「ステータスが平凡すぎる」と言われ、追放された俺。巨乳のお姉さんに引き取られ、楽しくやってます。おかげで覚醒できたけど、今さら戻ってこいなんてもう遅い!
@dokuirinokani
薬草採取編
ここは冒険者ギルド。いくつかのパーティーが受付で依頼を受けている中、ギルドの端の待合室席で、一組のパーティーに緊迫した空気が流れていた。
壁際のソファには、茶髪で眉毛が太い男と、その男の両端に女が座り、机を挟んだ向かい側のソファには、ポツンと黒髪黒目の男が座っている。三対一の状況だ。
「俺を追放するって、どういうことですか?」
一人でソファに座る男は、黒色の瞳を震わせながら、静かに尋ねた。彼の問いに、向かい側に座る男がフンッと鼻を鳴らして答える。
「お前、ステータスが平凡すぎるんだよ。攻撃力も、素早さも、防御力も普通。剣も魔法も武術も、並みにしか使えない。
俺達がBランク冒険者だった頃までは、お前も役に立ってたよ。だけどな、俺達がAランク冒険者になってから、お前が足手まといになってきたんだ」
男の言葉に、黒い瞳の青年は思い当たるふしがあって俯いた。
『アレス』さんの言う通りだ。皆にはそれぞれ得意なことがあって、今までそれを伸ばしてきたから、Aランク冒険者が討伐依頼を受ける強い魔物を、お互いの苦手な部分を補いあって倒していた。だけど俺は、何をやっても普通程度にしかできなくて、伸ばせる特技がなかったせいか、強い魔物に太刀打ちできない。だから、依頼を受けても、皆に助けられてばかりだった。
黒い瞳の青年は、悔しくなって唇を噛んだ。そんな彼に追い討ちをかけるように、アレスの右隣に座るローブを着た女が口を割る。
「貴方は今まで、私が使えない回復魔法を使えたから、このパーティーから外されずに済んでいたの。でも最近、貴方より優秀で、強力な回復魔法を使える人が、このパーティーに入りたいって頼んできたのよ」
ローブの女の言葉を、アレスの左隣に座る、猫耳の生えた女が続けた。
「つまりあんたは、用済みってわけ」
猫耳の女がそう言った途端、アレスとローブの女は笑いだした。黒い瞳の青年は、惨めな気持ちになって目を潤ませた。
そんな時、待合席に座る四人の元へ、第三者が割り込んできた。
「あら、その子用済みなの? だったら、私がもらっていいかしら」
驚いた四人は、第三者の方に視線を向けた。そこにいたのは、胸でピチピチの赤いドレスを着た、黒髪の女性だった。彼女の茶色の瞳は、黒い瞳の青年をガッチリととらえている。
皆、呆気にとられて言葉を失っていたが、アレスが先に我に帰り、嫌にニヤニヤしながら女性の問いに答えた。
「どうぞどうぞ! こいつは要らないんで、自由に貰っちゃってください!」
「ホントにいいのね? じゃあ、ありがたくいただいていくわ」
女性は黒い瞳の青年の手を引き、アレス達の元から足早に立ち去った。そして、彼らの死角に入ると、ヒソヒソ声で青年に話しかけた。
「嫌な奴らね、まったく。仲間の個性を活かして上げられない方が悪いっていうのに、貴方をゴミみたいに扱って」
「は、はぁ。あの、俺をもらうって……」
「あら、そのままの意味に決まってるじゃない」
「え?」
背筋がゾクッとして、黒い瞳の青年は後ずさった。まさか、お持ち帰りされちゃうの!? 嬉しい事ではあるけど、さすがに初対面でそんなことを言われても、困ってしまう。
戸惑う青年に、女性は腹を立てた。
「ちょっとあんた、何よその顔。まさか私が、怪しいことでもしようとしてるんじゃないかって、思ってる? 違うわよ。貴方は、私とパーティーを組むのよ」
「へっ? あっ、なーんだ、そっちか!」
「まあでも、貴方がそのつもりなら……」
女性は色っぽい目をした。黒い瞳の青年は、胸の鼓動が高鳴り、顔を赤くする。だが、彼女はすぐにいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「うそうそ、冗談よ。初対面の男に手をだしたりなんかしないわ。そんなことより、貴方、名前は?」
からかわれた青年はムッと頬を膨らませる。だが、すぐに気を取り直して名を名乗った。
「ネメアです」
「私はクレタよ」
クレタはネメアの手をガッシリと握った。
何だかよく分からない事になってしまったけれど、今はこの人についていくしかない。
ネメアはクレタの手を握り返した。
冒険者ギルドを後にして、ネメアとクレタは食堂へと向かった。今は丁度お昼時で、人がたくさんいる。二人は適当な席に着くと、この食堂の名物である、肉野菜炒めを頼んだ。それが来るまでの間、二人は詳しい自己紹介を始めた。
お冷やを一口飲み、まずはクレタが口を開く。
「いきなりこんなことになって、驚いてるわよね。私、前に組んでたパーティーが解散しちゃったから、ギルドで新しく仲間になってくれそうな人を探していたの。そしたら、貴方が追放されていたから、声をかけてみたのよ。
それじゃ、改めまして自己紹介。私はクレタ・トーラスよ。武術が得意で、前のパーティーではファイターをしていたわ」
