恋愛注意報=老麺は如何でしょう?

恋愛というものは必ず敗者なるものが存在する


どれだけ相手のことを大切に想っていようが

どれだけ相手の幸せを願っていようが


最後まで闘って、敗れた者が存在する。


これは、そんな闘いに敗れた者の、ちょっとした話である。



「うぇ…、うぇぐ…」


学校一の美少女が泣いている


雪野 冬真(ゆきの とうま)はギョッと目を見張らせると、周囲を見渡した。


学校の帰路、いつも帰りを共にしている友人に昨日辺り彼女ができた。ので、友人に断りを入れて一足先に帰らせていただこうとした。

その際、近所の老舗の老麺屋の割引券が財布に入っていることを思い出した。

折角なので少し腹拵えをして帰ろう、そう考え立て付けの悪い引き戸を引いた刹那


顔をぐっちゃぐちゃに歪めて悔しそうに泣いている少女が其処にはいた。


(帰ろう、そうしよう)


幾らこの店の老麺が美味かろうが、女性の泣き顔を見ながら食べる老麺というのも如何なものだろうか、それも割引券を使ってである。


「……」


机の上に視線を遣って、少し悩んだ末に冬真は立て付けの悪い引き戸を閉めて店内に静かに入った。


椅子ひとつ分の距離を空けて座る

手書き文字が綴られた少々年季の入ったメニュー表を開いて、いつも頼むものにするか、新商品にするか悩んだ末に、取り敢えず隣の少女に声を掛けた


「…ポケットティッシュ、使えば」

「…久々に会って第一声がそれって、どういう根性してんのよ、あんた」

「すまん、久々に会った小学校以来の旧友にどう声を掛けたらいいもんかと、悩んだもんで」

「言い訳はそれだけかっ!」


学校一の美少女、…桃白智代(ももしろ ともよ)は吠えるようにガウッと此方へ視線を遣った

それにしても、久々に来た老麺屋だが、テコ入れでもしているのか新商品などが少しばかり増えていて面白い。

少しだけワクワクしながらメニュー表を眺めていると、桃白は鼻を啜りながら、ポケットティッシュを引ったくるように手にした


「…ふられた」

「…そっか」

「ちょっと、それだけ?」

「否、なんて声をかけても、桃白は強いから、自分で立ち上がって、弱いところなんて見せてくれないだろ」

「…否定はしないけど」

「中学上がってから、急に綺麗になったもんな」

「乙女の気合と根性舐めんな…、まぁ、振り向いてもらえなかったけど」


成程、桃白が中学に上がった途端急に綺麗になったのは、恋とやらが関係していたらしい。


何だか小学生の頃の泣く子も黙る暴れん坊将軍並みの男勝りな桃白を知っている者としては親心にも似た感慨すら感じる。

そんな冬真の心情に気付いたのか桃白は冬真を思い切り睨め付けた。


「何よ、なにがそんなに面白いの」

「面白くないさ、桃白は桃白のまんまで変わっていなくて安心したなぁって思って」

「…私のまんまって、ガキ臭いまんまってこと?」

「違うって、俺の知ってる、ガサツで努力家で、優しいまんまの桃白ってこと」


ぐず、と鼻を啜る桃白を傍目に厨房のお爺さんに注文を入れた


「すみません、大将、此方のお客さんと同じ老麺をひとつお願いします」

「はいよぉ」


のんびりとした店主の返答を耳に、老麺を待ちながら、待つのもなんだなぁ、と外の景色を小窓越しに眺める。


此処の老舗の老麺屋は冬真が幼い頃に地域のローカル番組で小さく取り上げられて一時期は話題になったりなんかもした。


然しそれももう殆どの人が忘れてしまった話、もう此処に通うお客層はお爺さんやお婆さんの高齢層、昼の休憩間際に疲れたサラリーマンやオフィスレディー、学校帰りの若い子なんかはタピオカなんかを求めて駅の方面へ足を運んでしまうので、若い子は少ないと言ってもいい。


ぼうっと外を眺めていると、桃白はぽつりと語り出した。

厨房には店主のお爺さん、店内には冬真と桃白だけ。


「彼、初めて見た時、難しそうな本を読んでいたの」

「…そっか」

「私、難しい話は分からなかったから、少しでも彼に近づけるように、仲良くなれたらって、苦手な勉強も頑張ったし、短かった髪の毛も伸ばして三つ編みにしてみたりした。言葉遣いも気をつけた。少しでも話せた日は足が宙を浮いて跳ねてしまうくらい嬉しかった」

「うん」

「でも、彼が選んだのは、短い髪の、元気一杯活発な私から見ても、かわいい、ううん、それだけじゃなくて、芯がしっかりしていて、揺らがない信念を持った格好いい、そんな女の子だった」

「…そうなんだ」

「悔しかったなぁ」


その一言に詰まっている気がした。

冬真は桃白の全てを知っているわけではないから、なんとも言えない。その恋敵とやらも知らない。


「そういえば、桃白、知ってるか?」

「…何よ」

「俺の妹の冬李(とうり)が言っていたんだが『ゲームではセーブできるから、恋愛ゲームはどんなバッドエンドに陥ってもやり直しが聞くんだよ』と」

「…それがなに」

「それを聞いた俺も、冬李に勧められて恋愛ゲームを借りてプレイしてみたんだ。それで改めて思った。恋愛は現実だったらコンテニューできない厄介な代物なんだなって」

「…」

「勿論ゲームは楽しかった、けれど、此処は現実で、そのゲームとは違って、コンテニューせずに最後まで闘った主人公はもっと、すごく強いやつだったんだなと、なんとなく思った」

「なにが、言いたいの」

「だから桃白は強い主人公だったんだよ、俺から見た桃白は格好いいんだよ、いつも」


「老麺おまちどうさん〜、あれぇ、冬真くん、女の子泣かせちゃぁだめだよぉ」


「…泣いてないもん」

「おー、ありがとう大将、ほら、俺っていい男だから、女の子泣かせちゃうわけよ」

「一生言ってろっ!」


笑った桃白は泣きすぎて目元なんか真っ赤で、でも桃白はすごく強いやつなんだと冬真は再認識した。


「やっぱ、女の子の笑顔見ながら食う老麺の方が美味さも二倍になるよなぁ」

「大将、あの変態、出禁にできない?」

「待って、俺をナチュラルに出禁にしようとすんな桃白」


「ううーん、冬真くんは根っからの変態だからねぇ」

「大将!?」


その日は結局割引券を使うこともせず、冬真が桃白の分も払って帰ることになった。


心なしか心持ちだけでなく、財布も軽くなった気がした。

だがいいのだ、大切な人の笑顔が取り戻せるならこのくらい、なんてことない話なのだ。


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