第2話:規格外のダンジョンと、途方に暮れる心

 古民家に駆け込んだ俺は、まず台所へ向かった。


「水...水が必要だ」


 息を切らしながら、片手でスライムを抱え、もう片方の手で清潔なタオルを取る。


 スライムの体は、さっきよりもさらに冷たくなっている気がした。時間がない。


「待ってろ、今助けるから」


 優しくタオルの上に置き、温める。スライムは相変わらず弱々しく震えているだけだった。


 水分が必要なはずだ。確か、スライムは体の大部分が水分で構成されている。脱水状態になると、こうして弱ってしまうと聞いたことがある。


 棚からスポイトを取り出し、ミネラルウォーターを吸い上げる。そして、スライムの近くにそっと垂らしてみる。


「ほら、水だぞ。飲めるか?」


 最初は反応がなかった。


 でも、諦めずに何度か繰り返すと、スライムの体が微かに動いた。そして、ゆっくりと、スポイトから垂れた水を吸収し始める。


「そうだ、そうだ。ゆっくりでいい」


 少しずつ、少しずつ。


 5分ほどかけて、スプーン一杯分くらいの水を与えた。


 すると、スライムの体に少しだけ色が戻ってきた。さっきまで透明に近かった青色が、少しだけ濃くなった気がする。


 そして。


「ぷるぷる♪」


 小さな、でも確かに元気な鳴き声。


「生きてる...!」


 思わず、安堵のため息が漏れた。


 良かった。間に合った。


 スライムは、まだ完全に回復したわけじゃないけれど、さっきよりも明らかに元気になっている。タオルの上で、少しだけ跳ねる仕草を見せた。


「無理するなよ。まだ体力が戻ってないんだから」


 優しく声をかけると、スライムは大人しくなった。でも、俺の方をじっと見ている。


 その視線には、何か感情のようなものが込められている気がした。


 感謝? それとも、安心?


 スライムにそんな感情があるのか分からないけど、でも、確かにこの子は俺を信頼してくれている気がした。


「とりあえず、もう少し休ませよう」


 リビングに移動し、ソファの上にクッションを置く。その上にタオルごとスライムを乗せた。


 窓から差し込む柔らかい日差し。スライムは、その温かさに包まれて、安らかに休んでいる。


「ぷる...ぷる...」


 規則正しい呼吸音(?)。


 眠っているのかもしれない。


 俺はソファに座り、スライムを見守った。


***


 30分ほど経った頃、スライムが目を覚ました。


「ぴゅい!」


 さっきとは比べ物にならないくらい、元気な鳴き声。


 スライムは、クッションの上でポンポンと跳ね始めた。完全に体力が戻ったようだ。


「良かった...本当に良かった」


 胸を撫で下ろす。


 スライムは、俺の手の上に飛び乗ってきた。プルプルとした感触。少しひんやりしていて、でも、心地いい。


「お前、どこから来たんだ?」


 問いかけても、当然答えは返ってこない。


 でも、スライムは俺の手のひらの上で、嬉しそうに跳ねている。


 もしかして、納屋のダンジョンから出てきたのかもしれない。EXランクダンジョンなら、何が起きても不思議じゃない。


 それとも、どこか別のダンジョンから迷い込んできたのか。


 いずれにせよ、この子はもう大丈夫だ。


「さて、どうするかな」


 本来なら、野生のモンスターは放すべきだろう。自然に返すのが正しい。


 でも。


 スライムは、俺の頬に「ぷるぷる」と擦り寄ってきた。


 まるで、離れたくないと言っているみたいに。


 俺の心に、ある考えが浮かんだ。


「なあ、お前...俺と一緒にいたいか?」


 スライムは、勢いよく跳ねて答えた。


「ぷるるん♪」


 それは、間違いなく「イエス」の意味だった。


 俺は、決めた。


「分かった。じゃあ、お前に名前をつけよう」


 名前。


 この子だけの、特別な名前。


 俺は少し考えて、ふと窓の外を見た。朝日が、キラキラと輝いている。


「ソル。太陽みたいに明るいから、ソルって名前はどうだ?」


 スライムは、一瞬静止した。


 そして、次の瞬間。


「ぷるるん〜♪♪♪」


 今までで一番大きな声で鳴いた。


 嬉しそうに、何度も何度も跳ねる。


 気に入ってくれたみたいだ。


「よし、じゃあ今日からお前はソルだ」


 そう言った瞬間。


 不思議なことが起きた。


 俺の胸が、温かくなった。まるで、何かが体の中に流れ込んでくるような感覚。


 そして、頭の中に、声が響いた。


『...アナタ...ヤサシイ...スキ...』


「え...!?」


 今の声は...ソル?


 スライムが、俺に語りかけてきた?


