プロローグII
避けて殴れば勝てる。
それは言うほど簡単なことじゃない。
当然、初見ボスのモーションは全てが未知数だ。
しかしそれにも限界はあるのだろう。
事前情報では、このゲームのAIにはかなり高性能な物が搭載されているらしい。
時に、その瞬間ごとに最適解を引き出してくる……なんてことも考えられる。
可能性は極めて低いと思うが。
敵の名前は炎獄の翼竜。
シンプルな炎の竜だ。
しかし巨大。
この広間も相当な広さがあるにも関わらず、圧迫感が途轍もない。
竜は鋭い牙の隙間から火炎を漏らし、咆哮とともに灼熱のブレスを吐き出した。
「ギャオオォオオオン!」
俺は飛んでくるブレスを、出っ張った岩を盾にして間一髪で躱す。
荒れ狂う炎の奔流は岩に反射し、エリア全体を覆い尽くすように広がった。
「ぁづっ!」
舞い上がった火の粉のいくつかが頬をかすめ、体力が僅かに削られる。
(「リアリティを突き詰めました!」……じゃねぇよ。見た目が怖すぎんだよ!)
言い訳だ。
自分でも分かるが、そうでもしないと心が、緊張感が持たない。
つう――と頬を冷や汗が伝う。
負けてばかりはいられない。
こちらからも攻めなくては、勝てる勝負も勝てないだろう。
意を決して接近し、ナイフが金属のような鱗に弾かれ、火花が散る。
敵の体力は……案外削れている。3%ほどだ。
単純計算、多く見積もって四十回ぐらい殴れば勝てる、か
敵の攻撃。
その瞬間、腕に小さな痺れが走った。
無理に攻撃したのが祟ったか。
なんにせよ、非常に――
「まっずぃ……!」
竜が腕を振り上げ、鋭い爪が迫り来る。
頭はやけに冷静だった。
スローに感じる視界の中、降りかかる指の隙間を選んで駆け抜ける。
ボスの大きな腕は勢いよく地面に叩きつけられ、砂塵が高く舞い上がった。
赤い瞳が開眼し、俺を覗き込む。
今の攻撃には、確かな覚えがあった。
コイツがここに降り立って、初めてしてきた
見て避けた。
その興奮冷めやらぬままに指に飛び乗り、腕を駆け上がる。
硬質な皮膚は、足場として非常に安定していた。
そして、竜の弱点にも検討が付いた。
このゲームの作り込みへの賭けな部分はあるが……指の隙間、瓦礫での小さなダメージ、そしてさっきの火の粉にすら判定があるんだ。
予感は確信へと変わる。
ずっと目を見開いていたコイツは、あの腕を叩きつける瞬間だけ目を瞑った。
「石が目に入ると痛いもんな!」
考えてみれば当然、生物である以上粘膜は弱い。
狙うは眼球一択。
俺は指に飛び乗り、腕を駆け上がり、顔へ狙いを定めて跳躍。
着地のことはどうでもいい。なんなら遠心力もプラスしようか。
左手に逆手でナイフを握り、竜の左眼球へ突き立てた。
「くっ……く、あははは!」
「グゥゥウウオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ォオ゙オ゙オ゙オ゙!!」
やっぱりな。
思った通り、柔らかい!
