10.高級黒胡椒作成

 オズワルドが目を覚ますと夜になっていた。


 しばらく馬車に揺られながら暗がりの中で【チート・クラフト】を操作し…しばらくしてやめる。


 【チート・クラフト】に新たに追加された機能を片端から調べているうちにだんだん楽しくなってきてしまったのだ。


 前世から引き継いだゲーム制作者の魂が「もっと調べたい。もっと作りたい」と叫んでいる。


 この調子だとまた徹夜することになるだろう。流石にそれはやばかった。


 馬車から顔を出すとそこは夜の森だった。


 なんだかブラックフォージとグレイフォードの国境付近っぽい森だが…まさかな。戦争まっただ中に飛び込んで商売とか正気の沙汰じゃないし。暗さから見間違えているだけだろう。


 そんなことを思っていると。


「お疲れ様です。そろそろ野営しますね。何せ三日三晩何も食べていませんから、あまりお腹がすいてないような気がしても、しっかり食事しないと…!」


 レティがそう言って馬車を停めた。


 オズワルドはレティが三日三晩何も食べていないと言ったことに引っかかるが、大げさな言い回しなのだろうと解釈する。


 二人で馬車を降り、テントを出し、焚き火をする。


【アイテムボックス!】


 レティが亜空間からミルクを取り出し、鍋に入れて焚き火にかける。


 商人が持つスキル【アイテムボックス】に入ったアイテムの時間は停止するため、生鮮食品を保存するにはうってつけだ。


 肉、野菜などを次々【アイテムボックス】から取り出し、調理しては鍋に入れていく。どうやらシチューを作っているようだ。


「ふふん」


 心なしか自慢げである。


 オズワルドはというとすべてをレティに任せ、まどろんでいる。

 できる限り働きたくないからだ。

 

 レティはというと、まったく周囲を警戒していない。


 レティは勘違いの連鎖からオズワルドを全面的に信頼しているが、オズワルドの自認はたまたまばったり出会ったどっかのおっさんだ。


 そんな奴に対してまるで警戒していないレティの姿を見ると「こいつ大丈夫か?」という気持ちが湧いてくる。


 オズワルドは自分を神だと思っていない。

 まして、立派な大人だとも思っていない。


 いい年して放浪生活を送っている、根無し草のおっさんだと思っている。


 たまたま前世は神だったのかもしれないが、その生活だって悲惨だった。

 ひたすらに働いて世界を作り、過労死したのだから。


「ふぅ、よく寝たな…」


 まだ若干眠気は残っているものの、じわじわとした満足感がある。


 耳を澄ますと、森の葉擦れの音。

 ただただ穏やかな時間だった。


 しばらくして、レティが作ってくれたシチューをありがたく受け取る。


 レティの野営は手際はいいが「家で練習してきました」みたいで、こなれ感はない。


 具体的に言うとスプーンを渡し忘れている。

 単に忘れているだけで手で食えというわけではないだろう。


 オズワルドは少し考え、【チート・クラフト】を使うことにした。


 力を隠し続けて生きるのも面倒だ。

 さっきは隠してみたけれど、せっかく使えるものを使わずにいるのも勿体ないと思い直した。


 そうと決まれば話は早い。


 さっき見つけた便利機能を使おう。

 確かこうすると……。


 よし、検索できた。


――――――――――


【チート・クラフト】:レベル4


・SLG『文明の箱庭』レベル3


検索……


【木製スプーン作成】◀ピッ


――――――――――


 ブンッと、お手軽に木製スプーンが現れた。

 これでシチューが食えると内心便利さに喜んでいると…ふと視線が気になる。


 なんだレティ。

 なぜ俺を見る。


「オズワルドさん…本当は商人なんですよね」


 ずいっと身を寄せてレティがそんなことを言う。


「…? なぜそう思った」


「いえ、あの。隠しているとかならいいんですけど。普通に【アイテムボックス】使ってたし」


「【アイテムボックス】? そんなスキルは持っていないが?」



――――――――――


【チート・クラフト】:レベル4


・SLG『文明の箱庭』レベル3


検索…


【水作成】◀ピッ

【コップ作成】◀ピッ


――――――――――


 オズワルドが水とコップをクラフトしながらそう聞くと、レティがひぐっと言う。

 

「こんなにも堂々と。あくまでしらをきるつもりなんだ…。これは、これ以上追求するなって警告……」


 勘違いである。


 オズワルドはレティの言動が気になったが、そんなことより今はメシだった。

 

 そういえば、作成アイテムにあれがあったな。


――――――――――


【チート・クラフト】:レベル4


【ワールドチェンジ】


・SLG『文明の箱庭』レベル3


検索…


【高級黒胡椒作成】◀ピッ


――――――――――


 ごろん、と胡椒の入った粗挽き器が転がる。


 レティが「ひっ」と声をあげた。

 

 胡椒は一時期、金と同価値とされた高級品だ。

 今ではサフランの方が高いが、それでも偽造胡椒が出回る程度には胡椒も高かった。


 シチューに胡椒を削り入れて香りを確かめる…本物だ。


「使うか?」


「い、いいんですか」


 レティが恐る恐る胡椒を手に取り、慎重な手つきでシチューに削り入れる。

 

