宝石オタク、異世界で宝石の男子たちに囲まれる。

シプリン

第1話

「疲れた……」


 宝石や鉱物などの展示即売会から帰宅した私は、これでもかと疲弊していた。

 イベントと称されるものは総じて人の海である。自分は会話が苦手なコミュ障陰キャで、会計の言葉を交わすことすら試練に感じる人間だ。たとえ趣味で好きな物のイベントであっても、そこは越えられない次元。運動嫌いで体力もないから、人の多い場所へ出向いた後はいつもこんな風に疲れ果てている。


 しかし今日は、そんな私を有頂天にしてくれる存在があった。

 そう、イベントでの戦利品、宝石のルース三点である。


「んふふ。いらっしゃい、皆。はあ~…イオくんもロサくんもチタくんも、本っ当に綺麗…」


 因みに宝石たちの本来の名前は、アイオライトとロードクロサイトとチタナイト。

 私は宝石に名前を付けるタイプのオタクだった。名付けセンスがないのは認める。


 どれも一目惚れしたルース。因みにルースとはアクセサリー等に加工される前の、磨かれた宝石そのもの(裸石)のことだ。この状態なら、宝石を四方八方から存分に眺め回すことができる。

 この頃イベントに行けていなかったこともあり、かなり奮発してしまったのだが後悔はない。

 そうして一人でニヤニヤしながら、改めてルースに指先を触れた瞬間。


「えっ」


 宝石たちから光が弾け、世界が反転した。





「何これ…」


 視界に映る空が青い。いや、空は青いものだろう。違う、そうじゃない。

 私は今、自分の部屋に居たはずだ。宝石イベントから帰ってきて、購入した宝石を眺めていたのである。室内で。

 そして現在、何故か屋外にいる。空が青い。見慣れた景色が、ない。


「…異世界転移かな?」


 なんてな、と脳内で突っ込みを入れつつ、じっとしたままキョロキョロと目を動かす。

 すると、ふわりと三つの影が私の前に現れた。


「ようこそ、色斗しきと


 そして影の一つが話しかけてくる。あ、色斗しきとは私の名前です。ついでに女です。で、何故か私の名前を知っているその影はと言うと。

 キラキラした金髪の短い髪と琥珀色の瞳を持つ、王子様のような雰囲気のイケメン青年だった。ただし、そこはかとなく威圧感がある。にこやかな割に怖い。でも何となく、さっきまで眺めていたチタナイトに似ているような気がした。


「俺はチタナイト。君が持っていた輝かしい黄金の宝石が、こうして形を得たという訳だ」

「は、はあ…」


 頭を過ぎった感覚をあっさり肯定され、私は間抜けな声が出た。

 いや、チタナイトっぽいとは思ったけれども。私のチタくんは宝石のルースであって、貴方みたいなキラキライケメンの人間じゃないんだが。そういえば私のルース何処にいった?


「ここは宝石を中心に成り立つ世界『レインボートラウト』。レインボートラウトでは宝石が強く共鳴すると、『リトスアーム』として人の姿を得る。これは本来、国宝級の宝石や王族の守護石にしか起こらない現象なんだが……」


 ちょっと待て、ここマジで異世界なのか。というか、貴方ホントに私のチタくんなんですか。何が起こってるんだ、一体。


「色斗様の宝石に対する深い愛情が、僕たちと高純度の共鳴を起こしたんだよ!」

「えぇ…」


 続いて喋り出した影は、薄い茶色のサラサラな短い髪と、やや紫がかった青色の瞳を持つ青年。綺麗な顔立ちなのに、何やら恍惚としていて勿体ないことになっている。そもそも何故、私の前に跪くんだ。怖い。しかしこの彼もまた、アイオライトのルースに似ているなと思った。


「僕はアイオライト。貴方に名を呼ばれ、撫でられ、愛でられ……。僕たち三人は色斗様の強烈な愛で満たされた結果、こうして主従契約の形が現れたんです…!」

「契約…」


 つまり、詐欺ってことかな?