 驚いて、ソルを見る。ソルも、俺を見上げている。


 そして、確かに感じた。


 ソルの感情が、俺の心に流れ込んでくるのを。


 嬉しい、という感情。温かい、という感情。そして、俺への信頼と愛情。


「これって...テレパシー...?」


 信じられない。でも、確かに今、ソルの気持ちが分かった。


 その瞬間、さらに不思議なことが起きた。


 俺の体が、淡く光り始めたのだ。


「うわっ、何だこれ!?」


 青白い光が、俺の全身を包み込む。


 怖い、というよりも、温かい光。まるで、祝福されているような。


 そして、視界に文字が浮かび上がった。


 まるでゲームの画面のように、空中に透明な文字列が現れる。


『【固有スキル:絆の創世者(ボンド・クリエイター)】が覚醒しました』


「固有...スキル...!?」


 固有スキル。


 それは、極めて稀に、人間が生まれ持つ特別な能力のこと。


 この世界では、一部の人間だけが固有スキルを持っている。父さんの【不屈の要塞】、母さんの【孤高の狙撃者】、兄さんの【戦場の統率者】。


 木村家は、全員が強力な固有スキルを持っている一族だった。


 でも、俺だけは...固有スキルが覚醒していなかった。


 だから、俺は「落ちこぼれ」だと思われていた。


 でも、今。


 今、俺の固有スキルが覚醒した!?


「嘘だろ...俺に、固有スキルがあったなんて...」


 文字列は、さらに続く。


『【絆の創世者】:モンスターとテイムし、心を通わせることで真の仲間にする能力。テイムしたモンスターの能力とスキルを一部獲得し、自身に反映させる。モンスター同士の能力を融合させ、新たな力を生み出すことも可能。また、精神力次第で、ありとあらゆるものを創り出すことができる』


 一つ一つの言葉が、頭の中に流れ込んでくる。


 テイム。能力の獲得。融合。そして、創造。


 これは...とんでもないスキルじゃないか...!


 さらに、新しい文字列が現れた。


『ベビースライム(ソル)をテイムしますか?』


『はい/いいえ』


 テイム。


 ソルと、正式に仲間になる。


 俺は、迷わなかった。


「ソル、俺と一緒にいてくれるか? ずっと、一緒に」


 ソルは、力強く跳ねた。


「ぷるるん!」


 それは、間違いなく「イエス」だった。


 俺は、心の中で「はい」を選んだ。


 その瞬間、さらに強い光が俺とソルを包み込んだ。


 温かい。優しい。そして、確かな絆を感じる。


 光が収まった時、新しい文字列が表示された。


『テイム完了。ベビースライム(ソル)があなたの最初の仲間になりました』


『ソルのスキル【適応力】【形態変化(初級)】を一部習得しました』


『ソルとの絆レベル:1』


 胸が熱くなった。


 これが、絆の力。


 俺とソルは、今、確かに繋がっている。


「ソル...」


「ぴゅい♪」


 ソルは、俺の手のひらの上で嬉しそうに跳ねている。


 俺も、自然と笑顔になっていた。


 これから、ソルと一緒に生きていくんだ。


 この小さな仲間と。


***


 興奮が少し収まった頃、俺は改めて状況を整理することにした。


 ソファに座り、ソルを膝の上に乗せる。ソルは満足げに「ぷるぷる」と鳴いている。


「えっと、まとめると...」


 朝、納屋にEXランクダンジョンが出現した。


 畑で、瀕死のベビースライム(ソル)を発見して救助した。


 ソルに名前をつけたら、固有スキル【絆の創世者】が覚醒した。


 そして、ソルを最初の仲間としてテイムした。


「...すごい一日だな」


 まだ午前中なのに、人生が変わるような出来事ばかりだ。


 スマホを取り出し、時計を確認する。午前10時。


 そういえば、今日は何も食べていない。朝食を食べたきりだ。


 お腹が空いた。ソルも、お腹空いてるかな?


「ソル、何か食べるか?」


 問いかけると、ソルは元気よく跳ねた。


「ぷるるん♪」


 お腹空いてるみたいだ。


 でも、スライムって何を食べるんだろう?