「あ、ありがとうございます」


 恐縮している。

 商人からしたら金を削り入れて食うに等しいから困惑しているのだろう。


 オズワルドはというと一時期偽胡椒事件で胡椒が暴落した時に山ほど食ったので、そこまで特別感はない。


「ああ、それやるよ」


「え、何をですか?」


「その胡椒はやるよ。もうお前のものだ」


 オズワルドの【チート・クラフト】【SLG『文明の箱庭』レベル3】に収納能力は無い。

 生み出すことはできても、回収する術がないのだ。


 なので、捨ててしまうよりは商人であるレティに与えた方がマシだろうという判断だった。


 シチューをすすってしばらく見つめ、レティが覚悟を決めたような顔になる。

 

「どうした…?」


「大丈夫です。私、全部わかってますから! 誰にも言いませんよ!」


 オズワルドにはよくわからないが、何か誤解があるらしい。


「いいんです。わかってますから! ですので、ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします! オズワルド先生!」


 先生……なぜ。

 いや、用心棒を先生と呼ぶことはあるか。


 年若の女はたまに謎めいたことを言い出すものだ。

 深い意味はないのかもしれないし。


 あったとしても無理に聞き出すものではないだろう。


 そう、なんとか納得する。


「わかったわかった。何でも聞いてくれ。俺の知ってることでいいならな」


 普通の格闘戦なら教えられるはずだ。

 女の旅だ護身術くらい覚えておいた方がいいだろう。


「ありがとうございます!」


「それで何を教えてほしいんだ」


 焚き火にあたりながら、レティは矢継ぎ早に質問を浴びせる。


「ずばり商売の秘訣は?」


 知らん。


「仕入れ先の選定」


 わかるか。


「品定めについて」


 自分で考えろ。


「なるほど…確かに。すみません、タダで教えてもらえるわけないですよね。私が浅はかでした……」


 レティが落ち込んでしまった。


 オズワルドは時に本質を言い当てることもあれば、こうしてまるでかみ合わない事もある。


 だが、俺は商人じゃないし。そんなこと言われてもなぁ。


 レティが自己嫌悪に陥ったのか、土をいじくりだしている。


 商売のことはわからないが、人生のことなら。

 ……それっぽいことは言えるかもしれん。


「いいか、レティ。人生において重要なのは」


「はいっ!」


 レティが目を輝かせる。

 オズワルドもここまで期待されると、ちゃんとしたことを言いたくなってきた。

 

 だが、すべては適当に言い出したこと。

 でっち上げるほか無い。

 

 レティが居住まいを正す。

 静謐な時間がオズワルドとレティの間に流れていく。


 オズワルドはなんとか言葉を絞り出した。


「重要なのは死なないことだ」


 レティが「死なないこと」と俺の言葉を反芻する。


「そうだ。何があっても死なないこと。諦めても、絶望しても、苦しんでも、やけになっても、借金を負っても、死なないことだ。人間死んだら全部終わりだからな」


 思えば前世で過労死する前に、立ち止まるチャンスは何度もあった。

 なのにこのままでは死ぬとわかっていながら、オーバーワークを繰り返し、過労死してしまった。


 今生ではブラックフォージ男爵家を追放され、チートスキルのせいで迫害され、その上スキルは何の役にも立たなかった。


 他人が当然持つ才能(スキル)を自分だけが持たないという現実。


 諦めることも、絶望することも、苦しむことも、やけになることも、借金を負うこともあった。


 随分ひどいめにもあった…主にアステリアのせいでひどいめにあったが…それでも生きてたからなんとかなっている。


 また死んだら転生するのかもしれないが、そんなことをアテにするつもりはなかった。

 さもないとアステリアのようになるからだ。


「えっと、死なないためにはどうしたらいいかは」


「それは自分で考えろ」


「どうするべきかは人によるからな。ただ、生きることをやめたやつから死んでいく。それだけの話だ」


 なんとかそれっぽいことが言えたかもしれない。


 商人を志す少女に俺が教えられることなど何もないしな…。

 これで納得してくれ。 


 そんなことを考えていると。


 レティの尊敬の念がもう一段深まった。

 嘘は言っていないがオズワルドは若干、気まずくなる。


「今日はもう寝る。また明日な」


「はい! また明日もよろしくお願いします!」 

 

 俺が馬車の荷台に戻るとフクロウの鳴き声がする。


 何か、商人っぽいことしてたかな……。


 考えてみたが、思い当たる節はなかった。


「あの、オズワルドさん。オズワルドさんって…本当は……」


 馬車の外からレティに声がする。


 俺か? 俺はただのおっさんだよ。


 そう言いかけてやめる。

 いい年したおっさんが自嘲する姿など、見せるもんじゃないと思い直した。


 オズワルドはあくびをしながら「もう眠い…」と言って横になった。


 馬車の隙間から愕然とするレティの顔が見えたような気がする。


 何か行き違いがあったのだろうか。


 そう気にすることではないだろう。

 すべては時の流れの中でうやむやになり、平凡な日常の中に埋没していくものだ。


 すべての誤解を解く必要はない。


 そう考えながら、オズワルドはぐっすりと眠りについた。


「日記…日記に書かないと」


 レティに更なる誤解を与えているとも知らずに。


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