新米農家、配信者になる。~家の納屋にダンジョンが発生したので最近ちまたではやっているダンジョン配信者になろうと思う~

グリゴリ

第1章:納屋の光と小さな命

第1話:朝日と、納屋から漏れる光

 目覚まし時計が鳴る前に、俺は目を覚ました。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が、まぶたを優しく刺激する。時計を見ると、午前5時ちょうど。体内時計が正確に働いているようだ。農家になってから、こういう規則正しい生活が板についてきた。


「今日も良い天気だな」


 独り言を呟きながら、布団から抜け出す。築120年の古民家だから、床がギシギシと音を立てるのはいつものこと。でも、この音も含めて、俺はこの家が好きだった。


 窓を開けると、初夏の爽やかな風が部屋に流れ込んでくる。深呼吸。緑の匂い。土の匂い。そして、遠くから聞こえる小鳥たちのさえずり。


 これが、俺の朝だ。


 簡素な部屋を見回す。ベッドと机、本棚。それに、壁際には少しだけポケモンカードのコレクションケース。趣味で集めているカードたちが、朝日を浴びてキラキラと輝いている。


 俺の部屋には余計なものがない。でも、それでいいと思っている。必要なものだけがあればいい。シンプルな生活が、今の俺には合っている。


「さて、顔を洗うか」


 洗面所へ向かう途中、廊下に飾られた家族写真が目に入った。父さん、母さん、兄さん、弟。そして、真ん中に写る高校生の頃の俺。


 木村家の家族写真だ。


 父さんは防衛省の防衛政策局長。母さんは警察庁の警備局長。兄さんはダンジョン省の次長で、弟は警視庁の警部補。全員、超エリート官僚として国を支える仕事をしている。


 そして、俺だけが...農家。


 家族写真の中の俺は、どこか居心地が悪そうに笑っていた。あの頃は、まだ自分の居場所を見つけられていなかった。木村家の実力主義についていけず、高校で不登校になって、家族に迷惑をかけて。


「まあ、過去のことだ」


 写真から目を逸らし、洗面所へ向かう。冷たい水で顔を洗うと、頭がすっきりする。鏡に映る自分の顔を見る。30歳の、どこにでもいる普通の顔。特別イケメンでもないし、特別不細工でもない。ただ、少し優しそうな目をしていると、昔、誰かに言われたことがある。


 髪をざっと整えて、作業着に着替える。青いツナギに、使い込んだ長靴。これが、俺の戦闘服だ。


***


 台所に向かい、朝食の準備を始める。といっても、簡単なものだ。ご飯を炊いて、味噌汁を作って、昨日の残りの焼き魚を温める。一人暮らしだから、手の込んだものは作らない。


 でも、米は自分で作ったものだし、味噌汁の野菜も自分の畑で採れたものだ。そう思うと、質素な朝食でも心が満たされる。


 食卓に座り、手を合わせる。


「いただきます」


 誰に言うでもない言葉。でも、これは俺の習慣だった。食べ物への感謝、作物を育ててくれた大地への感謝、そして、こうして平和な朝を迎えられることへの感謝。


 味噌汁を一口すする。ナスと豆腐の味噌汁。昨日、畑で採れたナスは、甘みがあって美味しい。


「うん、今年のナスは出来がいいな」


 一人で頷きながら、朝食を進める。


 食事をしながら、今日の予定を考える。午前中は畑の水やりと雑草取り。午後はトマトの支柱の補強をして、夕方にはキュウリの収穫。そして、夜は...そうだな、ポケモンカードの新弾が届く予定だから、開封して整理しよう。


 何の変哲もない、いつもの一日。


 でも、俺はこの生活が好きだった。誰かと競争する必要もないし、誰かに評価される必要もない。自分のペースで、自分の好きなことをして生きていける。


 木村家の「落ちこぼれ」と言われても、俺は構わなかった。


 いや、本当は少しだけ、心のどこかで引っかかっているのかもしれない。家族に認められたい気持ちが、完全に消えたわけじゃない。でも、それ以上に、今の生活が俺には大切だった。


