儚い、悲しい、思い出

「大丈夫ですよ、お嬢様。わたくしが、最後までお側におりますから」


「貴方は冷酷ではありましたが、それでも私は貴方のことを愛していました」


「貴方に出会えてよかった……」


「ねえ、おれじゃ、だめ? 本当に。……っあんたに幸せになってほしかった。でも、やっぱり……遠くに行っちゃうのはイヤだ」


「兄ちゃん! いやだ! おれも兄ちゃんと行く! どこまでもいっしょに行くんだ! ずっといっしょなんだ、おれたちは、ずっと……!」


「お嬢様、この季節になると、わたくし思い出すのです。貴方がまだ幼かった頃を。花を摘んできては、嬉しそうにわたくしの手に渡してくださるんです。そのお姿は天使そのもので……。貴方のいなくなったお屋敷は、随分と広く感じます。貴方の側に、もう少しいとうございました。このジュースがお好きでしたでしょう? 今日は晴天です。小鳥もチュンチュンと鳴いております。……そちらはどうですか? お元気でしょうか。わたくし……わたくしも、健やかに過ごします故、どうか貴方も……これからは笑って、走って、お元気でいてください」


「兄上……一度で良いのです。夢で良いのです。ですから……ですから……拙者もう一度、あなたに会いとうございます……」


「もう一回、あの子の手料理食べたいなぁ……」


 貴方への忠誠を誓い、身を捧げ……私は頑張ってきたと思います。たとえ貴方と結ばれなくとも、お嬢様の笑顔が私の心の支えでありました。出来るなら、最期までお側にいたかった……。


 一緒に金平糖を食べた。僕にはただ、それだけでよかった。他には何もいらなかった。

 今、手の上にあるそれをひとつ摘んで、口へ放る。甘い、砂糖の味。あの日と同じ……。


 あなたが居なくなった教室。

 日が沈み始めた頃、入り口でそれを振り返る。誰もいない、何も変わらない、いつもの時間。……なのに、どこか寂しくて。何か言おうと開いた口からは何も出てこない。

 冷たい空気に、私はまた口を閉じた。


 拙かった。間違いだらけ、偶に止まって。だけど確かに優しくて、温かくて……。あなたと毎夜のように弾いたピアノ。

 もう完璧に弾けるけど、今もずっと私の中であの音は生きている。優しく、優しく、鍵盤に触れる、あなたの影も、ずっと……。

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