SL D510号
鶏皮みそ煮
SL D510号~機関士見習いターリー・ボイルズ~
「第一機関庫、出発進行!」
これが私の機関士としての初めての指差喚呼だった。
14の頃から小さな運搬会社に勤め、事業規模拡大に伴い蒸気機関車を購入、しばらくは機関助手として働いていた。機関助手は石炭を炉内に投炭したり、ダイヤの確認、タブレット交換の担当、駅通過時の安全確認など、運転手の代わりとなる業務を行う。ほかにも、連結作業や、手配された荷物の確認、次の運搬員への引継ぎなど、割と責任重大だ。そんな業務を任されても、やはり蒸気機関車の運転を主業務とする『機関士』には、やはり憧れるものだ。
勢いよく吹き出す蒸気、走っているときの動輪と主連棒の動きや独特の揺れ、その姿を「生きている」と形容する者もいるほどの蒸気機関車を操るのが機関士だ。ボイラー内の気圧、気象、線路状況、ベテランになれば『音』を聞き分けながらブレーキ弁を操る。先輩に聞くと、「手足のように操らなければ気持ちよく走ってくれない。」そんな世界が機関士になればあじわえるのだ。
機関助手として数年業務を行うと、機関士学校に入学することができる。入校期間は1か月、その間SLの基本的構造や運転方法、少人数でできる修繕法などを学ぶ。その後、卒業試験として実際の路線で課題をクリアすることで合格。見事機関士になることができる。私にも22の頃に入学の話が回ってきたことで入学し、無事合格することができた。合格証をひっさげながら会社に戻ると、社内での機関士がまだ貴重だったことから、先輩たちから手荒い祝福を受けた。
機関士学校を卒業し、数日が経った。外はまだ少しひんやりとした風が吹くが、春が近づいていることを感じるような陽気だ。今日から私は機関士として仕事に就く。
出勤報告を終え、機関士用の服に着替える。本来はすすで汚れるため式典用と通常業務で服は分かれているのだが、機関士として初めての運転であり、停車駅ごとに挨拶回りをすることにもなっているので式典用のガッチリとした業務服の方で着替える。着替えを終えたら機関士窓口に行き、今日の運行ダイヤの記された表札を貰う。
これが無ければ、どこの駅にどの時間に着くのかが分からない。しかもこのダイヤはこの国中のダイヤの一つを取り扱うことになるので、当然ながら衝突事故を起こしかねない、大事な物だ。
一通り終えると、遂に私が運転する機関車の待つ機関庫へと向かう。拡大を続ける我が社のように、機関庫は増築に増築を続け、線路も昔よりも複雑に交差するようになった。そして、私が担当する機関車とようやく顔を合わせる。
『D510』
真新しい漆黒のプレートに金に塗装された文字で書かれた識別ナンバーだ。
これが私が担当する機関車であり、会社にとっても初めての運用だ。機関士の数は少ないが、人数が少しづつ増えていってることと、事業が上向きになっていることから、新たに購入したという。しかも太っ腹なことに、今いる機関士の人数分購入したらしい。確かにこの機関車から何台かは黒色とはいえあまりにピカピカな車両が数台並んでいる。一体いくらしたんだろうか。そもそもこんなに儲けてたんだな。
「おぉい坊主。おはよう!」
「おはようございます。先輩!」
今日は機関助手としてコンビを組んでもらう。ギッテス先輩だ。私がまだ機関助手だったころからたまに機関士として一緒に仕事をすることも少なくはなかったので、頼りになる機関助手が来てくれた。
「まずは改めて、機関士に昇格おめでとう!」
「ありがとうございます。まだ見習いですけど。」
お互いにがっちり握手を交わす。機関士としては先輩の方が上なので、やはり手のゴツさには差がある。
