彼女たちは腐っているし、彼らも十分腐っている
凰 百花
第1話
「さあ、これからが本日のメインイベントよ」
「ココに来るまでも長かった~」
「あら、でも、十分楽しめたじゃない」
キャッキャと三人が言葉をかわす。薄暗い中なのに、慣れた様子でこれからはじまるイベントに向けてグッズや装備のチェックに余念がない。これから向かうイベント会場への準備は怠らない。
「荒廃したビル群の中の総攻め、尊かったわ」
ほうっと息を吐いて語る双葉の双眸は輝いていた。
「アレスのあの絶対的な支配者的ムーヴ。次から次へと惹きつけられてあいつらが陥落していく姿がたまらなかったわ」
「お前たちは、俺に逆らうことは許さない的な」
「煩雑に扱っているようなふりをして、その癖一人ひとりを慈しむようにしっかりとトドメを刺していく姿は、エモかったわ」
一華は親指で自分の首を切るようなジェスチャーをする。
「くぅっ。お前はもうこれで俺だけのものだ。俺の楔で永遠に封じてやる。
やっぱりアレスにはバンバンに次から次へと獣のように攻めていってもらわないと。体力馬鹿な如く」
双葉の目がイっている。
「時間をかけてルート確保して
うんうんと一華が頷く。
「三果の
「もう、敵も腰から肩までどっぷりハマってくれてたものね」
「廃工場も良かったわ」
「ああ、工具を持った自分よりも大きな男たちとの対決。尊かったわ」
「アレスはいつだって攻めだよね。受けは絶対無い。でも、受け側のアレスも見てみたい気が……」
三果のこぼした言葉に、双葉が強烈に反応する。
「何言ってるのよ、それは邪道よ」
「ああ、ごめん。地雷踏むつもりはなかったのよ」
「ほんと、あなたは地雷を撒くのが好きよね」
一華が二人のやり取りをみて、ほうっと息を吐く。
三人娘が隅の方で盛り上がっている前には金属の大扉がある。その扉に手をかけた男がチラリっと三人の方をみてから、そっと息を吐いた。扉の前に集合した人々に緊張が走る。
「皆、用意はいいな。いくぞ」
男の言葉に一華がワクワクしてそっと隣の双葉達に囁く。
「アレスの登場。メインイベント、開始よ。たっぷり
「任せて、一華。準備は万端よ」
にやりと双葉が笑み、隣の三果も頷く。
三人は別次元の緊張感の様だ。いつものことなので、周囲の人々は気にしない。
アレスと呼ばれた男、このクランのリーダーが扉に手を付けると、大扉が軋みながら開く。部屋の広さは、東京ドーム4つ分はあるだろうか。その中に待ち構えるのは多数のゾンビ。
「邪魔だ」
アレスは眼の前の敵を鬱陶しそうに一睨みし、その右手の刀から光の刃を伸ばして入口付近にいたゾンビを薙ぎ払う。刃の光に当てられたゾンビ達は次々と首を落としていく。待機していたクランのメンバーがそれを合図に中になだれ込む。
ゾンビダンジョン1階層のボス部屋。数多あるウォーキングゾンビ、スプリンターゾンビが襲いかかる。中にはどデカいレンチやハンマーを振り回す大柄な体躯を持つレイバーゾンビもいる。
「ひゃっふー」
双葉は大きなハンマーを振り回し、ゾンビたちの頭を潰していく。三果は細い鉄線を操って、次々にゾンビの頭を落としていく。
一華はスカウターで周囲の状況を解析し、いち早くこのボス部屋の主である変異種ゾンビのオリゴティラスの居場所を特定し、そこまでの道筋を計算する。ボスゾンビの固有名詞については三人娘は勝手にクロノスと名付けていた。
「いたわ。二人共ここから三時の方向、距離にして六〇〇よ。リーダー、オリゴティラス発見。座標軸、送ります」
通信機でクランリーダーのアレスに連絡を取る。
「さあ、特等席へ向かうわよ。私たちの推しクロノスはこの先にいるわ。イベントの見逃しはなしだからね」
そうしてから、双葉と三果に声をかける。
「勿論」
「まかせて」
三人は道に塞がるゾンビたちを蹴散らしながら道を開き、彼女達はクロノスの元へと向かう。
開かれた場所、周囲にレイバーゾンビ達を従えたクロノスがそびえ立っていた。他のゾンビ達よりも二回りほど大きな体躯の存在だ。手には棍棒のような武器を持っている。
「供給源は任せておいて」
一華がウィンク一つで二人に合図する。彼女が指先で指示するだけで飛ばした
「ふ、ふ、ふ。私の能力は公式データ確保のためにあるのよ」
「ほんと、一華といると楽よね。敵さんの弱点はピンポイントで教えてもらえるんだから」
にまっと双葉が笑う。彼女の視界には、一華によって共有されたAR情報が重なり、襲い来るゾンビ達の急所が青く輝いて見えている。一華とリンクしている他の仲間たちも同様だ。
「公式のデータはすべて私の手の中よ」
惜しむらくは彼女には攻撃力がない。一切ない。そこで双葉と三果の出番となる。
「おうよ。よけいな雑魚はこちらで手を打たないとね。アレ×クロを十分堪能できないもの」
双葉の構えるハンマーが今度は死神の鎌の様になる。大きな鎌がゾンビの首を薙ぎ払う。
三果の十指から鋼糸が伸びる。鋼糸は一時的な結界を作り出し、この間に新たな敵は侵入できない。