「へー、ファイターですか! 俺はネメア・レオです。俺は何か一つの事をするわけじゃなくて、討伐する魔物によって、戦い方を変えてます。だから、剣でも魔法でも、お願いしてくれれば何でもやりますよ」
「あら、何でもできて、魔物ごとに合った戦い方ができるなんて、凄いじゃない!」
クレタに誉められ、ネメアは嬉しい気持ちになり、頬をほんのりと赤くした。だが、アレスに言われた事を思いだし、すぐに顔を曇らせる。
「そんなことないですよ。俺、ステータスがあんまりにも平凡で、それでパーティーを追い出されちゃってますから。これを見てください」
ズボンのボタンがとめられたポケットを開き、ネメアはそこから一枚のカードを出した。これは『ステータスカード』と呼ばれるもので、持ち主の能力について書かれている。
ネメアはステータカードをクレタの見る向きに回して、テーブルの上に置いた。
『ネメア・レオ』
攻撃力 50/100
防御力 48/100
素早さ 51/100
武器を扱う技術 50/100
魔力 45/100
身体能力 52/100
「へー、悪くないじゃない」
ネメアのステータスを見たクレタは、ただ一言感想を告げ、彼にステータスカードを返した。彼女の態度に、彼は目を丸くする。
「えぇっ!? 悪くないって、どういう事ですか?」
「全てのステータスが普通って事は、努力次第で全ステータスマックスにできるってことじゃない。そしたら、ネメアちゃんを追放した奴ら、見返してやりましょうよ。私が訓練してあげるわ」
そう言って、クレタはキラリと目を輝かせた。しかしネメアは、全ステータスマックスなんて、流石に無理だろうと首を横にふった。
「俺なんかにはできませんよ。それに、全ステータスマックスなんて、前例がないじゃないですか」
「あらやだ、前例ならここにあるわよ」
今度はクレタが、ドレスの胸元からスッとステータスカードを取り出した。
『クレタ・トーラス』
攻撃力 100/100
防御力 100/100
素早さ 100/100
武器を扱う技術 100/100
魔力 100/100
身体能力 200/100
「何ですかこれ!!?? しかも、身体能力は100分の200!!??」
ネメアは思わず席から立ち上がり、叫び声を上げた。そんな彼に、クレタは口許に指を一本当てて、静かにするよう促す。
「シーッ! ネメアちゃん声が大きいわよ。他のお客さんの迷惑になっちゃうわ」
「そうですけども! ってか、ネメアちゃんって呼び方……」
「可愛いでしょ?」
「は、はぁ。まあ、呼び方の事は置いといて、クレタさんのステータス、本当にこれなんですか?」
席に座り直し、ネメアはクレタのステータスカードを凝視した。
「ええ、そうよ。貴方もこうなりたいでしょ?」
「なれるものなら」
「そうと決まれば、ギルドへ行って薬草採取の依頼でも受けましょ」
「はい?」
ネメアは小首を傾げた。どういう事だろう? 薬草採取は、冒険者に成り立ての者達が集まってできた、Dランクパーティーがやるような依頼だ。そんな依頼なんかしたって、ステータスは上げられないような気がする。クレタさんは、からかっているだけなのだろうか?
食事を終えた後。二人は冒険者ギルドの受付で薬草採取の依頼を受け、町外れの森の中へと入っていった。
じっとりと湿った空気が、肌にまとわりつく。背の高い木がズラリと生えているせいで、日があまり差し込まず、薄暗い。あまり近寄りたくない雰囲気を漂わせている森には、普通の森で採れるものより貴重な薬草が生えるが、それなりに強い魔物も潜んでいる。
全ステータスをマックスにする訓練として、薬草採取はあまり意味をなさないのではないかと考えていたネメアは、考えを改めた。隣で辺りを見渡し、鼻唄を歌いながら薬草を探すクレタに、彼は声をかける。
「薬草採取って聞いて、Dランクパーティーがやるような簡単なヤツを思い浮かべてたんですけど、ここならBランクパーティーが倒すような魔物がでてきそうですね」
「あら、この森には魔物なんて出てこないわよ。確かにちょっと不気味だけど、本当に魔物が出てくるような森は、昼間でもランタンを持ち歩いてないと探索できないほど暗いわ」
「えっ、それならどうして、たかが薬草採取が、全ステータスを上げる特訓になるんですか?」
「ウフフ、その内分かるわよ」
クレタは声を潜めてそう言うと、また鼻唄を歌い出した。ネメアはますます、訳が分からなくなってしまう。いくらか考察してみたが、何も理由が思い付かなかったため、薬草探しに専念する事にした。
一時間後。二人はまだ、一本も薬草を手に入れられずに、森の中をひたすら歩き続けていた。ネメアは、少し変だなぁと思いつつも、他の冒険者パーティーが先にきて、粗方採ってしまったのだろうと考えると、納得できた。
さらに一時間、二時間と経過するが、一向に薬草は見つからない。もう随分と、森の奥まで来てしまった。そろそろ一本ぐらいは薬草が欲しいなぁと、ネメアは焦り始める。一方クレタは、動じる様子を一切見せず、先頭に立ってグングン奥に進んだ。
