第7話 食後のコーヒーと、お姉さんたちの失敗談
直人の吐露した悩みは、焚き火の煙と共に夜空へと吸い込まれていった。
重苦しい空気が流れるかと思いきや、隣から聞こえてきたのは、意外なほど明るい笑い声だった。
「あはは、完璧な計画?」
遥は、クスクスと笑ったのだ。
直人がムッとして顔を上げると、彼女は焚き火の炎に照らされた横顔で、彼に視線を向けた。里奈が軽く謝る。
「違う違う、バカにしてるわけじゃないの。ただ、私たちを見てよ。今日の計画、完璧だったと思う?」
「え……」
思いも寄らない言葉に、直人は思わず面食らう。
困惑した表情を見せる直人をよそに、遥が言う。
「おしゃれな『野菜とチキンの濃厚クリームスパゲッティ』を作って、インスタ映えする写真を撮って、優雅なディナーを楽しむ。それが私たちの完璧な計画だったのよ」
遥は肩をすくめ、隣の里奈が身を乗り出す。
「そうそう。でも現実はどう? メインディッシュは全部地面に吸われて、残ったのはシチュー鍋と、絶望だけ。完璧どころか、大惨事よ」
「ううっ、思い出したくない……」
遥が頭を抱えて
だが、その声には悲壮感はなく、どこか楽しげな響きさえ混じっていた。
それを見て、今度は里奈が言う。
「でもさ、一条くんが、うどんを恵んでくれたおかげで、結果的に『シチューうどん』っていう、予想外のご馳走にありつけたしね! あれ、冷えた体に染みて最高だったよ~! むしろ、スパゲッティより正解だったかもって話してたの」
次に遥が、コーヒーを啜って言葉を零す。
「ケガの功名ってやつね。計画通りじゃなくても、結果的に笑えれば、それが正解なんじゃない?」
遥の言葉に、里奈も同意するように頷く。
直人は呆気にとられて二人を見つめた。
確かに、彼女たちの夜は計画通りにはいかなかった。
だが、今、こうして温かいコーヒーを飲み、失敗を笑い飛ばしている。
「完璧じゃなくても、なんとかなる……ってことですか?」
直人は確かめるように言った。
「なるなる! 私なんてさ、志望高落ちて絶望してたけど、滑り止めで入った今の高校で遥と出会えたしね」
里奈が事も無げに言うと、遥も苦笑交じりに続いた。
「私もよ。進学校に行こうかと思ったけど、通学の時間の長さを考えたら、その時間を勉強に割いた方が有意義だと思ってやめたの。それが、こんなハイテンション娘と友達になるなんてね」
そう言って、二人で目を見合わせて笑った。
屈託のない、心からの笑み。
(ああ、そうか……)
その表情を見ながら、直人は思った。
自分が求めていたのはこれだったのだ、と。
これまでの人生において、友人と呼べる人間は数えるほどしかいない。まして、本音をさらけ出せる相手は皆無に等しい。
そんな彼にとって、年上とはいえ、初対面の女性二人がこれほど自然に打ち解けてくれるというのは予想外であり、戸惑いすら覚えるほどだった。
次々と飛び出す失敗談。
単位を落とした話。
バイトで大ポカをやらかした話。
彼女たちの語る大人の世界は、直人が想像していたような、洗練された計画された完璧な世界ではなかった。
むしろ、泥臭くて、行き当たりばったりで、継ぎ接ぎだらけの世界。
けれど、そんな不格好な道を歩く彼女たちの表情は、焚き火の明かりの中でとても生き生きとして見えた。
「人生なんてさ、3秒ルール適用外の連続だよ」
里奈がしみじみと言う。
「落ちたら拾えないし、やり直しも効かない。でも、落ちたなら落ちたで、別の美味しいもの見つければいいじゃん? 一条くんの計画されたプラン通り進めたい気持ちもわかるけどさ、予定通りじゃなくても、味のある色になればいいんじゃないかな」
その言葉が、直人の胸にすとんと落ちた。
完璧を目指す必要はない。
泥にまみれても、予定が狂っても、その場にあるものでリカバリーして、最後にお腹いっぱいになれれば、それでいいのかもしれない。
直人の脳裏に、先程食べた『悪魔のおにぎり』の味が蘇った。
あれもまた、予定調和を崩された果てに生まれた、偶然の産物だったはずだ。
(続く)
次回・第8話 人生は、予定通りにはいかなくても良い
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