星間覇道 ― 辺境宙域の叛乱 ―
黒鯛の刺身♪
第1話……死んだ星に笑い声
ヴァルカン星――かつて鉱脈の豊かさで知られ、銀河聖帝国の各地に金属鉱石を送り出した辺境惑星である。
だが最盛期はとうに過ぎ去った。主要鉱脈は枯れ、今も稼働する鉱区は数えるほど。
赤褐色の大地には廃坑と錆びた掘削機械が並び、人口も二十万を割り込んで久しい。
帝国にとっては、もはやどうでもよい辺境の一領地。
この衰退した惑星を治めるのは地方貴族アストレア子爵家であった。
彼らはかつての威光を辛うじて保っていたが、領民の不満は膨らみつつあった。
――その夜、領主館を覆うシールドが突如として沈黙する――。
◇◇◇◇◇
アストレア子爵邸の衛兵の体が、静かに崩れ落ちる。
外周センサーは無効化され、自動迎撃銃座は反応しない。――内部から暗号を解かれたのだ。
直後、屋敷を取り囲んだのは、子爵の重臣であるルシアン・クロイツ準男爵の私兵部隊。
無音走行の装甲車が並び、暗視ゴーグルの兵士たちがレーザーライフルを構えて突入する。
壁を切り裂く切断ビーム、炸裂する閃光グレネード。屋敷は一瞬にして戦場へ変わった。
「ルシアン……裏切ったか!」
寝間着のまま、年代物の短剣を握ったアストレア子爵が廊下に姿を現した。
護衛兵たちも銃を構えるが、私兵の携行シールドに阻まれ、すぐさま返り討ちにあう。
「子爵殿。あなたには民衆の敵として死んでもらう。今日からこの惑星は私が治めるのだ」
クロイツの一声と同時に、赤色レーザーが走り、子爵の胸を焼き抜いた。
鈍い倒壊音が広間に響く。
二階の回廊でその光景を目にした少年、ユリウス・アストレアは声を失った。
震える両手を握りしめた瞬間、背後から老家臣グレゴールが駆け寄る。
「若君、急ぎますぞ!」
「父上が……!」
「もはや抗う術はございません! 生き延びることが御家の責務です!」
二人は緊急用の搬送トンネルへ滑り込んだ。
床のリニアガイドが青白く光り、貨物用カプセルが自動的に発進。
数秒後、屋敷の外周区画にある脱出ハンガーへ到着した。
そこに隠されていたのは、小型の軌道離脱艇。
旧式だが短距離ワープ機能を備えており、この惑星から脱出するには十分だった。
「若君、これに乗ってください。……生き延びるのです。必ずや、アストレアの血統が報われる日が来ます。」
ユリウスは涙をにじませながら、無言で操縦席に腰を下ろした。
艇体の推進ノズルが赤熱し、機体が浮上。
燃え盛る屋敷を眼下に見下ろしながら、ユリウスはただひとつ言葉を絞り出した。
「……父上……!」
小艇は加速し、成層圏を突き抜けて漆黒の宇宙へ旅立った――。
◇◇◇◇◇
小型の離脱艇は、赤褐色のヴァルカン星を背にして加速していた。
振動で軋む機体は旧式の設計で、耐久は心許ない。だが推進炉は健気に火を噴き、薄い大気を突破して漆黒の宇宙へと飛び出した。
青白いプラズマ光が窓の外で尾を引く。
ユリウスはシートに縛りつけられ、震える指で安全ベルトを握りしめていた。
老家臣グレゴールが隣席で必死に航法レバーを操作する。
「……重力圏を離脱。よし……!」
老いた声にかすかな安堵が混じった、その瞬間だった。
警告灯が赤く点滅し、艇内に警報音が響き渡る。
外部センサーが捕捉したのは、後方から急速接近する複数の熱源――。
「くそ、追手か! クロイツ派の船か?」
グレゴールの顔が蒼ざめる。
モニターに映し出されたのは、武装小型艇の編隊。
真紅のスラスター炎を引き、まるで獲物を追う獣のように離脱艇を追いすがってくる。
「わ、我々は逃げられるのですか……!」
ユリウスの声が震える。
「若君、しがみついておられよ! ……この老骨、身命に賭けてでも、必ず逃がせてみせまする!」
老家臣の手が加速レバーを押し込み、艇体が唸りを上げて前方へと躍り出た。
赤いレーザー光が外殻をかすめ、離脱艇の機体を震わせた。
警告灯が一斉に赤く点滅し、パネル上には「外殻損傷」「推進出力低下」の表示が並ぶ。
ユリウスは衝撃でシートに叩きつけられ、喉の奥で悲鳴を呑み込んだ。
「くそっ、このままでは持たん……!」
老家臣グレゴールは汗に濡れた手で、ためらうことなくワープドライブの主スイッチを叩き込んだ。
「座標入力が――」
「間に合いませぬ! 一か八かだ!」
次の瞬間、艇体が白光に包まれた。
視界が裏返り、星空が溶けるように伸び、無数の光の筋がユリウスの眼を刺す。
激しい加速度に全身を押しつぶされながら、少年はただ祈るように目を閉じた。
そして――。
閃光の中から現れたのは、見知らぬ宙域だった。
艇体は火を噴きながら回転し、慣性を殺せず岩塊の群れへと突っ込んでいく。
眼前には、恒星の光を反射する大小無数の小惑星帯。
離脱艇は制御を失い、巨大小惑星の表面に叩きつけられた。
緊急逆噴射で減速はしたものの、機体は砂礫を巻き上げながら滑走し、外殻を歪めて停止する。
コクピットの計器は真っ赤に点滅し、「航行不能」の文字が点滅していた。
――すべての衝撃が去ったあと、耳に残ったのは自分の荒い呼吸音だけだった。
宇宙の静寂が、壊れた艇を包み込んでいた。
「若君、ご無事で……」
呻きながらグレゴールはハッチを開く。薄暗い艇内で二人は簡易宇宙服に身を包み、ヘルメットを装着した。
酸素残量は数時間程度。ここで救助がなければ命はない。
気圧調整のランプが緑に変わる。
エアロックが開き、彼らは灰色の岩肌に足を下ろした。
重力は弱く、一歩ごとに体がわずかに浮き上がる。周囲は鉱石と砂礫に覆われ、遠くに赤い恒星の光が淡く差し込んでいる。
離脱艇を後にした二人は、宇宙服を着込んで荒涼とした地表を進んでいた。
灰色の砂礫は靴音を吸い、ただ呼吸器のノイズだけが耳に響く。
やがて岩壁の向こうに、朽ちかけた居住ドーム群が現れた。
崩れ落ちた補給タンク、ひび割れた窓。まるで時間が止まったように、……そこは死んだ街のようだった。
「……昔の採掘コロニーですな」
老臣グレゴールの声が、ヘルメット越しの通信に重々しく響く。
ユリウスは不安げに周囲を見渡した。
看板にはかすれた帝国文字――《第七採掘コロニー》とある。
息を潜めながら進むうち、ユリウスは奇妙な違和感を覚えた。
完全に放棄されたはずの建屋の一つ、その扉の隙間から、微かに光が漏れていた。
そして――静寂の中、誰かの笑い声のようなざわめきが、確かに響いた。
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