 スマホで検索してみる。


「スライム、餌、何を食べる...」


 検索結果を読んでいくと、スライムは雑食性で、基本的に何でも食べるらしい。魔石の欠片、果物、野菜、肉類。ただし、消化しやすいものが好ましいとのこと。


「じゃあ、果物がいいかな」


 冷蔵庫から、リンゴを取り出す。小さく切って、ソルの前に置く。


 ソルは、リンゴの欠片に飛びつき、体で包み込んだ。


 そして、みるみるうちに、リンゴがソルの体内に吸収されていく。


「おお...」


 不思議な光景だ。


 リンゴを完全に吸収したソルは、満足げに「ぷるるん♪」と鳴いた。


 美味しかったみたいだ。


「良かった。俺も何か食べよう」


 簡単にサンドイッチを作り、ソルと一緒に昼食をとる。


 ソルは、俺が食べている様子を興味深そうに見ている。


「お前も食べるか?」


 サンドイッチの端を小さくちぎって渡すと、ソルは嬉しそうに吸収した。


「ぴゅい♪」


 何でも食べるんだな、この子。


 食事をしながら、これからのことを考える。


 EXランクダンジョン。固有スキル。そして、ソル。


 これらは、間違いなく俺の人生を変える要素だ。


 でも、どう変えていくべきなのか。


 政府に報告すべきか? それとも、しばらく黙っているべきか?


 配信という選択肢も、まだ頭の中にある。


 でも、配信なんて本当にできるのか?