天井スライムを沢山狩った甲斐があったな。
刃こぼれの激しいナイフでも、この質感のものを裂く感覚は体が覚えている。
眼孔を抉るようにナイフを走らせ、危なげなく着地。
噴水のように、見ていて面白いくらいの血が吹き出した。
次いで、耳を劈く特大の咆哮。
「……」
頬に返り血がついてしまった。
良いね、三人称視点は。
俺の姿がよく見える。
静かに血を払う俺とは対照的に、ワイバーンは激しくのたうち回る。
HPの減少は……ん? あまり減っていないな。
パッと見で10%だ。HPバーには目盛りが付いている為、見間違いということはないだろう。
徐々に敵のHPを削るこの手のゲームでは破格の数値だが、あの騒ぎ具合を見るとやや不足に感じてしまう。
だが、その理由はすぐに明らかになった。
「スリップダメージか!」
見れば、俺が棒立ちしているだけで敵のHPがぐんぐん減っている。
HPバーの上には見慣れないアイコン。状況からして、失血とか出血とか……その類のものだろう。
どうやら、即興の試みは成功を収めたらしい。
恨めし気な瞳と目が合う。
……あぁ、そういえば俺の瞳も血みたいな赤だったな。
とにかく、あとは油断せず、集中を切らさずに立ち回れば勝てる。
我慢比べだ。
酸欠を起こすくらいの集中力を見せろ。
左手のナイフに神経を集中させ、胸元に構える。
巨体が足踏みをし、体勢を低くした。
――来る。
その認識よりも早く、世界が黒く塗りつぶされた。
何が起きたのか、分からなかった。
気づけば倒れ、空を――洞窟の天井を見上げていた。
上体を起こそうとするが、右腕が痛い。
いや、とんでもなく痛い。
「ぐぅっ……」
落ち着け。冷静になれ。
現実より痛覚は薄いはずだ。
戦闘中に気を失っていたのか? リアルにも程があるだろ。
食らったのは……突進。
あぁそうだ、右腕で咄嗟にガードしたんだっけ。激痛の正体はこれか。
HPはミリ。
最大値からミリ残しで生き残るようになってるのか。
右腕はだらんと垂れ下がり、血が滴っている。
慌てて布を裂いて傷口に巻き付けた。
失血の状態異常は、何も敵だけのものとは限らない。
HPの回復手段はない。
聖職者であれば祈りで回復できたんだっけ。
……いや、余計なことは考えるな。
とにかく、もう一撃食らえば死ぬ。
俯き、息を整える。
「……」
……本当は限界まで粘って、次に活かす為の経験値にするつもりだった。
だが、もうやめだ。
一度でも勝ち筋を魅せられてしまったのだから、しっかりと殺しきってやろう。
それがゲーマーって生き物だ。
敵のHPは約半分。
持続減少が止まり、残りは普通に削るしかない……か。
「……いや、まだあんだろ」
そうだ。
俺はひとつ、初歩的なものを見落としていた。
眼球は二個あるじゃないか。
「目ん玉ひとつで半分なら、もう一個抉れば全損だよな」
眼にどんだけ生命積んでんだよ……なんて考えてはならない。
あくまでこれはゲームなのだから。
方針は決まった。
あとはどう近付くか。
先程と同様に狙うのは、なかなか難しいものがあるだろう。
片目を失った以上、もう片方は警戒されるに決まっている。
……腕を駆け上がるの、かっこよかったんだけどなぁ……。
まあ仕方ない。
かっこいいの上限は無限大なのだ。いくらでも更新できる。
ブレスをダッシュで躱し、叩きつけは指の隙間へ滑り込む。
先程喰らった突進は、股下を潜り抜けるようにして回避が可能。
一度覚えてしまえば後は容易い。
そして、突進のあとは、必ず小さな怯みがある。
あの勢いのまま壁に衝突……そういう判定だろう。
HPバーを見れば、その度にダメージが蓄積しているのが分かる。
加えて、微細な変化だが額の色が微妙に焦げていくのだ。
定番のギミックである。
突進から、壁にぶつかり自爆させる。
一定値を超えればダウンが取れる……と思う。
予想が正しければ、突進さえ誘発させれば残った目を狙うのだって容易だ。
「距離は……このくらい。正面に立って……よし」
位置のセットは完了。
翼竜が足を踏み鳴らし――今。
飛来。
そのまま壁に激突と共に洞窟全体が激しい揺れを起こし、その衝撃で落下した鍾乳石がワイバーンの顎を貫いた。
「……いや、なんでまだ意識あるのお前」
それでも全損しないものの、残りHPは10%を切った。
眼球よりダメージ少ないが、敵はふらついている。
脳震盪に顎の貫通。
巨体が悶え苦しんでいる隙に尻尾から背中を駆け上がる――が、突如として俺の体は宙に浮いた。
