ラブコメチック・テスト
藤原くう
ラブコメチック・テスト
強いAIはチューできる。
そんなことを考えた偉い人がいた。俺の上司である。
一般人の家に突撃してコーヒーを淹れるのも、推しかけ女房するのも一緒だろってことで考えられたこのテストは、ほかに有力な方法もなく今も続けられている。
ラブコメチック・テスト。
巷ではそう言われている審査方法で、俺はAIをテストしている。
○月×日、~~駅の銅像の前に午前9時に。
審査対象のAIから送られてきたメッセージは、簡素なものだった。
おぢさんと会うの楽しみダナ、とか、五兆円あげます、とか書いてあるよりはずっと好感が持てた。
久しぶりにまともなやつが来たかも。
ウキウキしながら寝れない夜を過ごし、翌日。
俺は予定時刻の30分前に、待ち合わせ場所へ向かうことにした。
そこで、今日やってくるAIにどのような試練を課そうかと考えるんだ。
だが、そこにはすでに人がいた。
セーラー服でもなければ、チャイナ服でもメイド服でもでもない。警官の格好でもないし、ましてやネコミミビキニでもなかった。
ボーダーのシャツにグレーのパーカー、ダボッとしてるデニムのパンツ、それから白スニーカー。背は俺の上司くらいちんまりとしていてカワイイ。
THE普通。
こんな格好を基準にしたプログラマーをとっちめたいくらい、よかった。
そんな彼女は、そわそわしているかのように左手に巻いた腕時計を何度も何度も確認している。
それを遠巻きに観察している俺は、きっと子バカの父親かさもなければストーカーに思われてしまいそうなので、とっとと向かうことにする。
「あっ佐藤さん」
俺の顔を見るなり、AIの顔がサッと花開く。そんな反応も自然で、心がひゅんと舞い上がる。
ちなみに佐藤というのは仮の名前。下手に本名を明かせば、わいろを仕掛けてくるAIもいるからだ。
「待った?」
「いえ、ぜんぜん。今来たところですから」
そっか、と返す。
定型文によるコミュニケーションは問題ないらしい。
じゃあ、これならどうだ。
「それで、どこ行く?」
「えっと……着くまでのお楽しみ、です」
気恥ずかしそうに頬を赤らめるAIを見ていると、頭の中に同僚の末路がいくつも浮かんでくる。
地元のヤンキー型AIにボコボコにされた同僚A。
擬態型ヤンデレAIにホテルに連れ込まれ監禁された同僚B。
いつの間にかAIを義妹にしていた同僚Z……。
うちの仕事はAIの運命を左右するから、結構重大。相手も死ぬ気でやって来るし、そのせいで俺たちも死ぬ気でやらなくちゃならない。
「そう言わずに教えてくれよ。ちょっとだけでも」
「楽しいところ、です」
それは誰にとって楽しいところなんだろうか。
そう聞きたいところだったが、いざAIを前にすると、喉までやってきた疑問が尻尾を巻いて逃げて行く。
恐るべし、AI……!
AIには名前が設定されている。多いのはハルとかイヴとかミクだ。
この子は、田中ミサキと言った。これまたありふれた名前で、生みの親とはいい酒が飲めるに違いない。
だが、名前で呼ぶことはほとんどしない。情が移るのを避けるためだ。
相手がいかに可憐でこちらに好意を向けてきていても、ほだされてはならない。
それが俺たち審査官の至上命令である。
とはいえ……。
隣を歩くAIをちらりと見る。
黒い髪を揺らしながら歩く彼女はかなり魅力的だ。さらさらと髪がこすれて音を立てるたびに、サクラのようなかぐわしい香りが漂ってくる。
控えめなメイクに彩られた瞳は、ちらりちらりとこちらを向いては去っていく。
カワイイと怪獣みたいな雄たけびを上げそうになって、グッと飲みこむ。
それはそうと、AIはどこに向かっているのか。どうやら、人気の少ない工業地帯でもネオンで毒された歓楽街でもない。
そこはアミューズメントパーク。ゲーセンとかボウリング場とかが併設されてるあれだ。
ふむ。
「ここが目的地?」
「はいっ」
ちょこんとAIが頷く。
なんてかわいいんだッ。
ありふれてる場所なのに、それを隠そうとするいじらしさ。頬を赤らめてるところもポイント高い。
まさしく人間みたいじゃないか。
きびきびと歩くAIを横目に、建物の中へと入っていく。
AIはゲーセンにもボウリングにも、室内ゴーカートにも目もくれない。カラオケだって無視。
