第3話 リニューアルの始まり

 清明せいめいお祖父ちゃんのナポリタンは、本人の希望で大振りのお椀に入れて出している。それをお箸でたぐって食べる。ナイフやフォークなどの洋食のカトラリーを使うのが苦手なのだ。お椀に入れるのは、左手で持ち上げて食べやすくするためである。


 清明お祖父ちゃんは霊体なので、本来ならお食事の必要は無い。もともとこのカフェも、今と同様軽食はあったものの、全てがインスタントやレトルト、冷凍食品だった。


 パスタならミートソースやたらこに明太子、クリームソースにカルボナーラだって、今やほとんどのフレイバーのソースがスーパーなどでお手軽に手に入る。ピラフなら冷凍食品がたんとある。


 これまでの運営者はやる気が無かったのか、と問われると、羽菜はなは苦笑するしか無い。なにせここの運営を任されるのは、陰陽師としては落ちこぼれの人間なのだ。能力が足りず、陰陽師としての役割を果たせないと言われているということである。腐ってしまっても仕方が無い。羽菜がそうならなかったのは幸いだった。


 ここは陰陽師しか来ないカフェなので、お食事のクオリティはさほど気にしていなかった様だ。とはいえ昨今はインスタント、レトルト、冷凍食品でも美味しいものがたくさん出ているし、そもそも金銭の授受が発生するお店では無いので、きっと誰も何の文句も無かったのだろう。


 だが。




 羽菜が大学を卒業した22歳の春、先代の里子さとこおばちゃんからここを引き継いたとき、レトルトなどを続けても良いのかな、と最初は思った。その方が楽だし、洗い物も少なくて済む。食品ロスも出にくいし、このカフェにはそれが良いのだろうな、なんてことも思った。


 だが、このカフェはその特性から、忙しくなることがほぼ無い。要は退屈してしまうのだ。清明お祖父ちゃんはずっといるが、ふたりで何かするわけでも無い。清明お祖父ちゃんは先代の誰かか、出入りしている陰陽師の誰かに教わったのか、タブレットに夢中だったりするし、となると羽菜もスマートフォンなどに頼ることになる。


 しかしそれもずっとは続かない。お話をしたりもするのだが、手持ち無沙汰な時間が多かったりするのだ。


 いちばん気になったのは、やりがい、である。このカフェは大阪の陰陽師にとって、安倍晴明あべのせいめいに教えやアドバイスを請うことができる大切な場だ。清潔を保ち、良い雰囲気を作り、憩いの場にもなる様に努めなければならない。


 しかしここに来る陰陽師たちは勝手知ったるで、みんな思い思いに過ごしている。羽菜が特に何かを働きかける必要も無い。それはそれで楽と言えばそうなのだが、なら羽菜は何のためにここにいるのかと感じてしまう。


 もちろん訪れた陰陽師たちにドリンクやお食事を出し、お話を聞いたりするのも大事なお役目である。だがコーヒーはインスタント、紅茶はティパック。烏龍茶やジュース類はペットボトルである。無駄を省いて効率を重視していると言えばその通りだが、もっと羽菜にできることがあるのでは、と思ってしまうのだ。


 そこで羽菜は、清明お祖父ちゃんに相談をする。すると。


「お、ええんちゃう? そうやなぁ、とりあえずやってみるか? 細かいとこはやりながら詰めてったらええんやし。それができるんも、閑古鳥が鳴いとるここの利点や」


 閑古鳥て。しかしぐうの音も出ない。特性があるとはいえその通りだからだ。


 このカフェの閉店時間は20時である。開店時間は11時。閉店後でも、あべのベルタに入っている関西スーパーは営業中だ。羽菜は閉店後のお掃除もそこそこに、お財布とスマートフォン、エコバッグを入れたショルダーバッグを肩に掛け、清明お祖父ちゃんに見送られながらカフェを出た。


 このカフェ、表向きは公園の整備中の一角、その場所はあべのベルタの裏側なのである。なので目の前にある大きな建物があべのベルタそのものなのだ。


 最寄り駅は大阪メトロ谷町たにまち線の阿倍野あべの駅、もしくは阪堺はんかい電車の阿倍野駅。とはいえメトロ御堂筋みどうすじ線や近鉄電車、JR西日本などが乗り入れている天王寺てんのうじ駅も充分徒歩圏内。行き先によって使い分けている。


 あべのベルタの裏側にある自動ドアから入り、通路を辿って、エスカレータで地下1階の関西スーパーに向かう。もうすっかり慣れていて最短距離だ。


 このあべのベルタ、天王寺の中心街からほんの少し外れていることもあり、シャッターが降りてしまっているテナントが目立つ。だがビルの5階から上が高層マンションになっていて、生活に必要な店舗、それこそ関西スーパーなどは賑わっているのである。


 関西スーパーの閉店時間は22時。そう急ぐことは無い。羽菜はカートを押しながら、目当てのものをかごに入れていった。スーパーの敷地内にある100円ショップワッツウィズにもはしごしたのだった。

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