第4話:配信という選択肢、踏み出す勇気
翌朝、目が覚めた時、心臓が早鐘を打っていた。
今日は、テスト配信の日だ。
時計を見ると、午前6時。いつもより1時間遅い起床だった。昨夜、緊張でなかなか眠れなかったせいだろう。
「おはよう、ソル」
枕元を見ると、ソルはすでに起きていた。
「オハヨウ、ソウタ! キョウ、ガンバロウ!」
ソルの明るい声が、少しだけ緊張を和らげてくれた。
「ああ、頑張ろうな」
ベッドから起き上がり、窓を開ける。
初夏の爽やかな風が部屋に流れ込んできた。雲一つない青空。今日もいい天気だ。
深呼吸をする。
大丈夫。きっとうまくいく。
自分に言い聞かせながら、着替えて階下へ降りた。
***
朝食は、いつもより豪華にした。
目玉焼き、ベーコン、サラダ、トースト、そしてフルーツ。
緊張している時こそ、しっかり食べておかないと。
「ソル、たくさん食べるぞ」
「タベル!」
ソルにも、小さく切ったフルーツとベーコンを与える。
ソルは嬉しそうに吸収していった。
「オイシイ! ソウタノ、ゴハン、イツモオイシイ!」
「そうか、ありがとう」
ソルの素直な褒め言葉に、自然と笑みがこぼれた。
食事をしながら、今日のテスト配信の流れを頭の中で整理する。
まず、自己紹介。名前、年齢、配信を始めた理由。
次に、ソルの紹介。出会いのエピソード、テイムした経緯。
そして、EXランクダンジョンについて。ただし、詳細は伏せておこう。あまり情報を出しすぎると、政府や他の冒険者が押し寄せてくるかもしれない。
最後に、これからの配信方針。モンスターとの絆を大切にした、癒し系の配信。
「よし、流れは頭に入った」
朝食を終えて、食器を洗う。
手を動かしていると、少しだけ落ち着いてきた。
リビングに戻り、配信機材の最終チェックをする。
カメラの電源、マイクの接続、照明の角度、配信ソフトの設定。
すべて問題なし。
「あとは、やるだけだな」
時計を見ると、午前9時。
テスト配信は、午前10時から始めることにしていた。
あと1時間。
緊張で、手のひらに汗が滲む。
「落ち着け、蒼太。これはテストだ。本番じゃない」
自分に言い聞かせる。
でも、心臓の鼓動は収まらない。
ソルが、俺の膝に飛び乗ってきた。
「ソウタ、ダイジョウブ。ソル、イッショダヨ」
ソルの温かい声が、胸に染み込んでくる。
そうだ。一人じゃない。
ソルがいる。
「ありがとう、ソル。お前がいてくれて、本当に良かった」
ソルを優しく撫でる。
プルプルとした感触が、心を落ち着かせてくれた。
***
午前10時、定刻通りに配信を開始する予定だった。
でも、その前に、もう一度だけ鏡で自分の姿を確認する。
髪は整っているか。服は清潔か。表情は自然か。
鏡に映る自分の顔は、明らかに緊張していた。
少し強張った笑顔。こんな顔、視聴者に見せたくない。
「笑顔、笑顔...」
何度か笑顔の練習をする。
でも、どうしても不自然になってしまう。
「ダメだ、考えすぎだ。自然体でいこう」
深呼吸をして、リビングへ戻る。
カメラの前に座り、ソルを膝の上に乗せる。
「ソル、準備はいいか?」
「イイヨ!」
パソコンの画面を見る。
配信ソフトが起動している。
あとは、「配信開始」ボタンを押すだけ。
指がマウスに触れる。
心臓が、ドクドクと音を立てている。
これを押したら、俺の人生が変わる。
引き返せなくなる。
でも、それでいい。
俺は、前に進むと決めたんだ。
「よし...行くぞ」
マウスをクリック。
画面に「配信開始」の文字が表示された。
同時に、カメラの赤いランプが点灯する。
配信が、始まった。
***
最初の数秒間、何も言葉が出てこなかった。
カメラのレンズを見つめるだけで、頭が真っ白になる。
視聴者数は...0人。
当たり前だ。誰も俺のことを知らないんだから。
でも、この0という数字が、妙に寂しく感じた。
「え、えっと...」
声が震える。
「初めまして...」
もっと大きな声で、はっきりと。
深呼吸をして、もう一度。
「初めまして! 木村蒼太と言います!」
少し大きすぎたかもしれない。でも、声が出たことに安堵した。
「今日から、配信を始めようと思いまして...えっと、これがテスト配信というか、初めての配信になります」
カメラを通して、誰かが見ているわけじゃない。
でも、いつか誰かが見るかもしれない。
その「いつか」のために、ちゃんと話さないと。
「俺は、30歳で...えっと、農家をやっています。田舎で、野菜を育てて生活している、普通の人間です」
視聴者数が、1になった。
誰かが、入ってきた!