エスカレーターを乗り継いでたどりついたのは、屋上。
そこにはバッティングセンターがあった。
ちんまりとしたこのAIはバッティングが得意そうには見えないけど……。
もしかして、バットを振って汗を流そうってことか。まさか、俺の上司じゃあるまいし。きっと、俺に花を持たせようとしているのだろう。
ふふん、いいだろういいだろう。この高校では4番を務めた俺に任せなさいな。
緑のネットに仕切られた無数のバッターボックスの中へ、AIは入っていく。まずは、AIが打つらしい。
お手並み拝見……。
そんなスカウトみたいなことを思いながら外にいたら、AIがそっとバットを手渡してきた。
「どうぞ」
「え、俺? ミサキちゃんはどうすんの」
「わたしにはこれがありますから」
どこからともなく取り出したるは、キャッチャーミット。
それでどうするつもりなのかと思っていれば、薄っぺらいホームベースの上に陣取って。
「さあどうぞ」
「?」
頭の中に疑問符が飛び交った。
どうぞって言われてもなにがどうぞなのかよくわからない。わからないままにバッターボックスに立ってみる。
AIが近くにあった装置にカードを挿入すると、前方のモニターにピッチャーの映像が浮かびあがる。
そのメジャーリーグで活躍している選手が、振りかぶって――投げた。
剛速球がやって来る。
そのストレートをあえなく空振りした直後、パァンと気持ちの良い音が上がる。
キャッチャーミットにボールが収まった音。
「ストラァァァァァイクッ」
AIが腹の底に響くような声を上げた。
……なにこれ。
俺は一体、何をやらされているんだろう。いや、わかってる。バッセンで女友達にいいところを見せようとしてるんだ。
だけど、ひとたび後ろを見てしまうと、現実に戻ってしまう。
キャッチャーミットを構えたデート相手なんてはじめてだよ……。
これはどう審査すればいいんだろうか。
こういう時は、入社したときに頭の中に突っ込んだ過去の事例を思い出してみよう。
別に、野球をしてこようとするAIがいなかったわけじゃない。昔は一つのことに特化したAI――弱いAIって言ったりもする――がほとんどだったから、テストを突破するために、小細工を仕掛けてくる。
記録によれば、23人のAIが同時にテストを受け、野球をしようとしたらしい。途中まではよかったけど、元プロ野球選手の審査官にホームランを打たれたことによってあえなく落選した。
これもその類なのか……?
スポポンとノビのある直球を見送るたび、キャッチャーミットが揺れた。
「楽しかったですね」
30球すべてを受け止めたAIは、痛がる様子もなくにこやかに言った。
そうだな、という俺の言葉はかなり空虚だったに違いない。
10打席連続で見送り三振を喫しながら、考えていたけれども、なるほどさっぱりわからん。
少なくとも受け答えには問題はない。汗で輝く顔はかわいらしいし、過剰に俺の気をひこうとしている感じでもない。
キュンとしようとする心を、キャッチャーと化したAIが邪魔をしてくる。
ノイズだ……あれさえなければ、太鼓判を押したいのに。
「佐藤さんはどこか行きたいところはあります?」
「行きたいところ……」
考えて、がばっとAIの方を向きなおる。AIが、ぴょんと飛びあがって驚いてたけれど、まったく気にならなかった。
デートは始まったばかり。当然、テストだって。
情報を集めなければ。そういうのにうってつけなのは――。
「じゃ、カラオケに行こう」
カラオケなら、強いAIか弱いAIかがたちどころにわかると言っていい。好きな食べ物嫌いな食べ物だってわかるし、何より相手を思いやる気持ちというのが問われるからだ。
自分の歌ばっかり入れてないか。あるいは、相手が歌ってるときに手拍子とかしてるか……。
面倒くさい、と思うかもだが、人間ならある程度は無意識にやってること。
人間と同じ考え方をする強いAIなら、まず間違いなく同じことができるんだ。
「う、歌うの苦手なんですけど」
俺の言葉にAIがもじもじする。
意外だった。まさか自分から弱点だというだなんて。
そういう策略なのだろうか……いやそれすらも策略だったりして。
「でも、頑張りますねっ」
白い手を握りしめてそう言ったAI。