日が暮れ始めた頃。もう、入り口がどこにあったか忘れてしまい、森から出られなくなっても、薬草はちっとも見つからなかった。ネメアの足は疲れてパンパンになり、心は不安が巣くって、心身共にボロボロになっている。彼はカラカラな声でクレタに頼みごとをした。
「クレタ、さん……もうそろそろ、休憩しませんか? 俺達もう、何時間も歩いてますよ……」
前を突き進んでいたクレタは足を止め、ネメアの方を振り返ると、クスッと笑った。
「なーにいってんの! たかだか薬草採取で、いちいち休憩をとってる冒険者なんかいないわ。まだ一本も見つかってないんだから、さっさと先へ進みましょ」
ネメアはゾッとした。これだけ歩いて、クレタは森には入った時と変わらず、ピンピンしていたのだ。彼女が見せてきたステータスカードは本当だったのだと実感させられる。
くるりと背を向けて、クレタはまた歩き始めた。このままでは体力が持たないし、森から二度と出られなくなる。ネメアは必死に彼女を呼び止めた。
「待ってください! クレタさんは平気かもしれませんが、俺はもうヘトヘトなんです。それに、これ以上奥へ進んだら、帰れなくなっちゃいますよ!? 森で野宿するにしたって、何も準備してませんし……」
「全ステータスマックスにしたいなら、この程度は耐えなさい。ほら、付いてこないと置いてくわよ」
無情にも、クレタは先に進んでしまう。ネメアは心が折れそうになった。この人は滅茶苦茶だ。全ステータスマックスにする特訓を受けたいなんて、言わなきゃよかった。
ネメアは膝から崩れ落ちそうになる。その時、今度はクレタの方から声をかけられた。
「自分の事、平凡すぎるって馬鹿にしてきた奴ら、見返せなくていいのかしら?」
ハッと目を見開き、ネメアはクレタに駆け寄る。
「嫌です! 俺にも、男としてのプライドがあります!」
ネメアは真剣な眼差しになって答えた。クレタは途端に顔を輝かせ、彼の手を取る。
「ネメアちゃんカッコいい! そう、その意気よ。今夜は野宿するから、木の枝を集めながら行きましょう」
「はい!」
腹の奥から声を出し、ネメアは頷いた。
夜になり、二人は適当な場所で焚き火を行っていた。湿っぽい地面へ直に腰を下ろしているので、少々お尻が冷たいものの、ネメアは疲労してあまり気にならなかった。
ようやく一息つく事ができると、今度は空腹に襲われた。パチパチと音を立てる炎を見ている内に、ネメアの腹の音がギュル~と鳴る。彼は頬を赤らめ、クレタは優しく微笑んだ。
「そろそろ、ご飯にしましょう。ネメアちゃん、アイテムボックスの中に、何かある?」
言われるがまま、ネメアは首にかけてある四つ葉のペンダントを握りしめ、呪文を唱えた。すると、大きなカバンが彼の横に召喚された。これがアイテムボックスである。アイテムボックスは、中に入れたものを腐らせずに保存しておける便利アイテムだ。
冒険者になり、ある程度依頼を達成できると、国から無料で支給される。ただし普通に持って歩くとかさばるので、魔法でどこか別の場所に封印しておくのが主流だ。
ネメアはアイテムボックスを開き、中身を確認した。しかし、中には食料は入っていなかった。
「すみませんクレタさん。俺は食べ物持ってないです。いきなりこんな事になったから、何も準備してなくて」
「ふーん。ネメアちゃんもしかして、依頼を受けたら買い出しに行く派? 簡単な依頼の時は、食べ物とかあんまり用意していかないんでしょ」
「まぁ、はい」
「駄目よ~、道中何が起こるか分からないんだから、アイテムボックスの中は常にパンパンにしておかないと!」
クレタに軽く叱られて、ネメアは苦笑を返した。
「ははは、できれば俺もそうしておきたかったんですが、俺を追放した人達、ガンガン依頼を受けて、早く最高ランクのSランクパーティーになりたいって感じで、事前に沢山の物を買いに行く暇がなかったんですよ」
「それは大変だったわね。今日はひとまず、私のアイテムボックスから食料を分けてあげる。薬草を見つけてこの森を出たら、買い出しにいきましょ」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、ネメアはペンダントの中にアイテムボックスを封印し直した。今度はクレタが、右耳につけた真珠のピアスからアイテムボックスを召喚し、串に刺さった肉を二つ取り出した。
「鳥の胸肉よ。しっかりたんぱく質を取って、強い体を作らなくちゃね。食べ物もステータスに関わってくるんだから」
「うわー、ちゃんとした肉を食べるの久しぶりです。最近缶詰めばっかりだったんで」
二人は焚き火を使って、じっくりと胸肉を炙った。表面がこんがりしてきたら、肉を裂いて、中までしっかり焼けている事を確認する。赤い部分がなくなり、白く湯気が立っていたため、ネメアはそれにかぶりついた。
塩と胡椒の下味がしっかりとついており、ピリッとした辛みがある。弾力のある歯応えで満腹中枢が刺激され、お腹がいっぱいになった。油分も少なくさっぱりしていたため、胃がもたれない。
「ごちそうさまです、クレタさん」
「どういたしまして。ネメアちゃん、寝袋はある?」