 身に覚えのない契約と言えば、詐欺一択である。途端に現実に引き戻され、私は眉をひそめた。こんなにも金の匂いのしない陰キャに、これほど大がかりな手段で詐欺を働こうとするとは。愚の骨頂すぎる。


「色斗さん、何だか勘違いしてるみたいですけど、とりあえず怖がらなくても大丈夫ですよ」


 驚きが引っ込んでスン…となった私に、優しく声をかけてきたのは最後の影だ。

 ピンク色のふんわりした短い髪、落ち着いた赤色の瞳。天使のような微笑みを浮かべる青年は、他の二人より背が低くて少年のようにも見える。うん、君は確定だ。癒しのロードクロサイトことロサくんだろう、知ってる。


「私はロードクロサイトです。私たちは貴方に害を成すことはありません。必ず貴方のお力になりますから、お傍に置いて貰えると嬉しいです」

「え、そ、それは……助かりますけど…」


 やっぱり詐欺ではなく、私は異世界転移をした模様。心細いところに、頼れそうな存在がいてくれるのは有難いけれども。本当にどうして、こんなことになっているのか。あれこれ尋ねたいものの、『人』を前に言葉が上手く出てこない自分に泣ける。


「色斗、まずは街へ向かおう」


 そうこうしているうちにチタナイトのチタくんに促され、私は三人の宝石―リトスアーム―との旅を始めることになったのだった。





 案内されて辿り着いた街は、宝石が散りばめられた建物が並ぶ場所。

 美しい宝石が光を反射して、キラキラと輝いている。


 しかし、素敵だなあ…と感動しているところに、ざわめく街の人々の声が聞こえてきた。


「凄い、リトスアームをあんなに連れてる…!」

「あれはまさしく『ニジマス』様よ! 素敵ねえ…」


「虹鱒…?」


 異世界でもニジマスって釣れるのか。何か凄くレアっぽい雰囲気だけど、美味しいニジマス食べたいなあ。

 そんなことを考えていたら、私の呟きを拾ったチタくんが説明を始める。


「この世界では宝石との共鳴に長け、リトスアームと契約できる者を『虹色マスター』と呼ぶんだ。ニジマスはその略称だな」

「あっ、そうなんですね。…割と珍しいんですか?」


 四方から感じる視線は気のせいだと思い込もうとしていたが、やはり注目されていたようだ。気にしてしまうと、途端に居心地が悪くなって帰りたくなる。

 …帰れるのだろうか、元の世界に。


 そこへ今度はアイオライトのイオくんが、勢いよく私の手を両手で握り込んだ。


「滅多にいない極めて稀な存在だよ! 僕は色斗様のしもべになれて幸せです!」

「し、しもべ……」


 ではないと思うんだが、それなら何かと聞かれても困るので言葉が続けられない。コミュ障の語彙力は常に底辺である。


「まあまあ、色斗さんが困ってますから。でも本当に、リトスアームを三体同時に目覚めさせるなんて前代未聞なんですよ。皆さんから敬意を向けられるのも当然です」


 見かねたロードクロサイトのロサくんが、イオくんを引きはがしてくれて安堵したのも束の間。身分不相応も甚だしい評価をされているのを理解して、眩暈がする。

 まさかこれ、この世界に居る間ずっと続くのか。注目を集めるなんて何よりも避けたい陰キャだと言うのに。


「勘弁してくれ…」


 私の小声すぎる叫びは、流石に誰の耳にも届かなかった。


「ところで、色斗」


 チタくんが街のとある建物を指差す。


「レインボートラウトで生活するには、まず宝採ほうさいギルドに登録するのが最も安全だ。君は宝石に詳しいから、簡単な依頼からでも生活資金を得られるだろう」


 その提案に、ロサくんも頷く。


「依頼は危険なものもありますが、植物に生っている宝石の実を採るだけとか、初心者向けのものも沢山あります。少しずつ慣れていけば大丈夫ですよ」

「……はい。や…って、みます」


 安心させるようににっこりと微笑むロサくんは、間違いなく天使だ。不安すぎて顔が強張る私でも、何とか肯定の返事ができたくらいである。


「色斗様、僕に何でも命令してくれて良いからね。楽しみだなあ…」


 イオくんは相変わらずだった。夢見るオタクのように、何故か私をうっとりと見つめる。もしかしてドМなんだろうか、彼は。何となく我儘で自分勝手な部分を見透かされているような気がして、居たたまれない。

 そんなやり取りをしつつ、私たちは宝採ギルドに向かった。


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