心臓が跳ねる。
「あ、ありがとうございます! 見に来てくださって!」
画面の隅に、コメント欄が表示されている。
でも、まだコメントは来ていない。
当然だ。俺が何者かも分からないのに、コメントなんてしないだろう。
「えっと、それで...俺には、相棒がいます」
ソルを持ち上げて、カメラに映す。
「こちらが、ソルです」
「ぴゅい♪」
ソルが元気よく鳴いた。
その瞬間、視聴者数が2になった。
そして、初めてのコメントが流れた。
『かわいい』
たった3文字。
でも、その3文字が、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
「ありがとうございます! ソルは、ベビースライムなんです」
少しだけ、緊張が和らいだ。
話し続ける。
「ソルは、俺が畑で見つけたスライムで...瀕死だったところを保護しました。今は、俺のテイムモンスターとして、一緒に生活しています」
『テイムモンスターいいね』
『スライム可愛い』
コメントが少しずつ増えてきた。
視聴者数も、5人になっている。
たった5人。
でも、この5人が、俺の配信を見てくれている。
その事実が、嬉しかった。
「ソルは、本当にいい子で...俺のことを、いつも支えてくれるんです」
ソルを撫でながら話す。
ソルは、カメラに向かって「ぷるぷる♪」と鳴いた。
『仲良しだね』
『癒される』
『ほっこりする』
温かいコメントが流れてくる。
俺の緊張は、もうほとんどなくなっていた。
***
「それで、これから俺は...ダンジョン配信をしようと思っています」
視聴者数が10人になった。
『ダンジョン配信か』
『頑張って』
『どこのダンジョン?』
質問のコメントが来た。
どう答えよう?
EXランクのことは、まだ伏せておきたい。
「えっと、俺の家の近くに...ダンジョンがありまして。そこを、ソルと一緒に探索していこうと思っています」
『家の近くにダンジョンあるのいいな』
『田舎かな?』
『ランクは?』
ランクについて聞かれた。
嘘はつきたくないけど、本当のことも言えない。
「ランクは...えっと、まだちゃんと調べてないんですが、おそらく初心者向けだと思います」
曖昧な答えでごまかす。
視聴者は、特に突っ込んでこなかった。
『初心者向けならいいね』
『安全第一で』
優しいコメントに、胸が温かくなる。
「ありがとうございます。安全には、十分気をつけます」
ソルが、俺の膝の上で跳ねた。
「ソウタ、ガンバッテル!」
ソルの励ましに、自然と笑顔になった。
その笑顔が、カメラに映っている。
『配信者さん、いい笑顔』
『癒し系だね』
コメントを見て、嬉しくなった。
俺の笑顔が、誰かに届いている。
「えっと、これからの配信ですが...戦闘や効率重視じゃなくて、モンスターとの絆とか、癒しを中心にやっていきたいと思っています」
『いいね、そういう配信好き』
『癒し系求めてた』
『応援します』
視聴者数が20人になった。
たった20人かもしれない。
でも、この20人が、俺の配信に興味を持ってくれている。
それが、とても嬉しかった。
***
「それじゃあ、せっかくなので...ダンジョンの入口を、お見せしようと思います」
『お、見たい』
『どんな感じなんだろう』
『楽しみ』
カメラを持って、納屋へ向かう。
ソルは、俺の肩に乗っている。
「ぴゅい♪」
視聴者は、ソルの可愛らしい姿に反応していた。
『ソルちゃん可愛すぎる』
『肩に乗ってるの癒される』
『ずっと見ていられる』
納屋の前に着いた。
「ここが、ダンジョンの入口です」
扉を開ける。
青白い光の壁が、静かに輝いている。
カメラをゆっくりと光の壁に向ける。
その瞬間、コメント欄が一気に加速した。
『うわー、綺麗』
『神秘的』
『これ本当にダンジョン?』
『初めて見るタイプの入口だ』
視聴者数が50人になった。
一気に増えた。
「これが、ダンジョンの入口です。綺麗でしょう?」
『めちゃくちゃ綺麗』
『こんな入口見たことない』
『普通、もっと禍々しい感じだよね』
確かに、一般的なダンジョンの入口は、もっと暗くて不気味な雰囲気だと聞いている。
でも、俺のダンジョンは違う。
美しくて、神秘的で、まるで別世界への扉のような雰囲気だ。
「今日は、中には入りません。まだ準備が整っていないので...でも、近いうちに、ソルと一緒に探索してみようと思います」
『楽しみにしてる』
『次の配信いつですか?』
『登録しました』
登録...?
