クラスで一番可愛い女子には関わらない方がいい

うおおおお

クラスで一番可愛い女子には関わらない方がいい

 クラスで一番冴えない俺は、ある日突然校舎裏で、クラスで一番可愛い女子に告白された。その瞬間、人生の運を使い果たしたと思った(まさか一時的にその通りの意味になるとは、この時の俺は知る由もなかったのだが)。

 罰ゲームの可能性も過ぎったが、それでも構わないと俺は二つ返事でokした。彼女は可愛い上に胸も大きい。冴えない俺はつい早速胸を揉むことを想像して嬉しくなってしまう。

 と、彼女がじっとこちらを見つめていた。恐らく胸ばかり見ていることが気付かれたのだろう。そうだ、下心は気付かれるのだ。慌てて視線をキョロキョロさせていると──彼女が近付いてきた。


「胸、触りたい?」


「え?」


 戸惑っている間に、首を下に向けさせられ、顔面にむぎゅっと胸を押し付けられる。こいつ、清楚ビッチだったのか?って、そんなことは百も承知だ。今はただただ幸福だ。この胸に埋まれさえすればいいのだ。


「ふふ、そろそろ終わりでいい?」


「いや、あともうちょっと……」


「も〜だめだってば。って、あれ?首戻んなくなっちゃった」


 面白い冗談を言うなぁ、面白い女だ、と胸の中でフッと笑みを浮かべた。だが次の瞬間、頭を掴んでガクガク揺らされる。


「え、ほんとに戻んない。大丈夫かなこれ?それとも元からこんなんだった?」


「いや、ちょっ……」


 脳が揺れてしんどい。戯れは程々にしてくれ。呆れて彼女から離れた。首が横を向き、窓ガラスに映った自分の姿が見える。……ん?確かにやけに首が長いような。それも蛇みたいにうねって、


「あはは、なんかモブくん、ろくろ首みたいでかっこいいね!」


 ……は?


◇◇◇


 ろくろ首の生活は言わずもがな不便だ。慣れないうちは頭が安定しないし、周囲からキモいと思われるし、何より狙いが定まらなくて胸が揉めない。キスすらできない。そういうわけで俺は不登校の引きこもりになった。


「モブくん大丈夫?私は何も気にしてないよ」


 彼女はお見舞いに来てくれた(ちなみにモブくんというのは名前を隠す為の伏せ字とかじゃなくほんとにそう呼ばれている)。今の俺を気に掛けてくれるのは世界で彼女くらいだろうから、家に上げることにした。


「あ、ごめんこの後塾があって。プリン置いとくからお大事にね」


 まるで病人扱いだ。悔しかったので、どうにか首を固定させてプリンくらいは上手く平らげてみせた(高めのプリンだったので柔らかすぎて溢しそうになって難易度が高かったが)。

 一人は暇だ。引きこもりのやることと言ったら、ゲーム、ネットサーフィン、睡眠、ゲーム……そしてろくろ首としてやれることと言えば、人を怖がらせることくらいだ。だがそれは妖怪のろくろ首だから見逃されるのであって、人間のろくろ首がやったら即逮捕で──いや待てよ?人間のろくろ首なんているはずもないんだから、妖怪のふりをすればいけるのでは?人通りがなくてよく姿が見えない夜なら、100%妖怪だと思ってもらえるだろう。

 俺は自分の天命に対して開き直ったつもりで、堂々と妖怪の世界に参入した。夜道で電柱の影に隠れ、人が来るのをじっと待つ。怖がる顔を見るのが楽しみだ。妖怪は皆こんなわくわくを覚えているのだろうと共感する(恨めしや系はそれとは別の復讐心だろうけど)。

 人がやって来た。男女二人組だ。リア充か、やり甲斐があるな。ニヤリと笑って、意気揚々と飛び出した。

 のと、電柱の光が二人の顔を照らしたのが同時だった。


「え、モブくん!?」


 彼女が叫んだせいで、隣のイケメンの男は怖がる間もなく「モブくんって誰?」と呟く。は、なんで?ふざけんなよ。


「違うのこれは……塾が一緒ってだけで!」


「俺塾中退してるよ」


「そうなんだけど、志望校が一緒で!」


「塾中退した人間は高校も当然中退済みだよ」


 うう、と彼女が狼狽える。馬鹿二人が。まとめて始末してくれる。丁度良い、この首で巻き付いて絞め殺そう。そしたらその後死体は川にでも──

 だが、そこまで考えて固まった。指紋とか防犯カメラで色々バレて結局逮捕されそうだと思ったから。やはり妖怪にはなりきれなかったようだ。何もかも嫌になって涙が零れ落ちた。


