第2章:企業交流会に挑んでみた
リード文:
慣れない空間、ぎこちない会話。それでも人との繋がりは少しずつ生まれていく。
初めて“自分以外の発達特性を持つ人”と関わる夜が、由紀夫の心を動かし始める。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「なぁ由紀夫、今度の金曜、異業種交流会ってやつ行かない?」
その誘いは、昼休みに長久手豊が唐突に切り出したものだった。
会社の休憩室、味気ないお弁当を食べながら、豊はどこか楽しそうだった。
「え、交流会?俺、そういうの苦手で……」
「まぁまぁ、行くだけタダだし。社会人ならこういうとこで顔つなぐの大事だって!」
豊は相変わらずマイペースに笑っている。
(お前は“後でやるから”って言って、仕事何もやらないタイプだろ……)
由紀夫は心の中で小さくツッコミを入れた。
金曜の夜。
指定された会場は、古奈美駅近くのビジネスホテルの宴会ルーム。
「交流会」と聞いて堅苦しいスーツ姿を想像していたが、会場にはカジュアルな格好の人も多い。
由紀夫はジャケットに黒のシャツ、少しだけ前髪を気にしながら会場を見渡した。
(……みんな、自然に話してるな)
円卓の周囲で笑顔が飛び交う。名刺交換、軽い自己紹介、趣味トーク。
どれも「普通に」できる人たちの動きだった。
「由紀夫、こっちこっち!」
豊がピザを手に取りながら声をかける。
「こういうのは食ってなんぼだよ!緊張してるとバレるぞ!」
「そ、そうですか……」
一口かじったピザがやけに熱い。慌てて飲み込もうとして、軽くむせた。
(……やっぱり俺、場違いだな)
そんなとき。
背後から聞き覚えのある声がした。
「おや、牛乳瓶メガネの人じゃないか。いや、もうコンタクトだったか?」
振り向くと、そこにいたのは――古橋。
カフェ・ノットで出会った、あのもじゃもじゃ頭の男だ。
「ふ、古橋さん!?」
「おう、西尾くん。ここにも来るんだなぁ。俺も知り合いに誘われてさ」
古橋はグラスを片手に、にやりと笑った。
「お、ここの料理、案外いけるな。あ、ピザ冷めてんぞ」
「……いや、さっき熱すぎて……」
「熱い?君、人生のピザも冷める前に食えないタイプか?」
「は、はぁ……」
豊が笑いながら近づく。
「古橋さん、由紀夫の知り合いですか?」
「まぁな。カフェでちょいとね。そっちも知り合い?」
「ええ、会社の同僚っすけど」
「なるほどな。君は……“後でやるから”って言ってやらない顔してる」
「うっ、図星……!」
その場が一瞬で笑いに包まれた。
由紀夫は、あのカフェと同じ空気を感じた。
張り詰めた空気を、誰かの軽口がほどいていく。
気づけば、初対面の人とも少しずつ話せるようになっていた。
「人の輪に入れないときは、無理に話さなくてもいいけど、
誰かの話に“うんうん”って頷くだけでも十分だぞ」
古橋の言葉がやけに胸に響く。
(……俺、少しは変われてるのかもしれない)
交流会が終わる頃、古橋が声をかけてきた。
「なぁ西尾。今度、カフェ・ノットじゃない別の集まりがあるんだ。
恋愛とか、対人関係の話をゆるーくする“夜会”ってやつ」
「よ、夜会……ですか?」
「そう。大したもんじゃないけど、発達障害の既婚者とか、経験ある人たちが
“どう恋愛してきたか”を話したりするんだ。西尾くんも来てみない?」
由紀夫は少し迷った。
でも、あの夜の空気を思い出した。
重い空気になっても、すぐに笑いに変わる、あの感じ。
「……行ってみます」
「よし、それでいい」古橋が笑った。
「人生、“後でやる”じゃ遅いからな」
隣で豊が「うぐっ」と小さく呻く。
会場を出た夜の風が、妙に心地よかった。
由紀夫の胸の中には、ほんの少しだけ勇気が灯っていた。
――そして、“夜会”が始まる。
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