第9話 危険すぎる少年
翌日。まだ太陽が本気を出す前の時間帯にメリルがギルドから戻ってきた。
手には、厚さ三センチはありそうなビラの束。
ほぼ徹夜でビラを作成していたのでしょう。目が真っ赤。
「メリル、大丈夫か? 今日は休んでもいいぞ?」
「大丈夫っス! さあ、はやくモコちゃん探しに行きましょう!!」
いや、大丈夫じゃないよ。
完全に徹夜明けの目をしている。
しかしメリルは、一歩も引かずに前を向いていた。
その気迫に押され、僕らは今日も全員で捜索に出ることにした。
今日からは広い範囲を手分けしてまわる。
メリルとフィオナが商業地区。
アーサー、セラ、そして僕の三人は下町地区だ。
下町と言っても、アーサーたちの家から目と鼻の先。
狭い路地。小さな家々がひしめき合い、頭上には洗濯物が空を覆うように吊るされている。
パンの香りと、油の匂いと、なにかよく分からない湿った匂いが入り混じっていた。
歩きながら前を見ると、路上に腰かけてなにかを飲みつつ談笑している少年三人組がいた。
年齢は十代半ば。アーサーが声をかける。
「よう。元気か」
「お、アーサー! もちろん元気モリモリだよ!」
少年は笑いながら手を上げた。
アーサーはビラを見せ、猫を見かけなかったか聞く。
「見たような、見てないような……いや、分かんないな。猫の顔なんて覚えてないし」
この反応。もう予想通りすぎる。
猫を気にして生きてる十代の男子なんて、世の中にどれだけいるんだろうか。
「最近、なにか変わったことは?」
「んー……あ、そうだ。最近大金持ちを狙った強盗が流行ってるらしいけど……猫とは関係ないよな」
はい、全然関係なさそうです。
僕らはビラを一枚渡し、見つけたら教えてくれと頼む。
それからアーサーは、顔見知りらしい住民に次々とビラを渡してまわった。
この男、どれだけ顔が広いんだ。
僕はというと……ただ横からビラを一枚一枚手渡すだけの係。
◆
夜。アーサーたちの家に戻って結果報告。
モコらしき目撃情報はゼロ。
商業地区を担当したメリルたちも同じ。
しかし、落ち込んでばかりもいられない。続けるしかないのだ。
そして翌日。僕とアーサーはまた下町へ聞き込みに行った。
本当にアーサーは顔が広い。
そして誰もがアーサーに気さくに話しかけ、好意的だ。
この男、人を引き寄せるなにか――言うなれば、“主人公補正みたいな魅力”を持っている。
聞き込みを続けながら、僕はふと気づいたことを口にした。
「しかしこの街、昼間からフラフラしてる少年少女が多いよな」
するとアーサーは肩をすくめた。
「もちろん真面目に仕事してるガキもいる。でもそうじゃないやつもいる。俺が生まれた街もそうだったよ。……ハヤトさんが住んでた街は違うのか?」
いや、東京も似たようなものでした。
世界が変わっても、人のやることはあまり変わらない。
◆
夕方。そろそろ今日の聞き込みを切り上げようとしていた頃。
二人組の少年少女を見つけ、最後に話を聞こうと近づいた、その時。
道の向こうからフラフラ歩く男が現れた。
四十代ぐらい。
髪はぼさぼさ、ヨレヨレのタンクトップ、半ズボン、裸足。
手には酒瓶を持ち、時おりグイッとあおっている。
うわぁ……典型的なヤバいタイプだ。
「ヤバい、モッさんだ。アーサーも目を合わせないほうがいいよ」
少年少女の片方が小声で言った。
男がフラフラと近づいてくる。強烈なアルコール臭が鼻を刺す。
「みんなぁ~~~~元気かぁ~~~~あ?」
とんでもない声量。
周囲の誰も目を合わせない。その男も気にしていない。
男はそのまま僕らを通り過ぎ、角を曲がろうとした。
そのとき、角の反対側から別の少年が現れた。
少年の左肩には大きな袋。
その袋が男の手にぶつかり、酒瓶が地面に落ちる。
ガッシャアァン!
瓶が割れ、酒が地面に吸い込まれる。
「おま~~~えぇ~~~!! なぁ~~~んだぁ~~~!!」
男が吠え、少年を睨みつける。
しかし少年は怯む様子もなく、静かにまっすぐ相手を見返した。
「ぶ~~~っころ~~~す!!」
男が両手を広げて飛びかかろうとした。
「やべっ!」
僕とアーサーは同時に男へ走った。
だが、早かったのは少年のほうだった。
少年の右手が一瞬キラリと光る。
その手が男の左太ももに軽く叩いたように見えた。
次の瞬間――
ピュウッ!
細い血の線が太ももから噴き出した。
汚れた半ズボンに赤い筋が走り、足先は泥と地でヌルヌルに。男は足を押さえて叫び声にならない悲鳴をあげてしゃがみこんだ。
「ちょっ、待て!」
僕は慌てて男にかけより、治癒魔法を放つ。
光が覆い、噴き出す血が少しずつ収まっていく。
その間にアーサーは少年の肩をつかんだ。
「おい、なんであんなことした!」
「だって刺しちゃえばすぐ終わるし」
淡々とした声。
感情がまるで感じられない。
「だからって……!」
「えっ、もしかしてこんなアル中の心配してるの? 優しいなぁアーサーは。こんなやつクズじゃん。死んでもだれも悲しまないよ」
少年は冷たい笑みを浮かべた。
淡い栗色の髪、薄い琥珀色の瞳。
整っているが幼さの残る顔立ち。
「おまえ、名前は?」
「そんなのどうだっていいじゃない」
少年はアーサーの手を振り払い、まるで近所を散歩するような気軽さで歩き出す。
「彼もアーサーの知り合いですか?」
セラが尋ねる。
「いや、知らない。でも俺の名前を知ってたってことは、この街の人間なんだろうな」
アーサーは、少年の小さくなっていく背中を見つめながら呟いた。
あの少年、ただの下町の子どもじゃない。
僕の直感が、妙に不吉な予感を告げていた。
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