スローモーションの世界で俺が見たのは、竜が激しく尻尾を叩き付けている姿。
「クソッタレ!」
壁に叩きつけられたら死ぬじゃんか。
ここまで削るの、どんだけ苦労したと思ってんだよ。
……いや、待て。
左手にはナイフ。
飛ばされた方向は、ワイバーンから見て右。
俺が死ぬ前に、このナイフで右目を貫く。
逆さまの世界で、人生初の投げナイフ。
やらねば死ぬ。
やれば、ワンチャン勝てる。
実質一択の二択問題。
俺は迷わずナイフを投げつけ、その瞬間――翼竜の悲鳴が洞窟内に轟いた。
視界を埋め尽くす『CONGRATULATIONS』の文字。
壁に叩きつけられた俺の小さな躯は、ボス撃破直後の無敵時間に守られ、ダメージを受けることなく落下した。
大きく息を吸い、吐く。
勝った。
勝利した。
「……ゃったぁぁあああああぁ……」
絞り出したような歓喜。
これだよ、この達成感だ。
俺はこの快楽を得るためだけにゲームをしている。
生きるか死ぬか。
死にゲーとは、その死闘感と最も近い存在。
発売前の『LAO』の評価は散々だった。
脳が死を受け入れるだの、過度な痛覚が悪影響を及ぼすだの――甚だどうでも良い。
ただ、この瞬間が心地よい。
倒れた体を叩き起し、ドロップ品を確認する。
⸻
スキル : 翼竜の恩寵
竜の眷属より得た力。
天を裂き、風を支配する。
その恩寵は、使用者の背に竜の翼を授け、空の覇者たらしめる。
⸻
「……いいんですかこんなもの」
破格の性能だ。
最初に貰っていいものじゃない気もするが、正直めちゃくちゃ欲しい。
試しに翼を出してみる。
おぉ、思ってたよりでかい。
腰から生えるタイプか……悪くない。いや、むしろかっこいい。
出すのも仕舞うのも自由自在。
試しに飛んでみると……
「おぉ!」
洞窟内を自由に飛び回れる。
飛行速度も十分。ワイバーンの突進くらいの速度は出せそうだ。いや、実際出た。
スタミナが消費しないのはバグを疑ったが、どうやらそうでもないらしい。
着地と飛び立つ瞬間のみスタミナを消費し、空中では自動で回復する。
つまり、空中戦で絶対的な優位性が確保されたのだ。
そして何より、シンプルに格好良い。
ひとしきり飛び回って満足し、広場の中心──ワイバーンの死体へと向かう。
実際にとどめを刺した位置はフィールドの端だが、そこはまぁ、ゲーム的な仕様だろう。
触れられる距離まで近づくと、インタラクトの表示が浮かぶ。
○翼竜の巣から脱出する
やり残したことは、もう無いだろう。
脳内で選択した瞬間、ムービーが始まった。
足裏に生々しい死骸の感触が伝わる。
そんな柔らかい皮膚してなかっただろ……魔法で硬質化でもしてたのか?
まぁ、それは置いておこう。
俺の操作キャラの腰から翼が展開され、死骸を踏み台にして飛び上がる。
向かう先は、この洞窟の奥で唯一射し込んでいた光源。
なるほどな。
出口が見つからないと思ったら、そこから脱出するのか。
確かに、翼が生えるなんて夢みたいな発想、普通は出てこない。
眼球の当たり判定の件も含め、この作り込みの細さには本当に驚かされる。
瓦礫の隙間を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
澄んだ空気。
肌を撫でる涼しい風。
じめついた洞窟から飛び出して、天高く舞い上がっていく己のキャラクター。
広大な地平線。
大地の隅に、人工の巨大建築物が映る。
王国だ。
豪華な城、整然と並ぶ街並み、緩やかな街路、そして高い城壁。
カメラが切り替わり、それらが一つずつ丁寧に描写されていく。
あれが次の目的地なのだろう。
ムービーが終わると同時に、メッセージが飛んできた。
そして画面下にはシステム速報。
――――
ルミナさんが『炎獄の翼竜』を討伐しました。
――――
全プレイヤー通知……ってことは、ユニーク個体だったのか。
メッセージの内容はというと――
――――
おめでとうございます
ハイライトをシェアしますか?
――――
……そんな機能まであるんだ。
つくづく、とんでもない作り込みである。
○はい
迷う道理はない。
選択した瞬間、視界の右上にロード/セーブのアイコンが表示される。
あの死闘が――俺の「かわいい」と「かっこいい」が、そのまま世界中に公開された。
輝魂のルミナリア りんご雨 @Luto
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