「あー、ボロボロになっちゃって、最近廃棄したんです。新しいの買わなきゃなぁって思ってたんですけど、つい忘れてました」
「ウフフ、それなら私の寝袋に、二人で入るしかないかしら」
嬉しそうにクレタがそう言うと、ネメアは顔を真っ赤にし、首をブンブン横に振った。
「そ、それはまだ早いです!!」
「えー、残念ね。でも、実は私も寝袋を持ってないのよ。いつも立って寝てるから。ネメアちゃんも、立って寝れるように、今日は練習してみなさい」
「はい」
内心残念だなぁと思いながら、ネメアは頷いた。
夜も深まり、クレタは火の番を、ネメアは立って寝る練習を始めた。ネメアは木に寄りかかって目を閉じたが、背が地面についていないと落ち着かず、そわそわして寝付けなかった。だが、しばらくすると、彼は小さくイビキをたて始めた。長時間ぶっ通しで歩き続けた事による疲労が、眠気を呼んだのだ。
火の番をしているクレタは、寝ているネメアの様子を時々確認した。彼は見るたびに体勢が崩れ、最終的には地面に仰向けで倒れていたので、面白くて仕方がなかった。
朝になり、軽く朝食を取ると、二人は薬草を求めて再び歩き始めた。クレタは寝ていなかったというのに、昨日と変わらず鼻歌を歌っている。ネメアはそんな彼女をみて、さすが全ステータスマックスなだけはあるなぁと感心した。
ネメアのふくらはぎはパンパンで、地面に足を踏み込むごとに、ビリビリとした痛みが走った。筋肉痛になったのだろう。顔をしかめたが、追放された時の事を思いだし、自分を奮い立たせた。馬鹿にされたままでいる訳にはいかない!
二、三時間歩き続けると、急に空から光が差し込んでいる、あまり木の生えていない場所に出た。そこでクレタは足を止め、ネメアに話しかける。
「目的の場所についたわ。この先に、沢山薬草が生えているのよ」
それを聞いて、ネメアはパッと顔を輝かせた。
「うわぁ良かった!! 俺、このままずっと薬草が見つからなくて、森から出られなかったらどうしようかって、ずっと不安でしたよ。行き先がきちんとあったんですね!」
「えぇそうよ。なんの考えもなしに適当な森に入って、適当に薬草採取しようとしてたんじゃないわ。まあ私は、ネメアちゃんと、ずっと森で二人きりって言うのも、なかなか魅力的だと思うけど」
ネメアは背筋が凍りついた。
「何言ってるんですか。さすがにそれは冗談きついです」
ドン引きしているネメアを見て、「からかいすぎちゃったかしら」と、クレタは苦笑した。
二人は光の差し込む奥へと進んでいく。すると、雲を突き抜けそうなほど高く、横幅が五メートルぐらいある巨木が現れた。その後ろに、紫色の花をつけた黄色い葉の薬草が、辺り一面に咲いている。ネメアは思わず駆け出して、さっそく薬草を摘みにいった。
しかし、巨木より先にいこうとすると、手足がカチカチに固まって、動かなくなってしまった。ネメアは首を傾げ、無理やり足を動かそうとする。だが、謎の力で弾き飛ばされて、尻餅をついた。
何が起こったか分からず、困惑した表情でネメアが前方を見ると、巨木が突然光りだし、人の姿へと変わった。痩せた土地のような髪の色、枯れ木のように細い手足、尖った耳をもつ、何者かが現れる。背中からは、太い根のようなものが四本生えていた。
「お主、何者じゃ。この先にある薬草を、何のために使おうとしている?」
巨木から現れた者は、しわがれた老婆の声で、ネメアに尋ねた。彼は戸惑い、声を失う。代わりに、クレタがその者の前に進み出て答えた。
「久しぶりね、巨木の精霊さん。この子は私の弟子よ。全ステータスをマックスにする修行のために、ここへ来たの。いざとなった時のために薬草を分けてもらいたいんだけど、いいかしら?」
精霊とは、強い魔力のこもった自然の物質が、意思を持つことによって生まれる生命体だ。人間よりも遥かに長生きし、膨大な量の魔力を持っている。また、人間に手を差しのべたり、災いを引き起こしたりして、世界の調和を保っている。
滅多にお目にかかれず、選ばれた者しか、精霊に会うことはできないと言われているため、ネメアは唖然とした。これが、噂に聞く精霊なのか。
巨木の精霊はクレタの方に視線を向けて、歩み寄った。
「あぁクレタ、お主の頼みなら構わんぞ。ただ、そこの弱そうな小僧に、薬草をくれてやるのは無理じゃの」
「弱そう」という言葉にカチンときて、我に帰ったネメアは勢いよく立ち上がった。
「言ってくれますね。俺だって、それなりに戦えるんですよ」
「ほほう。それじゃ小僧、わしと勝負するか? 勝てば、いくらでも薬草を渡してやるぞい」
「えぇ、挑むところです」
ネメアと巨木の精霊は目を合わせ、火花を散らす。クレタは二人のもとから離れ、戦いの様子を見守ることにした。
四つ葉のペンダントを握りしめ、アイテムボックスを召喚し、ネメアはそこから柄に炎の模様が描かれた短剣を取り出した。この短剣は、切り口を発火させる効果を持っている。相手が木から生まれた精霊ということで、炎が効果的ではないのかと考えたのだ。