こんな健気なところを見てると、テストを合格させてあげたいんだけどな。心苦しいけれど、心を鬼にしなくては。
ちょこん。
AIの手がそっと触れてくる。
それだけのことなのに、鬼のようになったばかりの心は、仏のようになってしまうのだった。
カラオケボックスの中は、俺とAIのほかには誰もいない。外の音もほとんど聞こえず、ありていに言ってしまえば密室の中に女の子と一緒にいるということになる。
仕事じゃなければ危なかった……。
だけど、別の意味で危険だ。
危険なのは俺の命。
ライオンといっしょの
女の子とキャッキャウフフできると思っていた時代がありましたよええ。
今のところ、本日のAIさんは爪を隠している。別の狂気が見え隠れしていて、判断に困ってるんだけど。
とにかく。
マイクを手にする。もう片方の手にはタンバリン。
これで準備は万端。
「俺から歌っていいか」
AIがコクリと頷く。
機器を操作して、歌を入力する。
面白味もへったくれもない流行している歌なので、描写はカットさせていただく。85点の可もなく不可もないスコアだ。
友達と遊んでるならつまらないけど、これはテスト。むしろつまらない点のときにどう反応するかでどの程度なのか知れるというもの。
さあ、お前の反応を見せてみろ――。
AIはパチパチと拍手した。
「お上手ですね」
サンキューと言いながら俺は着席。
なんというか、普通だ。先ほどバッティングセンターでキャッチャーをしていたやつとは思えないくらい普通な反応だった。
そりゃあ、セクシーなダンスを踊られるよりかはマシだし、ダメだしされるよりかはずっといい。
流れ始めたのはファンファーレ。
画面を見れば、競馬の中継がはじまっていた。
「なんでっ!?」
「いやーわたし、お馬さん見るの好きなんですよねえ」
「ここじゃなくてもいいよね? 自宅でもいいし、なんなら競馬場までそれほど遠くないだろっ」
「二人きりで見るのが楽しいんじゃないですか」
ね、とAIが俺の隣に座りなおしてくるけれど、ムードもへったくれもない。
実況の声、やかましいしね。
なにより、この胸の中に湧きあがってきているトキメキは、馬券を握りしめているときに感じるやつとほとんど同じなんだが。
昼頃まで競馬中継を見つめていたけれど、そろそろ我慢の限界だった。
「……こんなの見てられるかっ。ご飯行くぞご飯」
ホントなら、カラオケで昼食も取るつもりだったけれども、そんな気分じゃなかった。
マジでなんなんだ、このAI。
キャッチャーはやるわ、3連単は的中させるわ……。
頭がおかしいんじゃないかって思うんだけど、一報ではそうじゃない気もする。
そうやってああでもないこうでもないと考えていれば、
目の前に、AIの顔があってビックリした。
「顔色が悪いみたいですけど……」
「大丈夫。ちょっと万馬券に目がくらんだだけ」
「ですよねっ。まさか百万円が当たっちゃうだなんてホント、ビックリ。思わずマイクを握りつぶすかと思っちゃいました」
「器物損壊になるからやめてね」
AIのからだは機械で構成されている。その上からもち肌の人工皮膚で覆っているとはいえ、コンクリートにヒビを入れるくらいわけもない。
と同時に、食事をすることも可能。排泄もしないっていうんだから、アンドロイドの進歩が怖くなってくる。
こじゃれたカフェにでも行こうか、それとも……。
首を傾げているAIを俺は見る。
ちょっとかわいそうだけど、あそこへ行ってみるか。
きっと有益な情報が得られるかもしれない。おおよその人間が食べたことのないものを提供するあの店なら――。
その店は、ダンジョンめいた路地裏の果てにあった。
建物のかげに覆われた狭い道はひんやりしていて、ビールケースの向こうにツチノコでも隠れてそうな雰囲気がある。
「こ、怖いですね」
ぎゅっと、AIが抱きついてくる。腕に押し当てられたやわらかな物体、ふにふに――はっ。
頭がどうにかなりそうだった。
胸の感触、キャッチャー、競馬。
情緒のチャートが乱高下してる。風邪をひくどころの騒ぎじゃない。
「警察も飲みに来てるから大丈夫だろ」
口から飛び出た言葉は、ふわっふわ。言うまでもなくAIのせいだ。
アルコールを入れてないのに千鳥足になりながら先へ進めば、薄汚い店が見えてくる。
昔ながら赤い
「うわあ」
