第4話 今明かされる衝撃の事実

 鏡屋に行ってから二日が経った。

 あの玩具みたいなお守りのお陰なのだろう。影女に悩まされることはほぼ無くなっていた。時折視界の遠い片隅にその姿を見ることはあったが、その姿はあの夜のように真っ黒に塗りつぶされ、その詳細を見ることは無い。紫色の小袋を枕の隣に置いたまま、真琴はベッドの上でぼんやりと恭介との会話を思い出していた。




「個人情報保護法や秘密の保持もあるため詳しくはお話できない部分もありますが、お話し出来る範囲でお伝えするならば、川村様は七瀬さんがこういった厄介ごとに巻き込まれる可能性が高いと考えられていたようですね。恐らく、川村様も我々と同業者だったのでしょう。その理由の幾つかが私の見解と齟齬なく語られています。いるんですよね、在野にもこのような優秀なお方が。全く上は頭が固くて嫌になります。しっかりとスカウトをしてほしいものです。……この仕事なのですが、個人の才覚によって行える業務が大きく左右されてしまう為、非常に申し上げにくいことではありますが――、ふぅ。私たちも何とか頑張ってはいるつもりなのですが、思いのほかご依頼の件数が多く、民間の企業にもお手伝いを頂く有様でして……」


 後半は愚痴や言い訳じみていたため真琴はほぼ聞き流していたが、お化け退治の民間委託という言葉には驚いた。思わず「はぁ」と気のない相槌を打つことが精一杯だったが、おばあちゃんが同業者だったという部分には本当にびっくりした。

 また、こんなことに巻き込まれることを知っていたのなら、もっと早めに教えて欲しかったと切実に思う。そして、そこら辺の話は個人情報保護的にはどうなんだろうか?とも、考えてしまう。


 何だか、要らないことまで聞きすぎると後には戻れなくなりそうな、外堀が埋められていくような雰囲気がひしひしと感じられた。だが、恭介は手に持った台帳をちらりと見ると、頭を掻きながらも更に続けた。


「七瀬さんが生まれたその年に、態々しっかりと旧名でご依頼を承っています。その際には随分な喜捨まで頂いているようですね。ありがたいことです。その後も度々足を運んで頂き喜捨を頂いていますね」

「全く知らなかったです」


 時々家を留守にする事はあったが、もしかしてこの鏡屋にでも来ていたのだろうか?そう真琴は思ったが、今となっては確認する術は無かった。ただ、おばあちゃんがずっと自分のことを心配してくれていたのだと思うと、感謝をせずにはいられなかった。

 知らず知らず自然と空にいるだろうおばあちゃんに向け、手を合わせて拝んでいた真琴が目を開くと、恭介は何やら難しい顔をして考え込んでいた。


「どうしましたか?」

「うーん、お伝えできる内容であるか、ちょっと悩んでいます」

「え、そんなこと言われたら気になるに決まってるじゃないですか」

「あ、そうですよね。いや、失敗しました」

「……思いっきり難しい顔をされていましたよ」

「隠し事には向かない性格のようです」


 恭介は眼鏡を少し上げ、眉間を揉みながら溜息をつく。


「……ここからはオフレコでお願い致します。本来はもう少し先にお伝えするつもりでした」

「分かりました」


 真琴は少しだけ緊張しながら次の言葉を待った。


「影女は昔から七瀬さんの周りにいたようです。ただその際には無害といえる範囲内で存在していたようですね。ですが、川村様はそれがよくないものだと分かっておられたので、こちらに予めご依頼をされていたと考えられます。私もまだ見ていないのではっきりとしたことは言えませんが、恐らく今回の件と同一のものでしょう」

「じゃあ何で無害だった影女が突然見えるようになって私の周りに現れるようになったんでしょうか?やっぱり肝試しをしたのがいけなかったんでしょうか?」


 昔からあれが周りにいたと言われ、血の気が引く思いがした。思わず早口にもなるだろう。おばあちゃんは巻き込まれることを知っていたというより、こうなることが分かっていたのだろうか?

 真琴は聞かなかったほうが良かったかもと後悔しながらも、疑問を口にしていた。


「全く関係が無いとは言えないでしょうね。教室で見た影は件の影女で間違いないでしょう。ただ、それだけが原因で影女が急速に接近したとは思えません」

「じゃあ何で……」

「分かりません。それを探すのが今回のご依頼の鍵になりそうですね。あと川村様は恐らくですが、七瀬さんに不必要な恐怖を与えなくなかったのだろうと思いますよ。もしかすると、その機会が訪れなかった可能性もありますので。ですので、深くお考えにはならないで下さい」


 恭介はそういうとあの笑顔を浮かべ言葉を切った。つまり話はここまでと言う事だろう。


「では、ご期待に添えられるよう努めます」

「……よろしく、お願い致します」




 その後念のためという事で、自宅付近まで恭介が社用車で送ってくれた。白のよく見るワゴン車から降りる間際、思い出したように渡された名刺の裏に個人の物だろうか、電話番号を書き足してくれていた。何かあれば直ぐに連絡をするようにとの事だった。

 

 幸いにして、あれからこちらから連絡をする事は無く、向こうからの連絡も無かった。若干の不安はまだ残っているものの、ある程度は以前のような生活を送ることが出来ている。本来楽天家な性格の真琴は、影女の直接的な害が無くなったなら、このままでも良いかも知れないと本気で思っているほどだった。


 ベッドから起き上がると思いっきり伸びをした。久しぶりに昨日は良く寝れたようで頭はすっきりしていた。

 ふと思い出し鞄を開くと眼鏡ケースを取り出した。思い切ってケースを開けると眼鏡をかけてみる。直ぐにぼやけた世界は実線を取り戻した。


 思えばあの日に突然鏡屋のことを思い出したのは偶然なのだろうか。おばあちゃんが思い出せるように力を貸してくれたのだろうか。多分恭介が言っていたように私のことを守っていてくれたのだろう。

 真琴はそう結論付けると、少し汚れていた眼鏡のレンズを袖で拭いた。

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