あ、チャンネル登録か。
慌てて画面を確認すると、登録者数が3人になっていた。
たった3人。
でも、この3人が、俺の配信をまた見たいと思ってくれたんだ。
「ありがとうございます! チャンネル登録してくださって!」
心からの感謝を伝える。
「次の配信は...明日の午後2時から予定しています。明日は、実際にダンジョンに入ってみようと思います」
『了解』
『明日も見ます』
『頑張ってください』
温かいコメントが次々と流れてくる。
視聴者数は、60人で安定していた。
***
納屋から戻り、リビングに座る。
そろそろ、テスト配信を終わらせようか。
「えっと、それでは、そろそろ今日の配信はここまでにしようと思います」
『お疲れ様』
『また明日』
『ソルちゃんバイバイ』
ソルが、カメラに向かって「ぴゅい♪」と鳴いた。
『可愛い!』
『また見たい』
『絶対明日も来る』
最終的な視聴者数は、70人。
登録者数は、15人。
たった15人かもしれない。
でも、この15人が、俺の最初のファンだ。
「今日は、見てくださって本当にありがとうございました。明日も、ソルと一緒に頑張りますので、よろしくお願いします!」
最後に、もう一度ソルをカメラに映す。
「ぷるるん♪」
ソルが元気よく跳ねた。
その姿を映したまま、配信を終了する。
画面に「配信終了」の文字が表示された。
カメラの赤いランプが消える。
静寂。
配信が、終わった。
***
しばらく、呆然と座っていた。
終わった。
初めての配信が、終わった。
そして、気づいた。
俺は、笑っていた。
「やった...やったぞ、ソル!」
ソルを抱き上げる。
「ヤッタネ、ソウタ!」
ソルも嬉しそうに跳ねている。
「俺、できたんだ...配信、できたんだ!」
興奮が止まらない。
不安だらけだった。失敗するかもしれないと思っていた。
でも、やり遂げた。
70人の視聴者が見てくれた。15人が、チャンネル登録をしてくれた。
そして、温かいコメントをたくさんもらえた。
「ソル、お前のおかげだ。お前がいてくれたから、俺は頑張れた」
「ソウタ、ガンバッタ! ソル、ウレシイ!」
ソルの声が、心に響く。
二人で、喜びを分かち合った。
そして、思った。
これが、俺の新しい人生の始まりなんだ。
***
興奮が収まった後、配信のアーカイブを見返すことにした。
自分の配信を客観的に見るのは、少し恥ずかしい。
でも、改善点を見つけるためには必要だ。
再生ボタンを押す。
画面に、緊張した顔の俺が映った。
「うわ、めっちゃ緊張してる...」
最初の自己紹介は、声が震えていた。
でも、ソルを紹介した辺りから、少しずつ自然になっていった。
特に、ソルと触れ合っている時の俺の表情は、自然な笑顔だった。
「ああ、この辺りは良かったかも」
ダンジョンの入口を映した時、視聴者が一気に増えた。
やはり、あの神秘的な光の壁は、人々を惹きつける何かがあるんだ。
コメントも、改めて読み返す。
『かわいい』
『癒される』
『応援します』
『また見たい』
一つ一つのコメントが、温かくて優しい。
俺の配信を見て、少しでも癒されてくれたなら、嬉しい。
「明日は、もっと良い配信にしよう」
ノートに、改善点を書き出す。
・もう少し大きな声ではっきり話す
・カメラアングルを工夫する
・ソルとの触れ合いシーンを増やす
・視聴者とのやり取りをもっと大切にする
書き出していくと、やるべきことが見えてきた。
明日の本番に向けて、できる限りの準備をしよう。
***
昼食は、簡単にサンドイッチを作った。
ソルにも、小さく切ったサンドイッチを与える。
「オイシイ!」
「良かった」
食事をしながら、明日のことを考える。
明日は、ついに本番だ。
ダンジョンに入る。
1階層だけでも、ちゃんと探索して、視聴者に楽しんでもらえる配信をしたい。
でも、安全第一だ。
無理はしない。危険を感じたら、すぐに引き返す。
「ソル、明日は気をつけようね」
「ウン! キヲツケル!」
ソルも、真剣な表情で頷いた。
この子は、本当に賢い。