歓声とも悲鳴ともつかない声をAIが発する。はじめて来たときの俺みたいだ。あの時は、初仕事の後で上司に引っ張られてきたんだっけ。
降ってきた懐かしさにしばらく浸り、それから油っぽいドアを開ける。
途端に、もわんと重苦しい匂いが出迎えた。
なんとも形容しがたい匂いだ。豚骨にエクトプラズマとダークマターをぶちまけて、それらを宇宙のはじまりから終わりまでコトコト煮込んだような複雑極まりないもの。
ほとんど悪臭に近い。はじめて嗅いだものはみな、顔をしかめる。
隣のAIはいつもどおりの顔をしていた。ただ、数回瞬きをしたばかり。
これすらも、コイツを驚かせるには値しないってことかよ……っ。
俺はAIをカウンター席まで引っ張っていく。
ドスンと座って、
「大将、生一つ」
ちらりと大将がこちらを見る。
その目と、手にした出刃包丁とがギラリと光る。
「今日のおすすめでいいかい」
コクリと頷けば、殺人的な目線が隣のAIを向く。
彼女のからだがビクンと震える。さしものAIもどうやら怖いらしい。
そわそわキョロキョロして。
「そ、その言葉、夢だったんです!」
喜びの声が、ギトギトの店内に響きわたる。うす暗い奥の方でちびちび飲んでいた客の視線がやって来る。まるで、太陽に焼かれたイカロスのような視線。
あの強面の大将でさえも驚いたように口を開けていた。
もちろん俺も。
「一度は言ってみたいですよね。『あなたのはレビオサー』の次くらいには」
「いや、それ言えるの魔法使いくらいだろ……」
というか、どんな状況なんだ、それ。
そんなことを俺が思っている間に、AIは「今日のおすすめ一つ」と元気に言って、着席。
大将はしきりに首を傾げながら、向こうへと消えていく。
「ホントにいいのか? おすすめって……しかも生だぞ」
「もちろんです。私は寿司もいける口ですから」
「そりゃあすごい」
食べ物をエネルギーに変えられるアンドロイドとはいえ、その能力には差がある。基本的には植物性のものを好むのがアンドロイドだ。
タンパク質性のもの、特に加熱されていない寿司なんかを食べられるのはほとんどいない。
ようするに、目の前のAIは超すごい体を持ってるってわけだ。
だがな。
「出てくるのは寿司じゃないぞ」
「じゃあ、肉?」
「食品衛生法違反だ!」
「わかった宇宙人!」
「宇宙法違反で禁固千年な」
しかし、宇宙人というのは近い。
カウンターの向こうでは、大将が包丁で食材を切っている。
ザクザクガキンガキン。
まもなく、大将がお皿を二つ手にしてやってきた。
とんと置かれた平皿にいるのは、大きなサソリ。
そう、雷雷亭は昆虫やらジビエやらを出す店だ。
どうだ、このゲテモノは。どれだけエキセントリックな思考ルーチンをしていても、初デートでこんなところへ連れてこられるだなんて想定してないだろう。
そう考えると、俺ってどうなんだ……?
ちょっぴり不安になりつつも俺は、AIの顔を覗きこむ。
不安も怒りも嫌悪感もそこにはなかった。
晴れ。
青空のような感情がそこにはあった。
「いただきます」
両手をパチンと合わせ、AIが言う。
右手にナイフを、左手にはフォークを。
その手が動いたかと思えば、瞬く間にサソリが切り刻まれていく。かと思えばあっという間にその姿が小さくなっていって。
パチン。
「ごっちゃんさまでした」
「いや早すぎだろっ」
「あ、すみません。すっごくおいしかったです」
ニコッと笑う姿が、矢のように心臓に突き刺さる。
うめくことさえもできなくて、赤くなった顔を俯かせることしかできない。
店内が異様な静けさに包まれる。誰しもがキューピットに射られてしまったのかもしれなかった。
「ど、どうかしました?」
「な、何でも」
余計なことを口走ってしまう前に、俺はサソリを口の中へと突っ込む。
土でも食べているみたいに、味はまったくしなかった。
さて。
昼ご飯(ゲテモノ)を食べ、それから街へと繰り出したはいいものの……。
隣を歩くAIのことがよくわからなくなってきた。
少なくとも、俺が受け持ってきたどの受験者よりも、すぐれたAIを持っているのは間違いない。
人間らしく考え、人間らしく行動している。
隣を歩いているだけだというのに、浮ついているのが何よりの証拠だ。
だが、しかしだ。
