第8話 72時間の壁と、メリルの徹夜

 その日の夜、僕とセラはアーサーたちの家に泊まることに。

 アーサーたちは三人で一棟家を借りて暮らしていた。ティクルーナのスラム街近くにある二階建ての一軒家で、外壁は白い漆喰、屋根は赤い瓦。

 リビングは王都の下級貴族の家くらい広く、キッチンはやけにピカピカで、フィオナの几帳面さがにじみ出ている。二階の空いている部屋を使わせてもらった。

 「冒険者になったら同じパーティなんだから、ずっとここに住んでてもいいんだぜ」

 アーサーは、風呂上がりにタオルを肩にかけながらそんなことを言ってのける。

 僕は「ははは……」と笑ってごまかした。

 翌朝。再び捜索開始。

 今日はバルフォード邸を中心に半径百メートル。昨日より捜索範囲を広げる。

 側溝、植え込み、家と家の隙間。

 猫が入りそうな暗くて狭いところは、全部チェック。街の人から見たら完全に不審者の動き。

「モコちゃーん……出てくるっスよぉ……」

「……いない」

「アーサー、そっちは?」

「ダメだ。気配ゼロ」

 この日も、モコの姿はなかった。

 そして、とうとうモコの行方が分からなくなってから丸三日が経ってしまった。

 迷い猫の“生存圏”は72時間が勝負。

 これは先輩芸人のプランク吉田にいさんが出演していた、ペット探偵に密着するバラエティ番組で何度も語られていた情報なので、割と信憑性がある。たぶん。いや、かなり。

 その日の夜。アーサーたちの家のリビングで、急きょ作戦会議を行うことになった。

 暖炉の火がぱちぱちと弾け、木の香りが鼻をくすぐる。テーブルにはメリル特製のミルクティー。彼女は、いつもより少し元気がない。

 会議の進行は僕。こういう進行役は芸人のイベントで慣れている。

「72時間以内に見つからない場合、捜索範囲を半径五百メートルまで広げなくちゃいけない。でも、その範囲の植え込みや側溝を全部チェックするのは困難だ」

 僕の言葉にアーサーが腕を組みながらうなずく。

「そりゃそうだな。いくら人がいたって足りない」

「あぁ。だから明日からは捜索方法を聞き込みとビラ配りに切り替えたい」

「もちろんいいぜ。この中で猫探しに一番詳しいのはハヤトさんだからな。メリルとフィオナもいいだろ?」

「……ええ」

「っス」

「じゃあ決定だな。ビラはどうする?」

「アタシがつくるっス! モコちゃんの手配書の写真使って、見やすいやつを。明日の朝までには絶対仕上げるっス! 印刷はギルドに頼むっス!」

 力強いメリルの声に、僕とアーサーは顔を見合わせた。

 これは――徹夜する気だ。

「そうか。じゃあ決まりだな。みんな、今日はゆっくり休んでくれ」

 会議は終了。それぞれの部屋へ戻ろうとする。

 その時、僕はメリルを追いかけた。

「明日の朝までに1人では難しいでしょ? なにか手伝うよ」

 メリルはふり返る。

 泣きはらしたロアの顔を思い出しているのだろう。ぎゅっと拳をにぎりしめていた。

「大丈夫っス! アタシ、こういうの得意なんで! モコちゃんは今もどこかで、ひとりぼっちで震えてるかもしれないっス。だから一日も早く見つけてあげなくちゃ!」

 無理に明るく笑うメリル。

 その一生懸命さが、逆に胸に痛い。

 だから僕は――応援の意味を込めて、筋肉ギャグを披露した。

「じゃあ、ほら、見て。これは“プリントアウ筋(スジ)”! ビラを印刷する筋肉だ!」

 僕は腕をぐいっと曲げ、プリンタのローラーを意識した謎のポージングを決める。

 メリルは一瞬ぽかんとしたあと、吹き出すように笑った。

「……ありがとっス、師匠は優しいっスね」

 笑顔のメリルは、そのまま部屋へ戻っていった。

 よし。明日こそ必ずモコを見つける。

 ――そう心に誓いながら、僕もベッドへ倒れ込んだ。

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