ゲーム世界に転生した俺は、ハードモードを今日も満喫中

軌黒鍵々

序章 モブ高校生、転生する

 別に俺は、誰より優れているわけでもない。

 だからといって、特別に劣っているわけでもない。


 強いて言うなら――本当にどこにでもいそうな、平凡な人間だ。


 自分で言うのも少し情けないが、「モブ」だとか「脇役」だとか、そんなワードで呼ばれたとしても否定はできないと思う。

 派手さなんて皆無だし、目立つ才能なんて何一つない。

 誰かの目に留まることもなく、ただ日々を消費して生きているだけの、どこにでもいる一般人。


 友達がいないわけじゃない。

 ……いや、いないわけじゃないと自分に言い聞かせているだけで、実際は本当に数えるほどしかいない。

 作るのが得意じゃないのだ。

 気の利いた返しができるわけでもないし、相手の興味に合わせて話題を調整できるほど器用でもない。


 だからいつものように放課後は一人で家に直帰する。

 部屋でゲームか、気が向いたら勉強。

 食事もだいたい一人。

 休日は外に出ずに過ごすことも多い。


 ――今日も、そのはずだった。

 いつも通り、変わり映えのない、ただの退屈な一日になるはずだったのに。


──────


「それじゃあ、明日までに課題終わらせてこいよー」


 気の抜けた声で先生がそう言って教室から出ていく。

 その直後、教室は急に色彩を取り戻したようにざわざわと騒がしくなる。

 六時間目が終わり、クラス全体が一気に放課後モードに切り替わる。


 椅子を蹴る音。溜め息。スマホを開く音。きゃっきゃした雑談。

 俺には縁のない、賑やかな放課後の風景だ。


「駅前の新しいカフェ行かん? あそこ映えるらしいよ!」

「ていうか昨日のアイドルさ、マジで可愛くない? ほんとヤバくて…!」


 周りは楽しそうに盛り上がっている。だが、俺にはどうにもその輪に入れない。

 友達が少ない理由のひとつは単純で――興味のない話を聞き続けるのが苦手だからだ。


 笑い話に混ざろうとしたこともある。

 でも結局、話のテンポについていけず、反応も遅くて、気まずい空気を作っただけだった。


 もし生まれ変われるなら、陽キャ女子にでも積極的に話しかけまくるんだろうな。

 ……まあ、どうせ無理だ。想像してるだけで胃が痛くなる。


 クラスの陽キャたちは、笑顔もトークも軽快だ。

 俺にはそのリズムに乗るスキルがまるでない。

 話しかけたところで噛むか、空回るか、最悪誰お前?みたいな目を向けられるだけだろう。


 いや、実際そこまで露骨じゃなくても、きっと温度差で俺が勝手に死ぬ。

 そういうの、もう想像だけで十分。


 しかも俺の趣味はゲームやアニメ系で、相手が興味ない話を振れば会話は即終了。

 なら無理に話しかける必要もない。……たぶんそれで正しい。


 そんなことをぼんやり考えながら、いつもの帰り道へ足を向けていた。


「おーい、待てって!」


 声がして振り返ると、幼馴染の岸田が手を振りながら走ってくる。

 数少ない友達というか――本当に唯一、自然に会話ができる相手だ。


 岸田は昔からフレンドリーで、特に気取らずに人と話せるタイプだ。

 俺のように無駄に空気を読みすぎて疲れたりしない。

 その飾らない性格に、俺は何度も救われてきた。


「おー、岸田。何かあった?」

「久しぶりにゲームの続きやろ! あれまだクリアしてねぇだろ?」


 にこにこと近づいてくるその顔を見ると、さっきまで重たかった胸のあたりが少し軽くなる。

 退屈な帰り道も、こいつと一緒だと少しだけ楽しくなる。


「いや今日は課題しないと……」

「ほら出たよ。絶対そう言うと思った! つーかお前、あのゲーム、昨日めちゃくちゃ上手かったじゃん。あの勢いのままクリアできるって! まあ課題でもいいけどさ、俺も手伝うから!」


 歩幅を合わせて横に並んでくる岸田に苦笑しつつ、俺たちは他愛もない話を続けた。


 ――この時、岸田の冗談に乗らず、一人で早歩きして帰っていたら。

 そんな“もしも”が頭をかすめるが、正直どうでもよかった。


 岸田の冗談にゆるく笑い返していた、その瞬間。


 遠くから、いやに大きなクラクションが鳴った。


「えっ――?」


 反射的に足を止めて顔を上げた。

 その先に、巨大なトラックがこちらに突っ込んできていた。


 世界の速度が急に遅くなったような、奇妙な感覚。

 耳の奥で自分の心臓の音が跳ねる。


「岸田、危ない!」


 考えるより先に体が動いていた。

 岸田を強く押し飛ばし、振り向く間もなく――


 直後。


 俺の全身に、凄まじい衝撃が走った。


 視界に光が散った。

 身体中が焼けるような熱さに包まれた。

 音がぐしゃぐしゃに歪んで耳に流れ込む。


 何が起こっているのか理解した頃には、もう何もできなかった。


 ……あ、これ俺、死ぬんだ。


 実感が追いつかず、まるで他人事みたいに頭の中で言葉が浮かんだ。


___キイイィィィィィッ!!


 背後から、空気を裂くような鋭いブレーキ音。

 そして、遅れて背中に襲いかかる凄まじい衝撃。


 肺から空気が抜けるような感覚。

 視界が揺れ、足から力が抜け、膝が崩れ落ちそうになる。


 熱い。

 痛い。

 でもその感覚すらも、だんだん遠くなっていく。


 何も考えられず、ただ痛みの波に飲まれながら、俺はゆっくりと目を閉じた。


 ――ああ、これ、本当にヤバいやつだ。


 意識が遠のく中で、最後に浮かんだのは、情けないほど小さな願望だった。


「もし生まれ変われるなら……女子……いや、もっといろんな人に話しかけまくるんだろうな……。いや、やっぱ無理か……」


 こうして俺――三崎悠真は、トラックにはねられ、若くしてこの世を去った。

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