【AI小説】VRMMOでボクのトロッコスキルは問題があるスキルでした。

鳥山正人

第1話

 ボクは三上ハヤト、四十五歳。二十五になった娘が独り暮らしを始めてから、家の中の時間は急に遅くなった。妻のアキは以前より残業が増え、夜のリビングには飼い犬のロコットと自分だけという日も多くなっていた。


 だけど、そんな日も長くは続くことはなかった。娘が小学生の時に飼い始めたロコットは亡くなり、家の中からロコットの足音が消えた静けさはただの空洞になった。


─────────


 数日後の夜、スマホの画面にふと流れてきた広告に指が止まる。


『フルダイブ型VRMMO 火の鳥と金の山

 テイマーだけの特別な“ペットカスタム”機能』


 そこにはどこかロコットに似た犬型のモンスターが、主人にじゃれついている映像が流れていた。


「……こんなの、あるのか」


 声に出してしまったら、横からそっと覗き込む影がある。


「なに見てるの、お父さん」


 画面の上から顔を出したのは、週末だけ帰ってくる娘のリナだった。段ボール箱を抱えて、ついさっき玄関から上がってきたばかりだ。


「いや、その。ゲームの広告でな。こういうの、最近は」


「わ、これ知ってる。フルダイブのやつだよ。『火の鳥と金の山』。職業でテイマー選ぶと、ペット細かく作れるんだって」


「……詳しいな」


「職場の先輩がハマってるの。お父さん、ゲーム好きだったでしょ。昔、夜中にRPGやっててお母さんに怒られてたじゃん」


「それを覚えてるのか」


 思わず苦笑いすると、リナも釣られるように笑った。


「ロコット、いなくなってから、なんか……お父さん、元気ないからさ。こういうの、どうかなって思っただけ」


 言いながらリナは、画面の犬に視線を落とす。その目に少しだけ滲むものがある。


(子どもに心配される年齢になったってことか)


 ボクは自嘲気味に心の中で笑った。


「フルダイブなんて、父さんの歳で大丈夫かね」


「大丈夫でしょ。お母さんにも相談したら『あの人、どうせ家にいるとロコットのベッドばっかり見てるんだから』って言ってたし」


「アキさん、そんなこと言うのか」


「優しい意味だからね、たぶん」


 リナは肩をすくめた。ほんの少しだけ、静かな笑いが部屋の空気を緩める。


 その夜、ボクはアキとリナに背中を押される形で、VRデバイスを購入した。届いた箱を開けながら、アキが腕を組んで唸る。


「まさか、うちにこんな未来的なものが来るとはね」


「ボクよりアキさんのほうが似合いそうだけどな」


「私は酔いそうだから遠慮するわ。あなたが先に実験台よ」


「モルモット扱いか」


 そんな他愛ないやり取りが、妙に久しぶりな気がした。


 セッティングを終え、ベッドに横たわりながらデバイスを装着する。視界がふっと暗くなり、すぐに光の粒が降るような白い空間に切り替わる。


『ようこそ、火の鳥と金の山へ』


 澄んだ声が頭の内側から響く。手にはスマホ型デバイス。フルダイブ型VRMMOゲームだから出来るリアリティシステム。


 初期設定を終え、職業選択の画面に移る。剣士、魔導士、召喚士、ヒーラー。いくつもの職業アイコンの中で、ひとつだけ違う光を帯びているものがある。


【テイマー】


 説明には小さく『ペット外見カスタム機能つき』と書かれている。迷う必要はなかった。ボクはそのアイコンに手を伸ばす。


 次に現れたのは、初期ペットを決める画面だった。狼、鳥、猫。さまざまなシルエットが並ぶ中で、ボクは自然と「狼」の姿を選ぶ。


 毛色を茶色に、耳を少し垂らし、瞳の形を柔らかく。若い頃のロコットを思い出しながら、調整を重ねていく。画面の中の狼が、少しずつ記憶の姿のロコットに近づいていく。


「名前を入力してください」


 スマホ型デバイスに、ゆっくりと指を走らせる。


【ロコット】


 確定した瞬間、画面の犬が一歩前に出て、画面から飛び出してきた。尻尾を大きく振り、こちらに跳びついてきた。その体当たりの感触は、胸の奥だけが強く揺れた。


「……ロコット。久しぶりだな」


 声に出すと、ペットのロコットは一声、元気よく吠えた。ワンッ、と澄んだ音が現実とゲームの境界を少しだけ曖昧にする。


────────


 数日後。

 ボクは山脈地帯の麓に立っていた。はるか遠くには雪をかぶった峰々、足元には岩だらけの斜面。隣ではロコットが、尻尾を振りながらぐるぐると走り回っている。


「よし、今日もやるか」


 やわらかい風の音、遠くで鳴る甲高いハンマーの音。現実より少し鮮やかな世界が、全方向に広がっている。


「三上ハヤト様、本日は初心者用採掘依頼に参加されますか」


 目の前にいるのは、AIの受付嬢。整った笑顔は人間とは見分けがつかないほどリアルで、ゲームの中だということを忘れてしまう。


「よろしくお願いします」


 依頼を受け、ボクとロコットは廃鉱山へ向かった。そこは希少鉱石が掘り尽くされ、今はクズ鉱石しか残っていない場所。だからこそ競争相手もおらず、ゆっくり掘っても誰にも文句を言われない。


