第6話 ティクルーナの街は今日もカオスで賑やか

 ティクルーナの街に到着したのは、昼過ぎ。

 グレイムーン共和国の南側にあるこの街は、地図の端っこに「陽気な商業都市」なんて書いてある。実際に来てみたら、想像以上に陽気でうるさくて活気に満ちていました。いやほんと、胸焼けするほど陽気。

 石畳の通りには子どもたちが走り回り、パン屋の前でケンカしたり、商人の手伝いをしたり、噴水に向かって意味の分からない歌を叫んだりしていました。

 通りを歩くだけで、焼き串の香ばしい匂い、果物酒の甘ったるい香り、香草を煮込んだスープの匂い、そしてなぜか少し焦げ臭い匂いが同時に鼻をついてきます。五感が休む暇なしです。

 「さ、ついたぞハヤトさん! あそこが俺たちのギルドだ!」

 アーサーが胸を張って指差した先には、石造りの重厚な建物。

 その上にでかでかと赤い文字で書かれていました。

『紅蓮の翼』

 なんだか強そうな名前だなぁ……と思いながらドアを開けた瞬間。

 ドォン!!!! ギャー!! ワハハハハハ!!!

 破裂音、悲鳴、笑い声――三種類の音が同時に僕の顔面にぶつかってきた。

 「おらぁああッ! 誰だアタシの酒勝手に飲んだのはッ!?」

 「知らねぇよ! これは俺が飲んでたやつだッ!」

 「二人ともやめろッ!! ギルド壊す気か!!」

 木のテーブルが宙を飛び、ジョッキが砕け散り、なにか金属的なものが壁に突き刺さっている。

 にも関わらず、まわりの冒険者たちは落ち着きはらっていて、まるで「ああ、また始まったか」という顔で酒を飲んだり、カードゲームを続けたりしていました。

 なんだここ。地獄の二丁目かな?

 ギルドに入ってすぐは酒場のような大広間で、左側の壁には巨大な依頼掲示板があった。

 よく見ると、モンスター討伐から薬草採集まで依頼書が所狭しと貼り付けられている。

 その前では筋肉の塊みたいな男たちが、

 「俺が行く!」

 「いや俺が行く!!」

 と胸ぐらをつかみ合いながら、なぜか楽しそうに喧嘩していました。

 喧嘩というより、筋肉同士のハグに見えなくもない。

 僕が呆然としていると、カウンターの奥から澄んだ声が聞こえました。

 「おねが~い! だれか猫探しの依頼を受けてよ~!」

 白金色の髪を上品にまとめた美女が、困った顔で必死に呼びかけている。

 だが、だれも彼女の呼びかけに答えようとしません。

 薄ら笑いを浮かべながら、ただ見ているだけ。

 「ヴィオラちゃ~ん! そういうのは冒険者の仕事じゃねぇんだよ~!」

 酔っ払いが笑いながら茶々を入れると、ヴィオラと呼ばれた女性はほっぺを膨らませます。

 「でもバルフォードさんの息子さんからの依頼だし……」

 そんな中、アーサーがまったく空気を読まずに声をかけた。

 「ヴィオラちゃん! この人(=僕)を冒険者登録してくれないか?」

 「ちょ、ちょっと待って! まだ冒険者になるとは言ってないって!」

 僕は慌ててアーサーを止める。

 冒険者なんて危険でブラックな仕事じゃなくて、もっと室内で安全で安定的な仕事がしたいんだよ僕は!

 と、そこへ再び酔っ払いの声。

 「お! アーサーじゃねえか! ちょうどいいじゃねぇか! この依頼、こいつらにやらせろよヴィオラちゃん!」

 「あぁ?!」

 アーサーがにらむが、酔っ払いは完全にスルー。

 これは後で分かった話です。実はこの世界では冒険者は攻撃魔法が使えて当たり前。なのに剣しか使えないアーサーがB級冒険者になれたことを妬む冒険者も多かったようです。この世界でB級は一流冒険者の証ですから。

 もちろん、攻撃魔法が使えないのにB級になれたアーサーがどれだけすごいかなんて、この時の僕に知るよしもなかったんですが。

 「なんかあったんスか?」

 メリルがヴィオラに問いかける。

 「実はね……バルフォードさんの息子さんから、緊急で猫探しの依頼が届いてて……」

 ヴィオラは依頼書を差し出す。

 メリルとフィオナが覗き込んだ瞬間、

 「あ! この子知ってる!」

 「……メリルがよく世話してる猫」

 どうやらメリルは大の動物好きで、猫や犬に道ばたで会うと、片っ端から撫でたり餌をあげたりしているらしい。そして今回行方不明になったのは、バルフォードという大商人が放し飼いにしている猫。この猫も、メリルが“お世話している猫”のひとつだとか。

 さらに依頼主のバルフォードは、ティクルーナで一番の大金持ち。

 バルフォードは『紅蓮の翼』の大スポンサーで、なにかとこのギルドの面倒をみてくれているとか。

 つまり――断れない。

 「バルフォードさんからの依頼だから、どうしても受けなきゃいけないのよねぇ……」

 ヴィオラが上目遣いでアーサーを見る。

 「アニキ! ねこちゃんが心配っス! この依頼やりましょう!!」

 「お、おう…… あ、でも先にハヤトさんの冒険者登ろ――」

 「ありがとう! アーサー!! じゃあ早速よろしくね!!」

 がしっ、と両手を握られ、アーサーは一瞬で真っ赤になった。

 ……この男、チョロすぎる。

 こうして僕は、冒険者登録をしないまま、猫探しをすることになったのです。アーサーが受けた依頼のお手伝いという形で。

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