引退した世界最強冒険者、もう一度世界を救う~ツンデレ女冒険者と獣人奴隷と穏やかな生活を取り戻す~

@mekurino

第1話 プロローグ

 雷鳴が荒野を揺るがし、火柱が空へと牙を剥く。

 ついに、魔王と勇者と呼ばれた一行の、最終決戦の幕が上がろうとしていた。

「ここまで辿り着くの、さぞ苦労したであろう?」

 魔王は軽く嘲るように言い、ただ指を鳴らすだけで隕石を呼び出す。

「まあな。……ドラゴンを手懐ける程度には」

 黒髪の若い剣士が、迫る巨大な隕石を一瞬で細切れに裂いた。

「ふはは、貴様の冗談はつまらん」


「センスが無いんだよ」

 挑発と殺意が交錯し、戦場の空気はさらに張り詰めていく。

「最大強化魔法――展開!」

 仲間の魔術師が輝く魔方陣を描き、剣士の肉体を更なる極致へ押し上げた。

「では、決着だ!」


「望むところだ!」

 両者が激突した瞬間、閃光が世界を飲み込む。

 ――沈黙。

「はぁ……終わった……のか?」

 光が収まると、そこに立っていたのは魔王ではなかった。

「アスフェン! やったぞ!」

 仲間たちが歓声を上げる。

「おう……後は――」

 アスフェンは、未だ動かぬ魔王の胸へ剣を突き立てた。

「誇り高き魔王よ。安らかに眠れ」

 魔王は魔法の檻へ封じられ、大地の底へと還っていく。

「これで故郷へ帰れる!」

 仲間が転移魔法を発動させる。

「ああ、帰ろう――『オーディナリー』へ」


 ◆ ◆ ◆


「……ふぁぁ、朝かよ」

 アスフェンは寝癖をかきむしりながら、だるそうに起き上がった。

「久しぶりに夢に見ちまったな」

 かつての死闘を思い出しては、ため息をひとつ。

 外へ出ると、雲ひとつ無い青空が広がっていた。

「絶好の釣り日和だな」

 扉の横に立て掛けていた釣り竿を担いで歩き出す。

 彼――アスフェン・ヴェスレイ。

 十五年前、魔王を討ち、世界に平和を取り戻した“英雄”である。

 ……だが、故郷オーディナリーでの生活は、本人にとって平穏とは程遠かった。

「見つけたぞアスフェーン!」

 背後から、耳障りな声。

「うげ、またお前らかよ……しつこいったら」


「あーだこーだ言うな! 今日は貴様を倒してギャフンと言わせてやる!」

 息を呑むほど整った容姿の少女――ケラスターゼが、血気盛んに啖呵を切る。

「おい、ケラスターゼ様に“お前”とは何事だ!」

 取り巻きたちが騒霧立つ。

「お前らこそ俺を“お前”って呼んでんだろうが! こっちは年上なんだよ、敬え!」


「覚悟っ、アスフェン!」

 彼女は木刀を握り、一直線に突っ込んでくる。

「はいはい」

 アスフェンは軽く受け流し、ワンパンで吹っ飛ばした。

「ぎゃああああ!」

 ケラスターゼは取り巻きを巻き込みながら、見事な放物線を描く。

「諦めろっての……」

 げんなりと呟くアスフェン。

 すぐに起き上がったケラスターゼは――大泣き!

「びえぇぇっ! 本気で殴ったしぃ!」

 取り巻きも大袈裟に騒ぐ。

 近所の人々が面白がって集まり始めた。

「またやってんのかい、アンタら」

 気のいいおばちゃんが笑いながら言う。

「俺は飽きてるんだよ。おばちゃ――ごほん、お姉さん」


「お姉さーん!」

 ケラスターゼが泣きながら抱きつく。

「今のアイツ、私の胸触ったんです!」


「嘘つけぇ!」

 アスフェンの抗議も虚しく、おばちゃんの目がギラリと光る。

「付き合ってられん」

 肩を落としながらアスフェンは歩き出す。

「明日も来るから! 絶対ギャフンって言わせるからね!」


「はいはい、ギャフンギャフン」

「むっきー! あの男、何て腹立つ!」

 ……これが毎日のように続くのだから、落ち着くはずもない。

 静かに暮らしたいわけではないが――度を超えた騒がしさは御免だ。

 だが、この程度で済むのは今日まで。

 彼の望まぬ日常は、ここからさらに騒がしくなる――

 それを、まだアスフェンは知らない。

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