「ロコット、今日もよろしくな。仕事終わったら遊ぶぞ」


「ワンッ」


 ツルハシを振り下ろし、鉱石の欠片を集める。ロコットはそのそばで時々石を咥えて運んでいき、経験値をわずかずつ稼いでいく。地味で単調な作業だが、ボクには不思議と心地よかった。


(こうしてると、散歩の延長みたいだな)


 何日か通ううちに、ロコットはレベルを上げ、新しいスキルを覚えた。


[ペットのロコットが【トロッコ】のスキルを習得しました]


「おお。これが噂のトロッコか」


 集めた鉱石を乗せると、自動で集配場まで運んでくれる便利スキルらしい。これで往復の手間が減り、ロコットと遊ぶ時間が増える。


 しかし、その翌日。いつものように受付へ向かうと、聞き慣れない言葉が告げられた。


「オーナーの意向により、本日をもちまして、この鉱山は閉山となります」


「……閉山?」


 ボクは思わず聞き返す。廃鉱山だったからこそ、ゆっくり掘れた場所だ。ここがなくなるとなると、別の場所でまた一から環境を探さなければならない。


 ロコットとの時間が、またひとつ削られるような気がした。


「……わかりました。今日で最後ってことだな」


「はい。本日も、よろしくお願いいたします」


 ボクとロコットはいつも通りツルハシを振るい、クズ鉱石を集める。最後の最後まで、ロコットは楽しそうに走り回っていた。


「よし、これで今日の分は終わりだな」


「ワンッ」


 スマホ型デバイスを開き、スキルを選択。


「トロッコスキル、発動」


[ペットのロコットが所持している鉱石を集配場に移動しました]


 メッセージが流れた、そのときだった。スマホが強く震え、視界の端に光の輪が広がる。


[ペットのロコットが神格化条件を満たしました]


「えっ……?あぁ、たしか少し前に実装された神格化ってやつなのかな?」


 ロコットの身体が、金色の光に包まれていく。毛並みが光の粒をまとい、目が一瞬だけ、現実のロコットと同じ色に見えた。


 スマホの画面には、眩しい文字が浮かぶ。


【神獣・ロコット】

【トロッコの神】


「……神、だと」


 スクロールすると、詳細説明が現れる。


[トロッコの神スキルは、運命の二択から一つを選ぶスキルです。初回限定につき、無条件で使用可能です]


 その下に、今回の選択肢が表示される。


[オクトパスブルー鉱石の取得]


「たしかオクトパスブルーって……最上位鉱石、だったな」


(でもなんで、ロコットのスキルが、こんな選択肢を)


 戸惑いと同時に、胸の奥に違う感情が芽生える。


(お前はいつも、俺が気づかない道を引っ張っていくな)


 現実でも、散歩の途中で見知らぬ公園を見つけたり、予定にない遠回りをしたり。結果的に、それが家族の思い出になった。


 今度も同じなのかもしれない。


「……わかったよ。今回だけ、乗ってみるか」


 ボクは指先で選択肢をタップした。


[オクトパスブルーを入手しました]


 画面の文字が激しく点滅し、その下に新たな注意書きが現れる。


[オクトパスブルーは、このゲームにおける最重要アイテムです。売買や取引は慎重にお願いします]


「えぇ……最重要アイテムがこんな簡単に手に入るわけないじゃん……」


 視線を上げると、光を収めたロコットが、いつものように尻尾を振っていた。走り回り、足元に戻ってきて、こちらを見上げる。


「……まさか、お前。こうなること、わかってたのか」


 ロコットは、あいかわらず何も答えない。ただ、嬉しそうに吠えるだけだ。


 遠くの山脈の向こうで、夕日が沈みかけている。空の色が、現実で見たロコットの最後の日の夕焼けと重なる。


(また、お前と歩くことになるのか。今度は、この世界で)


 鼓動がゆっくりと速度を変える。

 時間がほどけ、過去と未来が一瞬だけ同じ場所に重なる。


 ボクはロコットの頭に手を置き、深く息を吸った。


「行くか、ロコット。今度は、少しだけ遠回りしてみよう」


「ワンッ」


 返事の吠え声が、山風と混じり合い、静かな鉱山に響いた。

 現実とゲームの境界線で、ひとつの物語が、静かに動き始めた。

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