「大丈夫?」


 と、目の前にハンカチが差し出された。見ると彼氏の方で、心配そうな顔をしていた。苛ついて払い落としたくなったが、純粋そうな目からして、きっとこいつは何も知らなかったのだろう。告白された直後に胸を揉みたがるなんてことはないんだろうし、バレないように下心を出せるんだろうし、それ故に相手を気遣う心を持っているのだろう。


「なぁ、なんで中退したん?」


 ヤケクソで聞くと、彼はへらりと笑った。


「いじめがキツかったんよね」


 俺はそれ以上何も言えなくなった。


◇◇◇


 結局クソ女はそいつとも別れたらしい。別室登校の帰り、下駄箱のところでクソみたいな連中と陰口を叩いてるのを見かけた。


「マジ期待外れだったわーw」


「草w」


 俺はお前に人生のレールを外されたけどな。わざとその前を堂々と通ってやった。嘲笑う声が聞こえたが、それらは妖怪よりも醜いと思った。

 と言っても、伸びた首は女のせいにはできなかった。医者によると、俺はどうやら元々そういう性質で、初めて異性から求められる等の激しい興奮を覚えると、鼻が伸びる代わりに首が伸びるらしい。どのみち恋人の前でそうなっていたとすると、初めてがあのクソ女の前でよかったとも言えるが。

 それともう一つまだよかった点は、彼女は俺がろくろ首だということを周囲にバラしてはいなかった。ろくろ首と一瞬でも付き合ったことが汚点だと思ったからだろうか。じゃあ何で一回告白したのか、揶揄いにしては高めのプリン代も無駄では?と謎が残ったが、気にするだけ無駄だったと忘れることにした。

 そのうちコツを掴んで首を引っ込ませることに成功した。薬を飲んで規則正しい生活を送っていれば症状は落ち着くと言われて心底安堵し、外にも次第に出れるようになった。だが所謂パニック障害の発作のように、いつまた首が飛び出るかと気が気ではなく、なかなか気持ちが落ち着くことはなかった。

 そんな状態の中、唯一の理解者は例の元彼のユウキだった。そいつのフレンドリーさにより、ゲームのボイスチャットで普通にやり取りするようになっていた。穴兄弟っぽくね、とか内心嫌な気持ちはまだ晴れなかったが、彼はそんなことを気にする素振りもなかった。


「映画館行かね?この映画超面白いらしいよ」


「いやいいよ」


「暗い中なら分からないっしょ」


「でも万が一のことがあるし。館内中パニックになったら責任取れないだろ」


「じゃパニック映画ならどう?」


「何だそれ」


 押し切られて映画を観に行った。驚かすシーンはいくつもあったが、首は大丈夫だった。


「やったじゃん」


 親指を立てられて、「おう」と返す。改めて、人間のままでいて良かったと思った。


◇◇◇


 一ヶ月後、クソ女から校舎裏に呼び出されたと思ったらまた告白された。ガチで意味が分からない。


「ろくろ首、治って良かったね」


「まぁうん、治ってはないけど」


「私のせいでろくろ首になっちゃったのかと思ったらその重圧に耐えられなくて、つい他の人の方に行こうとしちゃったんだ。本当にごめんなさい」


 深く頭を下げられる。わざとらしい。


「でも安心して、誓って胸は触らせてないから。私が触ってほしいのはモブくんだけで……」


「じゃあまずその呼び方やめろよ」


 苛ついた声を出すと、彼女は首を傾げた。


「なら、ろくろくん?」


「巻き付いて絞めるぞ」


 本気で言っているのだが、彼女は可笑しそうに腹を抱える。


「あはは、怖すぎ。でもそれじゃ君の首まで苦しくならない?」


「……確かに」


「だよね、ごめん。これからはちゃんと名前で呼ぶから」


 そう言って彼女はゆらりと近付くと、耳元で囁いた。


「茂部くん、好き。お願い、もう一回付き合って」


 いや誰だよ。モブを漢字にしただけじゃねぇかよ。どうせならちゃんと呼べや、俺の名前は……あれ、何だっけ。なぜか全く思い出せない。冷や汗が出る。

 彼女がにこりと笑って頬に手を添えてくる。やけに冷たい。そういえば興奮で見てみぬふりをしていたが、あの時の胸もありえんほど冷たかったような。まさか、こいつが名前を奪ったのか?睨むと、『これで理解った?』と言わんばかりに目を細める。


「ねぇ、茂部くん。私も妖怪だって言ったら、どうする?」


 ど、どうするって言われても……

 いや、俺は妖怪じゃねぇわ。


 終

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