「俺は俺らしく生きる。それでいいんだ」


 そう自分に言い聞かせながら、朝食を終える。


 茶碗を洗い、キッチンを片付ける。窓の外では、朝日が少しずつ高くなってきていた。もうすぐ6時だ。畑に行く時間だな。


 長靴を履き、麦わら帽子を被る。玄関の扉に手をかけた、その時。


 ふと、違和感を感じた。


「...ん?」


 何だろう、この感じ。胸の奥がざわざわする。まるで、何かが俺を呼んでいるような...。


 視線を動かすと、納屋の方向に目が向く。


 納屋。古い農機具を置いている、木造の小屋だ。普段はほとんど使わない場所。でも、今日は...何か、変だ。


「気のせいか...?」


 首を傾げながらも、足は自然と納屋の方へ向かっていた。朝露に濡れた草を踏みしめながら、一歩、また一歩。


 近づくにつれて、違和感はどんどん強くなる。


 そして、納屋の前まで来た時。


 俺は、目を疑った。


「え...?」


 納屋の木造の壁の隙間から、淡い光が漏れている。


 青白い、神秘的な光。まるで蛍光塗料のように、静かに、でも確かに輝いている。


「納屋が...光ってる...?」


 心臓が早鐘を打ち始める。これは、何かおかしい。明らかに尋常じゃない。


 一瞬、逃げ出そうかとも思った。でも、好奇心が勝った。それに、これは自分の家だ。何が起きているのか、確かめないわけにはいかない。


 深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。


「大丈夫だ。きっと、何でもない...」


 自分に言い聞かせながら、納屋の扉に手をかける。古びた木の扉は、軋みながらゆっくりと開いた。


***


 扉が完全に開いた瞬間、俺は言葉を失った。


 納屋の中は、いつもと全く違う光景が広がっていた。


 古い農機具、錆びた鍬、使わなくなった肥料袋。そういったものは確かにある。でも、それらの奥に...。


「これは...」


 渦巻く光の壁。


 青白く輝く、幻想的な光の壁が、納屋の奥にそびえ立っていた。まるでオーロラのように揺らめき、見ているだけで吸い込まれそうになる。


 俺は、この光景に見覚えがあった。


 いや、正確には「知識として知っている」光景だった。


「ダンジョン...!?」


 そう、これはダンジョンの入口だ。


 この世界では、30年ほど前から突如として「ダンジョン」が出現するようになった。地下空間や異空間へと続く謎の入口。その中には、モンスターが棲み、貴重な素材が眠っている。


 ダンジョンは、今や人類にとって重要な資源だ。ダンジョンから得られる魔石や素材は、科学技術の発展に欠かせない。だからこそ、「冒険者」という職業が生まれ、彼らがダンジョンを攻略することで経済が回っている。


 でも、まさか...まさか、自分の家の納屋にダンジョンが発生するなんて。


「嘘だろ...」


 足が震える。これは、大変なことだ。ダンジョンが一般家庭に発生するなんて、ほとんど前例がない。政府に報告しなければならない案件だ。


 でも、報告したら...。


 きっと、この静かな生活は終わる。調査員が来て、メディアが殺到して、家族にも連絡が行って。そして、ダンジョンは国の管理下に置かれる。


「それは...困る」


 どうしよう。頭が混乱する。


 とりあえず、落ち着こう。深呼吸だ。


 一度納屋を出て、新鮮な空気を吸う。朝日が眩しい。さっきまでの平和な朝が、もう遠い過去のように感じる。


「落ち着け、蒼太...。これは現実だ。夢じゃない」


 自分に言い聞かせながら、もう一度納屋の中を見る。光の壁は、まだそこにあった。


 恐る恐る、光の壁に近づく。


 すると、光の壁の表面に、文字のようなものが浮かび上がっているのが見えた。


 それは、まるでゲームのステータス画面のように、俺の視界に直接映し出されているようだった。


『ダンジョン名:無限成長型超越ダンジョン(インフィニティ・トランセンデンス)』


『ランク:EX』


『階層数:∞(無限)』


『特性:攻略者の成長に合わせて難易度が自動調整される成長型ダンジョン』


 一つ一つの文字を読むたびに、信じられない気持ちが強くなる。


「EX...ランク...?」


 俺の知識では、ダンジョンのランクはFランクからSSSランクまでだ。Fが最も簡単で、SSSが最も危険。世界に数箇所しか存在しないSSSランクダンジョンは、国際連合レベルで管理されている。


 でも、EXランク。


 そんなランク、聞いたことがない。


 そして、階層数が無限...? 成長型...?


「これは...一体...」


 頭が追いつかない。情報量が多すぎる。


 とりあえず、今日は入らないでおこう。まずは、情報を集めないと。ダンジョンについて、もっと詳しく調べる必要がある。


 それに、装備も何もない状態で入るのは危険すぎる。


「今日は、様子を見るだけにしよう」


 そう決めて、納屋の扉を閉める。でも、閉めても、木の隙間から光が漏れ続けている。


 これは...隠し通せるだろうか。


 いや、隠す必要があるのか?


 混乱する頭を抱えながら、俺は古民家へと戻った。


***


 自室に戻り、パソコンを立ち上げる。


 まずは、ダンジョンについての情報を集めよう。ネットで検索すれば、基本的な情報は手に入るはずだ。


「ダンジョン、ランク、分類...」


 検索窓にキーワードを入力していく。


 次々と表示される情報を読み込む。ダンジョンの歴史、ランク別の危険度、産出される素材の種類と価値、推奨される装備やレベル。


 Fランクダンジョンは、初心者でも安全に探索できる。出現するモンスターはスライムやゴブリンなど、弱い個体ばかり。産出される素材も安価だが、訓練には最適。


 Eランク、Dランクと上がるにつれて、危険度は増していく。


 Cランクからは、ボスモンスターが出現し始める。上級冒険者向けだ。


 Bランク、Aランクになると、国家レベルで管理される。攻略に失敗すれば、死亡率が跳ね上がる。


 Sランク、SSランク、SSSランクは、もはや人類の脅威レベル。トップクラスの冒険者たちが、命を懸けて挑む領域。


「そして、EXランク...」


 検索しても、EXランクの情報は一切出てこない。


 前代未聞。世界初。


 もしかして、俺の納屋に出現したダンジョンは、人類史上初のEXランクダンジョンなのか...?