アイテムボックスをしまい、ネメアは短剣を胸の前で構え、腰を低くした。人間の急所は、体の中心に集中している。敵からどんな攻撃が来てもいいように、急所をすぐに守れる体勢をとるのは、冒険者の基本だ。
足元がボコボコと揺れる。来た! ネメアは右横に逸れて、腕を前に付きだし、巨木の精霊の胸を真っ直ぐに捉えて走り出した。精霊との距離は三メートルほど。すぐに辿り着けるはずだ。
しかし、前へ進むたびに地面がボコボコと動いて、それを避けなければならず、なかなか精霊のもとまで近づけない。ネメアが通りすぎた後からは、太い木の根が三本、勢いよく飛び出していた。あれに当たってしまえば、ろくに装備をつけていないため、あばら骨が折れるだろう。
右へ左へネメアが攻撃を避けている隙に、巨木の精霊は呪文を唱え始めた。すると、彼が避けた木の根がゆらゆらと動きだし、彼の背中を狙って伸び始めた。
「ネメアちゃん、目先の事だけじゃなくて、周囲にも気を配りなさい!」
クレタに呼び掛けられ、ネメアは後ろを振り返る。地面から飛び出した十五本もの根が、いっせいに彼めがけて伸びていき、全身に絡み付いた。顔が塞がれて、うまく呼吸できなくなってしまう。
パニックに陥り、ネメアはバタバタと手足を動かした。しかし、その度に根がきつく締め付けてきて、余計に苦しくなる。まずい、このままだと窒息して死んでしまう!!
恐怖と焦りが募る中、自分を追い出したパーティーのメンバーと、タコのような魔物を討伐しに言った時の事を思い出した。あの時、猫の獣人でバーサーカーの『セレーネ』が、魔物の八本の足に絡めとられ、死にかけた。
その時自分は、助けるために短剣を使って、足を切り落とそうとしたが、固すぎて切れなかった。代わりに、魔女の『アテネ』が炎の魔法を使い、引き剥がした。討伐した後、アテネから凄く高圧的な態度で、触手系の攻撃は炎で焼ききらないと対処できないのだと教えてもらった。「この役立たず」という言葉を添えて。
アテネさんは物知りで、表向きでは何でも親切に教えてくれるお姉さんを装っていた。でも裏では、自分の頭の良さを鼻にかけて、いつも俺を見下していた。あぁ、思い出したらイライラする。
今はまだ、俺よりアテネさんの方が、魔法を上手く使えるかもしれない。彼女は魔力のステータスが75もあった。でもいつか、絶対に越えてみせる。そして、こっちから見下してやる!
ネメアは頭の中で呪文を詠唱し、右手に小さな火の玉をつくった。魔法を使うときは、呪文を声に出した方が威力が強くなるものの、頭の中で唱えても使うことはできる。つくりだした火の玉を木の根に押し当てると、少しだけ拘束が緩んだ。
それから二回同じ呪文を唱え、背中と胸の辺りにも火の玉をつくった。焦がす臭いが鼻につくし、熱くて肌がピリピリしてきたが、それはグッと堪える。徐々に隙間が開いて、呼吸もできるようになった。
ネメアが木の根の拘束から逃れられそうな事に、巨木の精霊は気づいておらず、「フンッ」と鼻で笑ったかと思うと、ニヤニヤしながらクレタに話しかけた。
「お主の弟子も、もう終わりじゃの。何の手応えのない、つまらん奴じゃったわい」
「あら、それはどうかしら」
クレタは目を細める。巨木の精霊は鳥肌が立ち、ネメアを締め付けていた木の根の方に顔を向けた。その瞬間、十五本の根は大きな火柱を上げ、肌を赤く焼きながらも、ネメアが生きた状態で飛びだしてきた。
肺が苦しい、体があちこち痛い。ネメアは目尻に涙が浮かんだ。拘束から逃れられたとはいえ、もうボロボロの状態である。燃え盛る木の根の束から、足を引きずって離れると、回復魔法の呪文を唱えた。
焼きただれた皮膚が、たちまち元通りになった。その代わりに、猛烈な疲労感に襲われ、ネメアは地面に膝をつく。頭がくらくらしてきた。回復魔法を使うとき、大きな怪我を治すと、たくさん体力を消耗してしまうのだ。
巨木の精霊は、ネメアが脱出できた事に唖然としていたが、その後の彼の様子を見て、余裕の笑みを浮かべた。
「小僧、降参した方がいいんじゃないか?」
自分を馬鹿にする声で、ネメアは少しだけ意識を取り戻した。左手で頬を二回叩くと、右手の中にある短剣の柄を強く握りしめ、立ち上がる。
「誰がそんなことするもんか!!」
姿勢を低くして剣を構えると、ネメアは精霊の方に向かって走り出した。また地面から根が飛び出してくる。しかも、先程よりスピードが早い。彼は、今度はそれをよけず、短剣で切り裂きながら前へ突き進んだ。
すると精霊は、彼の行く手だけでなく、通りすぎた後からも根を生やし始めた。素早く呪文を唱え、完全に前しか見ていないネメアを襲わせる。
しかしネメアは、後から来た根を横に避け、素早く後ろを振り返って切り裂いた。根は切断面からボウッと音を立てて燃える。精霊は、彼が奇襲に対応できた事に驚き、思わず攻撃の手を緩めた。
その隙に、ネメアは精霊との距離を一気に詰め、とうとう右腕を切り裂いた。傷口が火を吹いて、精霊は悲鳴を上げる。
「ギャアアア!!」
そのまま火だるま状態になり、精霊は地面を転がった。ネメアは、さすがに焼死させるのは不味いと思い、呪文を唱えて水を出し、消火してやった。
