

「メリルはいま、生体魔法――『仲間感知』を体得したのです」

「え、生体魔法って……何それ?」

 僕の疑問に、セラはゆっくりとうなずきながら続けた。

「生体魔法とは、己の生命エネルギーを力として外に放出し、現象として扱う魔法です。この世界の生き物は、生まれた瞬間から生命エネルギーを持っていますが、それはごく微弱で普通は外に漏れません。しかし――」

 セラの声は、どこか講義を聞いているような落ち着きを持っている。

「人間が強い意志で念じたとき、または日々の鍛錬で心身を磨いたとき、その力は増幅し、体外に溢れ出す。それが『生体魔法』です」

 なるほど……まさに“気”とか“チャクラ”的なものか。

「生体魔法には様々な種類があります。心身の鍛錬で身につく『肉体強化』。特別な訓練で覚える『索敵魔法』。私が使う飛行魔法も生体魔法の一種です」

「じゃあメリルは、いまその……仲間を感知する魔法を?」

「はい。普段から可愛がっていたモコちゃんを心から心配し、強く想ったことで、生命エネルギーが増幅したのでしょう」

 セラはそう言って、光るメリルに目を向ける。

「……すごいな」

 僕はただ呆然とつぶやくことしかできなかった。

 魔法って、こんな発現の仕方するんだ。

「モコちゃんを感じるッス……!」

 メリルが顔を上げた。

 瞳も、頬も、指先まで光の中にある。

「……あっちだ。今から行くッスよ!」

「おいおい、今日はもう遅いぜ? 明日の朝からでも――」

「だめッス!!」

 メリルがアーサーの言葉を遮って叫んだ。

「モコちゃんは今もひとりぼっちで、心細いかもしれないッス!! 待ってなんかいられない!! 今すぐ行きましょう!!!」

 涙の熱を残した声だった。

 その必死さに、僕たちは誰も反論できなかった。

「……しょうがねぇなぁ」

 アーサーが大きくため息をつき、そして笑った。

 こうして、僕たちはメリルの“仲間感知”が指し示す場所へ向かうことになった。

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