「これって...すごいことなのか?」


 すごいどころの話じゃない。もし公になったら、世界中が大騒ぎになるだろう。


 でも、同時に思った。


 これは...チャンスでもあるんじゃないか?


 ダンジョン配信というものが、今、大きな産業になっている。冒険者たちが、ダンジョン攻略の様子を配信して、視聴者から投げ銭をもらったり、スポンサーがついたりする。


 人気配信者になれば、億単位の収入を得ることも珍しくない。


「配信、か...」


 俺には縁のない世界だと思っていた。


 人前に出るのは得意じゃない。話すのも上手くない。不登校だった過去もある。


 でも。


 EXランクダンジョンを持っているのは、おそらく世界で俺だけだ。


 この唯一無二の価値を活かせば...もしかしたら。


「いや、でも、俺に配信なんてできるのか...?」


 不安が頭をもたげる。


 失敗したらどうしよう。誰も見てくれなかったら。笑われたら。


 でも、それ以上に。


 何もしないで、この機会を逃すのは、もっと怖い気がした。


「とりあえず、もう少し考えよう」


 パソコンを閉じ、窓の外を見る。


 太陽はすっかり高くなっていた。時計を見ると、もう8時を回っている。


 畑の作業、まだ何もしていない。


「今日は、頭が回らないな...」


 こういう時は、体を動かした方がいい。畑仕事をすれば、少しは気が紛れるだろう。


 作業着のまま、玄関へ向かう。


 でも、玄関を出る前に、もう一度だけ納屋の方を見た。


 相変わらず、隙間から光が漏れている。


「これから、どうなるんだろうな...」


 誰にともなく呟いて、俺は畑へと向かった。


***


 畑に着くと、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 緑の葉っぱたち。土の匂い。そして、自分の手で育てた野菜たちが、太陽の光を浴びて元気に育っている光景。


「ああ、やっぱり畑は落ち着くな」


 トマト、キュウリ、ナス、ピーマン。どれも順調に育っている。


 ジョウロで水をやりながら、一つ一つの株を確認していく。害虫はいないか、病気にかかっていないか、支柱はしっかりしているか。


 この作業をしていると、余計なことを考えずに済む。目の前の植物たちだけに集中できる。


「お前たちは、素直でいいよな」


 トマトの葉に触れながら、呟く。


 植物は、裏切らない。手をかければかけた分だけ、ちゃんと応えてくれる。実力主義とか、競争とか、そういうものとは無縁の世界。


 だから、俺は農業が好きなんだ。


 水やりを終えて、雑草取りを始める。しゃがみ込んで、一本一本、丁寧に抜いていく。


 単調な作業。でも、この単調さが心地いい。


 30分ほど雑草取りをしていた時、鍬が何かに当たった。


「ん...?」


 硬い感触。石か、それとも...。


 土を掘り返してみると、そこにあったのは。


「これ...何だ?」


 淡く光る、青い塊。


 手のひらに乗るくらいの小さな塊が、微かに、でも確かに光を放っていた。


 それは、まるでゼリーのようにプルプルと震えていて...。


「まさか...スライム...?」


 そう、これは間違いなくスライムだ。


 ベビースライム。生まれたばかりの、とても小さなスライムだった。


 でも、様子がおかしい。


 通常、スライムは元気に跳ね回るものだ。でも、この子は...震えているだけで、ほとんど動かない。


「これ...瀕死じゃないか!」


 慌てて、両手で優しく包み込む。


 スライムの体は、冷たかった。本来なら、もっと温かいはずなのに。


 どうして、こんなところに? ダンジョンから出てきたのか? それとも、野生のスライムなのか?


 でも、そんなことを考えている場合じゃない。


 このままでは、この子は死んでしまう。


「大丈夫か...? 今、助けるから」


 スライムに声をかける。


 すると、微かに「ぷる...」という音が聞こえた気がした。


 まだ、生きている。


 俺の胸に、決意が芽生えた。


 この命を、絶対に救う。


 通常、スライムは農作物を荒らす害獣として、見つけ次第駆除される。でも、こんなに小さくて、弱っている命を、俺は見捨てられない。


「よし、家に連れて帰ろう」


 優しく両手で包んだまま、古民家へと走った。


 畑の野菜たちに「ごめん、また後で!」と声をかけて。


 スライムを助ける。それだけを考えて、俺は全力で走った。


 朝、納屋で見た不思議な光。


 そして今、手の中にある小さな命。


 この日が、俺の人生を大きく変える日になるなんて。


 この時の俺は、まだ知らなかった。




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最後まで読んでいただきありがとうございます。


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また、他の作品(・その者、神羅万象の主につき~取り扱いに注意せよ~ ・元天才プログラマー、モンスター育成士になる)も是非読んでみてください。

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