すると、精霊の背中から生えている四本の太い木の根のようなものが、ぱっくりと二つに裂けて、葉のような筋のある、透けた緑色の羽が新たに生えてきた。それと共に、黒く焼けた精霊の体が、強く輝きだした。
ネメアはあまりの眩しさに、ギュッと目を閉じて、腕を瞼の上に当てる。
十秒ぐらいして光が治まり、目を開けてみると、巨木の精霊が別人になっていた。白い肌に若緑色の髪、金色の瞳を持つ美少女が、ゆっくりと体を起こす。そして、背中から生えた四枚の羽を広げて、羽ばたきながら爪先を宙に浮かせた。
「なかなかやるな、小僧。だが、本番はここからじゃ!」
白い歯を見せ、精霊は挑発的な笑みを浮かべた。ネメアは体をぶるりと震わせ、強い絶望感を抱いた。
決着が着いたと思ったのに、まだ戦わなくてはならないのか。もう限界だ、これ以上は動けない。
小さく口を開き、ネメアは「降参」の一言を発しようとした。そんな彼をよそに、巨木の精霊は胸のまえで手の平を合わせ、木の根が複雑に絡みあってつくられた、棍棒を産み出した。
精霊は両手で棍棒の先端を握りしめ、肩に担ぐ。そしてネメアに近づくと、彼の頭上で大きく振りかぶった。
棍棒が、頭に軽く触れる。間一髪、ネメアはしゃがんで攻撃を避けたが、疲労を溜め込んだ足は体重を支えきれず、ぐらりと横向きに倒れてしまう。誰が見ても、これ以上彼が戦えないことは明らかだ。
しかし無情にも、精霊はまた棍棒を構え、今度はネメアの踵に振り下ろそうとした。その時、誰かが上空から降ってきて、彼と精霊の間にドシンと着地した。クレタが助走をつけて飛び上がり、ここまでやってきたのだ。
「待ちなさい、この子はもうボロボロよ。貴方達精霊はいくらでも生き返れるでしょうけど、私達人間は無理なのよ。回復するまで、少し待ってくれないかしら」
「むぅ、仕方がないの」
やる気満々だった精霊は、不服そうにしながらも棍棒を下ろした。クレタはネメアの方を向き、彼に馬乗りになる。
「よく頑張ったじゃない。巨木の精霊の、仮の姿を倒すなんて」
クレタはネメアをギュッと抱きしめた。彼女の豊満な胸が、彼の腕に押し付けられる。彼は、心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じた。
「く、クレタさん!?」
「大丈夫、変なことをするんじゃないわ。回復魔法をかけてあげるの」
ネメアの耳元で、クレタは呪文を唱えた。背中がゾクゾクして、普通の回復魔法より効果があるように思える。疲れが一気に洗い流され、体が元気になった。
「クレタさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
クレタはネメアから離れ、そのまま戦いの場から遠ざかった。ネメアは短剣を握りしめながら立ち上がり、巨木の精霊と向かい合う。
「かかってこい、小僧」
精霊は棍棒を担いだ。ネメアは背中を丸めながら前に一歩踏み込み、短剣を振り上げる。精霊は棍棒を顔の前に出して攻撃を防いだ。剣の切っ先が、棍棒に軽く刺さる。
たちまち、棍棒に火がついた。しかし、精霊がそれを素早く横に振ったため、小さな火種は消えてしまう。攻撃をかき消した精霊に対して、ネメアは一歩下がって距離を取った。
普通に攻めても、棍棒で受け止められてしまう。何か、機転を利かせなければいけない。
どう仕掛けるべきか悩んでいると、先に精霊の攻撃が飛んできた。先ほどまでとは違い、縦方向からではなく横方向から棍棒が飛んでくる。避けきれず、ネメアは腹に重い一撃を受けた。
痛みと衝撃でよろめき、倒れそうになってしまう。ネメアは顔をしかめながら腰を落とし、体制を崩さないよう堪えた。骨は折れていなかったので、一安心する。
また、横方向の攻撃が来た。今度は後ろに飛び下がってそれを避ける。その時、ネメアは良い作戦を思い付いた。右手だけで短剣の柄をもち、左手を空いた状態にして、精霊に立ち向かっていく。
ネメアが近づくと、精霊は棍棒を縦に構えて振り下ろした。それを、彼は左手で受け止める。ボキッと音を立てて、指の骨が折れてしまった。それと同時に、棍棒が軽く火を上げた。精霊に迫りながら、彼は頭の中でも呪文を唱えていたのだ。
歯を食い縛り、骨が折れた痛みを我慢しながら、ネメアは右手のナイフで棍棒を切り裂く。大きく傷をつけることができ、高く大きな火を吹いた。使い物にならなくなったそれを、精霊は地面に投げ捨てる。
その隙に、ネメアはナイフを両手で握りしめ、精霊の左胸に突きつけた。
肉に刃が刺さる、確かな感触があった。しかし、顔面に向かって強い風が吹き付けてきて、ネメアは思わず目を瞑ってしまった。短剣の柄を掴む手が緩む。
巨木の精霊は、ネメアの頭の少し上まで、サッと飛び上がった。そして、彼の額に手の平を向け、戦いはもうやめにしようと合図を送った。
「合格じゃ。まさかここまで戦える奴とは、思わなかったわい。さすが、クレタの弟子なだけはある」
精霊がそう告げると、ネメアは顔を輝かせた。勝った、勝ったんだ!! 不要物扱いされ、パーティーを追放された俺でも、十分に戦うことができた!!