「ソル、お前はどう思う?」


 ソルに問いかけると、ソルは首を傾げた。


「ぷる?」


 まあ、ソルに聞いても答えは出ないか。


 とりあえず、もう少し情報を集めよう。


***


 昼食後、俺は再びパソコンに向かった。


 ダンジョンについて、さらに詳しく調べる。特に、配信というビジネスモデルについて。


「ダンジョン配信、収入、方法...」


 検索結果には、膨大な情報が表示された。


 ダンジョン配信は、今や一大産業だ。


 人気配信者になれば、月収数千万円も珍しくない。広告収入、スーパーチャット(投げ銭)、スポンサー契約、グッズ販売。収入源は多岐にわたる。


 さらに、ダンジョンで得た素材を販売することで、さらなる収入が得られる。


 トップクラスの配信者は、年収10億円を超えることもあるらしい。


「10億...」


 想像もつかない金額だ。


 でも、それだけの価値があるってことだ。人々は、ダンジョン配信を見たがっている。


 冒険のスリル、モンスターとの戦闘、貴重な素材の発見。そういったものを、安全な場所から楽しみたい人が大勢いる。


 そして、俺にはEXランクダンジョンがある。


 世界で唯一の、前代未聞のダンジョン。


 これを配信したら...間違いなく、注目を集めるだろう。


 でも。


「俺に、できるのか...?」


 不安が頭をもたげる。


 人前に出るのは得意じゃない。高校時代、不登校になったのも、人間関係が上手くいかなかったからだ。


 クラスメイトの視線が怖かった。何を話していいか分からなかった。


 そんな俺が、配信なんて...。


 でも、配信は直接会うわけじゃない。カメラの向こうの視聴者と、文字でやり取りするだけだ。


 もしかしたら、それなら俺にもできるかもしれない。


「ソル、お前はどう思う? 俺、配信者になれるかな?」


 ソルは、俺の頬に「ぷるぷる」と擦り寄ってきた。


 そして、心の中に声が響いた。


『ダイジョウブ。ソル、イッショ。ガンバロウ』


 ソルの声。


 優しくて、温かい声。


 この子は、俺を信じてくれている。


 だったら。


 だったら、俺も自分を信じてみよう。


「ありがとう、ソル」


 ソルを優しく撫でる。


「よし...やってみよう。配信者に」


 心が決まった。


 EXランクダンジョンと、ソルと。


 この二つを武器に、俺は配信者になる。


 失敗するかもしれない。誰も見てくれないかもしれない。


 でも、やってみないと分からない。


 そして、もし成功したら...。


 木村家の「落ちこぼれ」じゃなくなるかもしれない。


 自分の力で、自分の道を切り開けるかもしれない。


「まずは、機材を揃えないと」


 配信に必要な機材をリストアップする。


 カメラ、マイク、照明、配信ソフト、パソコン(今のでも大丈夫だろうか?)。


 それから、最低限の防具と武器も必要だ。ダンジョンに入るなら、安全対策は必須。


 貯金を確認する。


 農業の収入と、少しの貯金。全部合わせて、200万円ほど。


 これを使えば、最低限の機材は揃えられるだろう。


「よし、明日、街に買い出しに行こう」


 計画を立てる。


 明日は機材の購入。


 明後日は設定とテスト配信。


 そして、3日後には...初配信。


 胸が高鳴る。緊張と期待が入り混じった、不思議な感覚。


 ソルが、俺の膝の上で安らかに眠っている。


「ぷるぷる...」


 規則正しい呼吸音。


 この子と一緒なら、きっと大丈夫だ。


***


 夕方になり、俺はもう一度納屋へ向かった。


 ソルを肩に乗せて。


「ソル、ダンジョンを見てみるか」


「ぴゅい♪」


 納屋の扉を開ける。


 相変わらず、青白い光の壁が静かに輝いている。


 近づいて、改めて文字列を確認する。


『ダンジョン名:無限成長型超越ダンジョン(インフィニティ・トランセンデンス)』


『ランク:EX』


『階層数:∞(無限)』


『現在攻略可能階層:1階層』


『特性:攻略者の成長に合わせて難易度が自動調整される成長型ダンジョン』


 無限の階層。


 そして、成長型。


 これは...本当にとんでもないダンジョンだ。


「ソル、この中に入ったら、どうなるんだろうな」


 ソルは、光の壁を興味深そうに見ている。


「ぷるぷる?」


「今日は入らないぞ。まだ準備ができてないからな」


 そう言いながらも、好奇心が湧き上がってくる。


 中はどうなっているんだろう? どんなモンスターがいるんだろう? どんな素材が手に入るんだろう?


 でも、無謀は禁物だ。


 装備も知識もない状態で入るのは、自殺行為だ。


「配信の準備ができたら、一緒に入ろうな、ソル」


「ぴゅい♪」


 ソルも、楽しみにしているようだった。


 納屋を出て、夕暮れの空を見上げる。


 オレンジ色の空。沈みゆく太陽。


 今日は、本当に色々なことがあった。


 でも、不思議と疲れは感じなかった。


 むしろ、体の中からエネルギーが湧き上がってくるような感覚。


 これが、希望というものなのかもしれない。


「明日から、新しい人生が始まるんだな」


 ソルが、俺の頬に「ぷるぷる」と擦り寄ってきた。


『ガンバロウ、ソウタ』


 ソルの声が、心の中に響く。


 俺の名前を、ソルは覚えてくれたんだ。


「ああ、頑張ろうな。ソル」


 二人で、夕日を眺めた。


 明日からの冒険を夢見ながら。


***


 夜、俺は自室で配信について、さらに詳しく調べていた。


 配信プラットフォームの選び方、カメラアングルの基本、視聴者とのコミュニケーション方法、安全対策。


 学ぶべきことは山ほどある。


 でも、一つ一つ、丁寧に学んでいけばいい。


 焦る必要はない。


 ソルは、机の上で丸くなって眠っている。


「ぷるぷる...」


 可愛い寝顔だ。


 ふと、配信のコンセプトについて考えた。


 他の配信者たちは、どんなコンセプトでやっているんだろう?


 検索してみると、様々なスタイルがあった。


 戦闘特化型、効率重視型、エンターテイメント型、教育型。


 人気配信者は、それぞれ独自のスタイルを確立している。


 俺は...どんなスタイルがいいだろう?


 戦闘は、正直得意じゃない。効率も、あまり気にしたことがない。


 でも、ソルとの絆。これは、俺にしかない強みだ。


「モンスターとの絆を中心にした配信...」


 他の配信者は、モンスターを戦力として扱っている。効率的に倒し、素材を得るための道具として。


 でも、俺は違う。


 ソルは、俺の仲間だ。大切な家族だ。


 その気持ちを、配信で伝えられたら。


 きっと、他にはない配信になるはずだ。


「癒し系、かな」


 戦闘や効率よりも、ソルとの日常や、ダンジョンでの穏やかな時間を見せる。


 疲れた人たちが、ほっと一息つけるような配信。


 それが、俺らしいスタイルかもしれない。


「よし、コンセプトは決まった」


 ノートに書き留める。


『配信コンセプト:モンスターとの絆と癒し』


『ターゲット:疲れた社会人、癒しを求める人々』


『強み:EXランクダンジョン、ソルとの絆、固有スキル【絆の創世者】』


 これを軸に、配信を組み立てていこう。


 時計を見ると、もう夜11時だった。


 明日は早起きして、街へ買い出しに行かなければ。


「そろそろ寝るか」


 パソコンを閉じ、ベッドに入る。


 ソルも、俺の枕元にやってきた。


「ぷるぷる〜」


「おやすみ、ソル」


「ぴゅい♪」


 電気を消す。


 暗闇の中、窓の外には満月が輝いていた。


 明日から、新しい挑戦が始まる。


 不安もある。でも、それ以上に、期待が大きい。


 ソルと一緒なら、きっと乗り越えられる。


 そう信じて、俺は眠りについた。


 小さな仲間の、穏やかな寝息を聞きながら。


 これが、木村蒼太の、配信者への第一歩だった。





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最後まで読んでいただきありがとうございます。


『面白かった!続きが気になる!今後の展開が気になる!』と思いましたら


☆☆☆から、作品の応援をお願いします。


面白かったら☆三つ、つまらないと思ったら☆ひとつでも大丈夫です!


何卒よろしくお願いします。


また、他の作品(・その者、神羅万象の主につき~取り扱いに注意せよ~ ・元天才プログラマー、モンスター育成士になる)も是非読んでみてください。

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