俺の言葉を理解して、一緒に頑張ってくれる。
こんな仲間がいることが、何よりも心強かった。
***
午後は、装備の最終チェックをすることにした。
購入した防具を身につけてみる。
胸当て、腕当て、すね当て。
軽量タイプだから、動きやすい。
でも、ちゃんと防御力もある。
ブーツも履いてみる。
少し硬いけど、慣れれば大丈夫だろう。
ナイフをベルトに装着。
応急処置キットは、小さなバッグに入れて腰に下げる。
ランタンと、予備のバッテリー。
ロープも、念のため持っていこう。
「これで、準備は万端だな」
鏡で全身を確認する。
冒険者らしい格好になった。
少し誇らしい気持ちになる。
ソルが、興味深そうに見ている。
「ソウタ、カッコイイ!」
「そうか? ありがとう」
ソルの言葉に、少し照れくさくなった。
でも、悪い気はしない。
この格好で、明日、ダンジョンに挑む。
ソルと一緒に。
***
夕方、畑の様子を見に行った。
今日は、ゆっくりと時間をかけて、野菜たちの世話をする。
水やり、雑草取り、支柱の確認。
一つ一つの作業を、丁寧に。
トマトが、少し赤くなってきた。
「もうすぐ収穫できそうだな」
キュウリも、大きく育っている。
明日、収穫してもいいかもしれない。
ソルも、畑の手伝いをしてくれる。
小さな雑草を、体で包み込んで吸収してくれた。
「ソル、ありがとう」
「ドウイタシマシテ!」
ソルの明るい声が、畑に響く。
二人で作業をしていると、心が穏やかになる。
配信も大切だけど、この畑も大切だ。
どちらも、俺の人生の一部だから。
夕日が、畑を優しく照らしている。
オレンジ色の光が、野菜の葉を輝かせる。
「綺麗だな」
「キレイ!」
ソルと一緒に、夕日を眺めた。
明日から、新しい挑戦が始まる。
でも、この畑は変わらない。
この場所が、俺の心の拠り所であることも、変わらない。
***
夜、夕食を食べながら、もう一度明日の流れを確認する。
午後2時、配信開始。
自己紹介と、今日のテーマ説明。
ダンジョンへ移動。
1階層を探索。
モンスターとの遭遇、戦闘(もしあれば)、素材の収集。
安全な場所で休憩、視聴者との交流。
午後4時頃、配信終了。
「よし、イメージはできた」
でも、やっぱり緊張する。
本番は、テストとは違う。
実際にダンジョンに入るんだ。
危険もある。
でも、それ以上に、期待が大きい。
ソルと一緒に、未知の世界を探索する。
その様子を、視聴者と共有する。
考えただけで、ワクワクしてくる。
「ソル、明日、楽しみだな」
「タノシミ!」
ソルも、目を輝かせている。
この子も、冒険を楽しみにしているんだ。
だったら、俺も全力で楽しもう。
不安を吹き飛ばして、前を向いて進もう。
***
就寝前、もう一度配信機材をチェックする。
カメラのバッテリーは満タン。
予備のバッテリーも充電済み。
マイクの接続、問題なし。
照明、問題なし。
配信ソフトの設定、確認済み。
「よし、完璧だ」
ベッドに入る。
ソルも、枕元にやってきた。
「ぷるぷる〜」
「おやすみ、ソル」
「オヤスミ、ソウタ」
電気を消す。
暗闇の中、天井を見つめる。
明日。
ついに、本番だ。
初めての、本格的な配信。
初めての、ダンジョン探索。
不安もある。でも、それ以上に期待が大きい。
ソルと一緒なら、きっと大丈夫だ。
そう信じて、目を閉じる。
でも、興奮でなかなか眠れない。
頭の中で、明日のシミュレーションを何度も繰り返す。
ダンジョンの中は、どんな景色だろう?
どんなモンスターがいるだろう?
どんな素材が手に入るだろう?
そして、視聴者は、どんな反応をしてくれるだろう?
考えれば考えるほど、眠れなくなる。
でも、それは幸せな不眠だった。
期待に胸を膨らませながら、俺は少しずつ眠りに落ちていった。
明日への期待を抱いて。
小さな仲間と共に歩む、新しい人生への期待を抱いて。
木村蒼太の、配信者としての本当の一歩が、もうすぐ始まる。
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