喜びを露にするネメアに、精霊は話を続ける。
「儂はな、あそこに生えている薬草を、お主が使っても平気かどうか、試していたんじゃよ。あの薬草は効果が強くて、弱い者が使ってしまうと、暴走してしまうんじゃ」
「なるほど、そうだったんですね。それじゃあ、薬草を摘みにいってもいいですか」
「よいぞい。ただし、取りすぎないようにな」
勝者を称える笑みを浮かべながら、精霊は頷いた。ネメアは、折れた左手の指の骨を回復魔法で再生させ、薬草が生い茂っている場所まで走っていく。
彼の背中を見つめながら、クレタもそこまで歩きだした。その途中、彼女は精霊に声をかけられた。
「ククッ、あの小僧を見ていると、ひよっこだった頃のお主を思い出すわい。初めて会った時は、仲間と四人がかりで挑んで、儂に惨敗しておったのぉ」
「あの時は、本当に酷い目に遭わされたわ。先輩冒険者パーティーの人達から、おすすめの薬草採取場所を教えてもらって、ここに来たのよ。
そしたら、いつまで経っても薬草は見つからないわ、貴方のもとまで辿り着いたら、ボロ負けしたわ、散々だったわ」
思い出話をして、二人は顔を見合わせると、クスッと笑った。
「今じゃ、事あるごとにここを訪れて、薬草を貰ってるわね」
「あぁ、そうじゃの。今回は何のために、あの薬草を使うんじゃい?」
「ネメアちゃんがヤバくなった時のための、切り札かしら」
問いに答えると、クレタはネメアの元まで走っていった。
「ネメアちゃん、薬草採った?」
「はい、五本ほど。でもこの薬草、全く見たことがないですね。店でも売られてないような……」
「当然よ。これは魔力のステータスを、一時的に二倍へできる、ここにしか生えない薬草なんだから。
普通の町の店に、売られていることなんてないわ。あったとしても、貴族向けの店に、ごく稀に超高額で売られている程度よ」
「えぇっ!?」
口をあんぐりとさせ、ネメアは思わず、採取した薬草を落とした。
「これ、そんなに凄い薬草なんですか!?」
「えぇ。だから、薬草採取の依頼を受けた時、採った薬草はギルド側で買い取ってもらうルールになってるけど、この薬草は渡しちゃ駄目よ。
ギルド側が、この薬草を悪用したり、適切でない業者に高額で売り付ける可能性があるもの。
この森を出たら、もう一つ別の森に入って、普通の薬草を採取しにいくわよ」
ネメアはげんなりと肩を落とした。
「うへぇ、まだ依頼を達成できないんですね」
「しょうがないことよ。でも、森を出るときはとっておきの方法を使うから、楽しみにしていてちょうだい」
クレタは怪しげに目を細めた。ネメアは小首を傾げながら小さく頷く。その後、二人合わせて20本薬草を採取し、アイテムボックスにしまった。
巨木の精霊にお礼と別れを告げ、二人は森の出口へと向かう。クレタがネメアを背負い、森の中を駆け抜けた。時々大きくジャンプをして、道を飛び越す事もある。
クレタに背負われたネメアは、森の景色が風のように過ぎ去っていき、頭がグワングワン揺れて気持ち悪くなった。途中何度か吐きそうになったものの、気合いで持ちこたえる。
森の出口に到着した時、疾走していたクレタは疲れている様子をいっさい見せず、「あー、楽しかった」と呟いた。逆に、背負われていただけのネメアは、ヘトヘトになっていた。
「クレタさん、飛ばしすぎです…………」
「私の中ではゆっくり走っていたほうよ。そんな事より、ステータスカードを見てみましょう」
クレタの提案に頷き、ネメアはドキドキしながらカードを取り出した。これだけ頑張ったので、成果が出ていてほしい。
カードに書かれている事を見た二人は、途端に「あっ」と声を出した。
『ネメア・レオ』
攻撃力 52/100
防御力 50/100
素早さ 69/100
武器を扱う技術 65/100
魔力 50/100
身体能力 54/100
心の底から沸き上がってくるような、大きな喜びや感動は訪れなかった。しかし、二人は静かに微笑んだ。
「良かった、全体的にステータスが上がってます。しかも、素早さと武器を扱う技術は、60以上になりました」
「平凡から脱却する、第一歩を踏み出したわね。これからも着実に、ステータスを上げていきましょ」
「はい」
返事をし、ネメアは続けて疑問を口にした。
「でも、こんなに早く成長できるなんて思いませんでした。普通、Bランクパーティーが倒しにいくぐらいの強さの魔物を5体ほど倒さないと、ステータスは上がりませんよね」