彼女達がそこへ辿り着いた時、クロノスと対峙していたのはアレスではなく同じパーティーメンバーの剣士のムサシだった。アレスは後方でヒーラーのエリカに手当てを受けている。ムサシはクロノスの剣戟に押され気味だがなんとか持ちこたえている。
「まあ、アレスが他の女、エリカといちゃついているのが、許せなくってムサシなんかを相手にしてるわ」
双葉が声を上げる。
「クロノス、スキャン終了。2人とも、クロノスはかなりトリッキーよ。リーダー、クロノスのデータ送ります」
「あれは女と一緒にいるアレスに怒って、エリカを攻撃したのよ。それをアレスが庇ったものだから。ムサシなんかといちゃついてるんだわ」
「クロノスは自分の体液を刃物にして攻撃を仕掛けてくる。物質に当たればそれを腐食させ、肌に当たれば切り裂くのよ。でもモノを腐食させたら、そのまま人の肌も焼くわ」
「嫉妬して、他の女を寝取ろうとするなんて」
三果はウキウキとそんな事を口にする。
アレスの左側の鎧が溶けかけているのはそのせいだろう。一華は収納空間に手を入れてゴソゴソと作業すると、何かを取り出して、それを球体に持たせる。球体は、それをアレスのところまで持っていき、溶けた鎧に中にあった液体をぶちまけた。
すると、張り付いていた鎧が粉々になって崩れた。
「クロノスの体液の中和剤よ。即効で作ったから、中途半端ね。やっぱり観察して鑑定するだけじゃなくて現物も採取しないと」
体液で溶け爛れ張り付いた鎧によって怪我が治療できなかったのが、鎧がとれたことで溶けかけた皮膚が一気に癒されていく。
ムサシの打ち出す剣戟をクロノスは棍棒で受ける。何度かの打ち合いでムサシが左側から切りかかった剣を棍棒で受けたクロノスはその刃を握った。切れた腐肉から溢れた体液が流れてムサシの剣を腐食させ、半ばから刃が折れる。それによってムサシの体勢が崩れた瞬間に、ムサシに向かって大量の体液を吐き出した。吐き出された体液は、勢いをつけてムサシの身体をふっ飛ばした。
ゲヘゲヘと笑ったかのような声を立てたクロノスは、ムサシに止めを刺すために向かおうとしたが、アレスに阻まれた。アレスは上半身を素に晒したままに、クロノスに向かいあう。
「やっぱり、クロノスと対峙するのはアレスじゃないと」
双葉が嬉しそうだ。
「クールタイムは10分」
一華が声を上げる。次の体液を吐き出すまでの時間だ。彼女は吹き飛ばされたムサシに駆け寄り、体液を採取する。収納してしまえば、どんな物質だろうが問題ない。
「
それから、ムサシに中和剤を振りかける。側で警戒している双葉が襲いかかってきたレイバーゾンビの首を飛ばす。ムサシの治療のためにエリカが来たので、後を任す。
振り向くとアレスとクロノスが対峙している。クロノスとともにいたレイバーゾンビは、すでに尽きたようだ。
クロノスの頸元には赤い光が灯る。あれは一華が見せているモンスターの不可侵の場所を示す。意味としては、そこを攻撃した場合にモンスター側から手酷い反撃が繰り出される場所だ。
「すっご、ゾンビの弱点のはずなのに」
アレスはクロノスに斬り掛かっては、その分厚い腐肉を徐々に削ぎ落としていっている。一華からのデータ解析によって得られた情報を元にした行動だ。
腐肉に覆われたその中にある魔石を剥き出しにして直接砕くしか、クロノスを滅する方法はないという。しかも、次の体液による攻撃準備時間が完了すれば、それまでに負った傷は回復してしまう。彼の刀は聖魔法で覆われているために、クロノスの体液でも溶かすことはできないようだ。
ふっと挑戦的にアレスの口角が上がったのを三人は見落とさなかった。
「ふほ、全身を優しく削ぎ落とすかのような愛撫」
「エモすぎてしんどい」
そんな事を言いつつも、一華は冷静にアレスに告げる。
「残り時間、1分」
ようやく胸元に青い光が瞬いた。アレスがそこを狙って刃を突き出す。
「跡形もなく消えうせるがいい」
クロノスの身体が、ボロボロと崩れ落ちていく。アレスが息を荒くして刀で自分の身体を支えて、片膝をつく。ムサシとエリカが彼に駆け寄った。
第二層に続く階段への扉が開く。
「お前、腕とか治療してもらえ。肉片に触れた場所とかが体液で汚れて傷ついてるぞ」
エリカがアレスに浄化をかけてから治療を始める。群がっていたゾンビは消失し、他のパーティメンバーたちもこちらへ向かってきている。
「体液で汚れている……」
「うわー」
三人娘がなにか
「今日の供給も最高!」
多くの素材が辺りにばらまかれている。
「刃は迷いなく心の奥底の大切な部分を刺し貫く。生と死の境界が曖昧になっていくその感覚にひたりながら、血の香りが辺りに立ち込める。アレスは最も甘美な破壊をその身に刻む。
ふぅ~、次の原稿は期待していて! 」
三果は興奮して一華や双葉に語っている。
「あいつらは、仕事はできるし有能なんだが……」
思わずこぼしたアレスの肩をムサシがポンと叩いて、首を振った。
彼女たちは腐っているし、彼らも十分腐っている 凰 百花 @ootori-momo
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