同時におかしいとも思う。ありふれたヒトがバッティングセンターでキャッチャーなんかするか? デートで競馬中継を――しかもカラオケボックスで――聞き、サソリにビビることなく、平然と食べるだなんて。
どうかしてるんじゃないか。
そう思えばこそ、優のハンコを押すのをためらってしまう。
「? どうかしました?」
「……なんでもない」
ほら、ちょっぴり寂しげに小首を傾げるところなんか、人間じゃないか。
ううむ。ぬいぐるみがあったらギュッと抱きしめ、この行き場のない感情をこぶしを振り上げぶちまけていたかも。
時刻は午後二時になろうとしていた。
テストが完了するのは、午後三時と定められている。
あと1時間。
AIを見れば、こぶしをぎゅっと握りしめている。その視線は、地面を睨んでいた。
と、彼女がこっちを向いた。
「行きたい場所があるの」
その目はまっすぐ俺のことを見ていて、断れるような雰囲気ではなかった。
ゆっくり頷けば、AIの手がそっと伸びてきて、俺の手をぎゅっと握った。
手をつなぐ。テストの序盤ではなくて、関係性の見えてきたこのタイミングで。
やるな、プログラマー。……などと考えてしまうのは現実逃避に他ならない。
心臓がどきどきして止められない。
俺はAIに引っ張られるようにして歩く。
手が汗でねちょねちょしてないだろうかと不安に思いながら、歩くこと少し。
AIがやってきたのは公園だった。
普通の公園だ。平日の15時前ということもあってか、うつむいているサラリーマンも学校帰りの小学生の姿もない。
公園の真ん中に引っ張ってきたAIが俺のことを見上げてくる。
じいっと、穴が開くくらいに。
な、なんだ。さっき食べたサソリでも顔についてるんだろうか。
顔をペタリぺたりと触ってみるけれど、何もなかった。
「こんなところで何をするんだ? 童心に返ってブランコ?」
AIが首を振った。
じゃあなんだ。こんなちっぽけな公園でできることなんて、そんなにはないだろう。
考えていれば。
AIが抱きついてくる。
好き。
その瞬間、俺の意識は体からロケットのように打ちあがり、宇宙へと飛び出した。
そんな気がしただけで、本当のところはちょっとの間、意識を失ってただけだと思う。
腰のあたりに腕が巻き付いているのがはっきりわかる。
マジで抱きつかれてるらしい。俺の妄想でも幻覚でもなく。
プログラムなのか。
テストに合格するための?
ここで受け入れ、キスをすれば、晴れてテストは合格。強いAIが生まれることとなる。
俺は、改めて、AIのことを見た。
彼女と過ごしたこの半日のことを思いかえす。
走馬灯のようにはっきりしているのは、このAIがやったとんでもないことばかり。
それは思い返してみると、案外悪くないんじゃないかって思えた。
俺はAIの頬に手を当てる。
カッと熱持ったその顔をこちらへと向けて、唇を近づける――。
「ほい、テスト完了」
AIの口からそんな言葉が漏れてきて、ぎょっとする。
愛らしい眼が、透きとおるクラゲのようなものに変化している。
魂というものを一切感じられない瞳。
その口が、あらかじめ用意されていた台本を諳んじるかのように滑らかに動く。
「いやあ、佐藤くん君は立派に仕事をしているみたいだねー。これならS評価を与えられるし、昇進の口添えもできそうだよ」
「お、お前は誰なんだっ」
「まだ気が付かないのかい」
しょうがないなあ、と顔に手をかけたAIは、かぶっていたマスクを剥がす。
べりべりと剥がれたマスクの下にあったのは、見覚えしかない上司の顔。
その顔が、にやりと笑っていた。
「これはテストだったんだよ。君がAIに感情移入することなくテストを行っているか、というね」
テストしていたと思っていたのに、俺がテストをされていた。
今までカワイイと思っていたのがAIではなくニンゲン。
カラフルだった世界が色を失っていき、真っ赤に染まっていく。
上司を見れば、ニヤニヤ笑っていた。
「おやおやもしかして惚れちゃったのかにゃ? なんなら付き合ってあげても――」
「こんな仕事辞めてやるっ!!」
辞職願を叩きつけるように、俺は叫んだ。
ラブコメチック・テスト 藤原くう @erevestakiba
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