勇者様は抑えられない!〜世界を救う勇者だけどせっかくなので好き勝手生きることにしました〜

ゆずリンゴ

第一章 勇者は抑えられない

冒険の始まり

「勇者よ!ソナタに魔王討伐の使命を与える!」


 頭には宝石の付いた冠、立派な白ひげを携え、それはそれは大きくふかふかとした煌びやかな椅子に座った王様が目の前に立つ質素な服の青年にそんな命を出した。


「ん、いいよ!」


「そうか、やはり駄目か……」


「いや、いいよ!」


「やはりそうか……だが、魔王を討伐した暁には金貨100枚を―――んん?今なんと言った?」


「だからぁーいいって言ってんだろ!このやり取り何回目だよ!」


 質素な青年は王があまりにボケた反応を繰り返すものだから乱暴な口調で言葉を返した。


 すると、ピシリと敷かれた赤いカーペットの両サイドに整列する衛兵らがそれに眉をひそめる。


「オイ貴様!王に向かって無礼だぞ!」


「というかこんな普通の青年が勇者だって?まだ鍛冶屋にいる男の方が強そうだぞ」


 そして衛兵が青年―――あらため勇者に対しそんな煽りを入れた。


「え、バカなの?俺勇者よ?世界に選ばれたゆ、う、しゃ!分かる?」


 勇者も負けじと煽り返す。


「う、うむ、もちろん分かっておる」


「王様!いいのですかこのような態度を許して」


 王のへりくだった態度に衛兵は困惑する。

 なにせ王はこの国一のワガママ、欲望に忠実な欲望キング。下手したてに出るのとは無縁な様な男だから。


「いや、いい。他のものは口を出さないでくれ」


「そうだそうだー!」


 お前が言うのか、という勇者の物言いに衛兵らは内心怒りを覚るが王からの言葉を受けて気持ちを表に出すのを抑える。


「それで、お願いなんだけどさぁ」


「うむ、この銀貨5枚と―――」


「あ、それはいらんすわ!金とか装備とから要らないからさ……それ王冠、貸してよ」


 そう口にすると勇者は王様に頭にある王冠を渡せ、と手を差し出す。


「な、これを平民に渡すなど……」


「え、平民?我勇者なんですが?」


「こちらが引きさがっているからと調子に乗りおって……!」


「こっちは命使ってるわけでね、分かる?貴方の言ったおり心身消費してこれから冒険するの!だから今の内にチャージさせてよ」


「無礼、あまりにも無礼!」


 流石の勇者の態度に王様も頭の血管が浮かんでいるのでは無いか、という顔になってきたが……


「あ、ごめん」


「む?謝るなら許してやらんことも……」

「その椅子にも座りたい」


「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!!!」


「だからーその椅子に座りたいなって」


「んー、死刑!」


 仏(?)の顔も3度まで、勇者はついに死刑宣言をされた。


「えぇい!そこを動くなこの無礼者!」


「先程までに働いた無礼!償ってもらうぞ」


「王の善意を無下にしやがって!」


 王の宣告により我慢をしていた衛兵らもついに勇者を取り囲んだ。


「あー怒っちゃった?そっかぁ……やり過ぎたかなぁ……ごめんね?でもさ、リスクとリターンってあるじゃん」


 こんな状況になってもお気楽な態度を崩さない勇者に槍が向けられる。


「動くな!手を上げろ!」


「いやさぁ、君たちじゃ何回生きても俺の事殺せないよ?こっちはさ……ただ、椅子に座って王冠被りたいだけなの」


「黙れ!所詮神の気まぐれで選ばれただけの存在。貴様の代わりなど探せば他にいるだろう!」


「この場で首を跳ねてしまえ!」


 怒気に溢れる状況下、勇者は笑う。


「そうね、代わりいるのかもね。でも俺がやってあげるから、ね?」


 そう言うと勇者は王冠と椅子を奪いその場から姿を消した。


「なっ!ワシの王冠と椅子がぁぁあ!」


「指名手配!指名手配だ!」


「だが動きが追えなかった……」


「あぁ、勇者ってのだけは本当なのかもな」


「この世界終わったか?」


 勇者の居ない空間には王冠も椅子も無く、ただ困惑だけが取り残された。


 ◇


「んー、やっぱ王冠いいなぁずっと被ってみたかったんだよなぁ」


 城から離れた草原。王冠を被り、椅子に座った勇者でそんなことを言う。


「椅子……いいなぁフカフカだぁ。うん!

 じゃあ椅子と王冠売った金でパーティのメンバー集めよ!」


 椅子に座った時間はわずか1分。

 それでも満足した勇者は立ち上がると次なる目的の為に歩き出す。


 そうして世界を救うための勇者の旅が始まったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る