「気づいたわね。それが、私の修行のポイントよ。ネメアちゃんは今回、体がヘトヘトになるまで頑張ったわ。人間は限界を迎える度に、その上限が上がっていくのよ。そして、目の前の困難を乗り越えるために、いつも以上の力を発揮できるの。
つまり、体に危機感を覚えさせることによって、早く成長しなきゃって気にさせてるのよ。だから、一気にステータスを上げることができたってわけ」
「なるほど!」
クレタのアイデアに感銘を受けながら、ネメアはステータスカードをズボンのポケットにしまった。
それから二人は別の森に行き、適当に薬草を三十本採取して、冒険者ギルドへと向かった。もう、空は橙色になっている。
受け付けにいる係員に薬草を渡し、依頼リストに「達成」の判子を押してもらうと、薬草を買い取ってもらった。それほど高い値はつかなかったが、夕食代ぐらいにはなりそうである。
銅貨十枚と銀貨一枚の入った袋を持って、二人は受け付けから離れた。その時ネメアは、二人の男がコソコソ行っている会話が耳に飛び込んできた。
「なあ知ってるか? アレスパーティーの奴ら、つい先日仲間を解雇したと思ったら、もう新しい仲間を雇ってたぜ」
「知ってる、知ってる。しかも今朝、あいつらまだAランクパーティーなのに、Sランクパーティーじゃないと倒すのが難しいって言われてる、ヒュドラの討伐依頼を受けてたぜ」
「げっ、マジかよ。あいつら出世したいからって、生き急いでるよな」
ネメアは、無意識に肩が上がっていくのを感じた。
アレスさん達がもしも依頼を達成したら、俺はまた馬鹿にされてしまう。追放して正解だったと言われるかもしれない。
額に汗をかきながらクレタに目線を送り、ネメアは焦り混じりに尋ねた。
「クレタさん、次はどんな事をするんですか?」
爪先から頭の天辺までネメアの姿を目で辿り、クレタは笑顔で答える。
「まずは服を買いにいきましょ。そんなボロボロの格好のままでいたら、みっともないわ」
「いや、そうじゃなくて。どんな依頼を受けるんですか?」
「そうねえ、何がいいかしら」
顎に手を当てて、クレタは上の方を見た。やや間があって、彼女は首を横に振った。
「思い付かないわ。とりあえず今日は、ゆっくり休みなさい。明日は買い出しに行きましょ。修行は急いでやるものじゃないわ」
「…………そうですね」
ネメアは浮かない顔をして、チラリと受付けの方を見たが、クレタと共に冒険者ギルドを出た。
それから服屋に立ち寄って、新しい上着とズボンを買い、それに着替えた。店には入らず、外でネメアが買い物を終えるのを待っていたクレタは、出てきた彼を見てクスリと笑う。
「ネメアちゃんったら、気合い入ってるわね。丈夫な牛の革のジャケットに、レザーパンツだなんて」
「アレスさん達に、負けたくないので」
眉を上げ、ネメアは勇ましい顔になった。闘志がみなぎり、右手は拳をつくっている。しかしクレタはそれを見て、笑みを消した。
「アレスさんって言うのは、貴方を追放した意地の悪い男の事よね。あいつらより強くなりたくて、焦ってしまう気持ちはよく分かるわ。だけどそれじゃあ、貴方も同類になってしまうわよ。
休むときはしっかり休んで、冷静になる時間をつくる。そうしないと、考え無しに突っ走って、危険な目に遭ってしまうわ」
忠告されて、ネメアは俯いた。クレタさんの言っていることは正しいけれど、追放された悔しさを乗り越えるためには、早く強くならなくちゃいけない。アレスさん達に、先を越されたくないんだ。だから、今すぐにでも強い魔物を倒しに行きたい。
納得できていないネメアに、クレタは一言いった。
「急いで叩いた剣よりも、時間をかけて叩いた剣の方が、上質なものになるのよ」
目を大きく開けながら、ネメアは顔を上げた。胸の奥に、爽やかな風が吹き抜けた気がした。
指先に込めていた力が抜け、ネメアが落ち着いたと分かると、クレタは彼の腕を掴んで歩きだした。
「さ、夜ご飯にしましょ。美味しい料理を出してくれる宿屋を知ってるの。今夜はそこに泊まるつもりよ」
「分かりました。部屋は別々にしますよね?」
「あらぁ、それじゃ寂しいわ。一緒の部屋に泊まりましょ。でも、夜中こっそり手を出しちゃ駄目よ」
「し、しませんよ、そんなこと!!」
ネメアは耳を真っ赤にし、大声で否定した。それでも、宿屋へと向かう道中、内心ワクワクが止まらなかった。ついに添い寝できるのではないかと期待する。
だが、泊まった部屋には離れた間隔で二つベッドがあり、結局ネメアの望みは叶わなかったのであった。
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