「よし、とりあえず点検をさっさと済ませて、初仕事をちゃっちゃか終わらせよう。」
はい、と返事をし、各種簡単な初回検査を済ませる。その後運転席に入り、火入れを行って十分な蒸気圧を確保する。その間に今日の仕事内容を2人で確認する。
「今日のメインはアルド山岳線のヘスト駅とアレンデラ駅で荷物の積み下ろしと引き継ぎ、その後ミリアナ給水駅まで走って石炭を補充した後、こっちにまっすぐに帰って来ることになります。」
「了解、初っ端から山岳線か。しっかり蒸気圧は管理しながら行かないとな。」
アルド山岳線は勾配がきつく、長いアップダウンも続く路線だ。さっき窓口でこのダイヤを受け取ったときには(まじか……)と思ってしまったほどだ。ギッテス先輩が機関助手でホッとした。
十分に火入れが完了し、出発時刻が迫ってきた。機関車も気合十分といった感じで、庫内は白い蒸気かモクモクと溜まってきた。先輩もせっせと石炭を投入し、どんどんと圧力計の針が上がってきた。倉庫の外にいる作業員が分岐器をこの機関車の線路と繋げた、遂に出発だ。
「第一機関庫、出発進行!」
出発する際の指差喚呼を行うと、先輩も機関助手の席から「出発進行!」と喚呼を続ける。続いて機関車の汽笛を鳴らす。
ポオオォォォォォォッ!
甲高い汽笛が機関庫の中で響き渡る。流石に慣れたとはいえ、屋内で鳴らす汽笛は耳を破壊してくるほどの威力がある。次に加減弁ハンドルを手前に動かすと、今度は勢い良く蒸気が吹き出し、徐々に前に進んでいく。機関庫の外まで進み、作業員に手を挙げて「どうも」といった感じで見送る。ポイントをいくつもガチャガチャと渡り、合流する本線が見えてきた。
トトリス大本線と名付けられたこの線路は、国中の線路はこの線路にすべて通じている。これから向かうアルド山岳線も例外ではない。合流する分岐器からその先の信号まで青信号が続いていることを確認し、本線に進入する。ここまで徐行しながら走っていたが、この本線からスピードを上げる。
「いいんじゃない?今のところ100点だよ。」
「はい、ありがとうございます!」
先輩からお褒めの言葉をありがたくいただき、機関士になったことを改めて感じた。ここから最初のヘスト駅まで1時間弱の旅だった。
ヘスト駅に到着しふうっと一息つく。肉体的に疲れは感じてないが、1時間も自らの手で運転すると緊張からか精神的にはへとへとで、機関庫からここまでとてつもなく長く感じた。
とはいえぼーっとする訳にはいかず、すぐさま駅長室に行き、機関士になったことの報告に行く。お祝いの言葉と「これからもひいきに。」とこの後のダイヤを気にしてか駅長が手短に挨拶を済ませた。機関車に戻ると先輩も荷下ろしを済ませ、運転席で待機していた。せっせこと私も席に戻り、汽笛を鳴らし出発した。
次のアレンデラ駅までは急な勾配が続き、本来であれば後ろに機関車をもう一両つなげ押してもらうのだが、後ろに積んだ荷物が少ないことから単独で登ることになった。ただでさえ押してもらっても難易度の高い路線を駆け上がるには、機関助手、つまり先輩との助けを借りながらになる。炉の内部にひたすら石炭を投げ、蒸気圧を常に高めを維持し続けなければいけない。しかもその力を目いっぱい出しすぎると、今度は空転を起こす。せっかくの線路との摩擦が無くなるため、最悪登れなくなってしまう。つまり高い気圧を維持しながら、ほどほどの駆け上がる力で調整しながら運転することになる。機関士も大変だが、機関助手も大変だ。石炭をただただ沢山入れると、今度は気圧が高くなる。そうなると機関士は気圧を下げるため、加減弁でスピードを出すために蒸気を使う。そうなると先ほどのように空転を起こす。機関助手は機関士の運転状況を常に把握しながら投炭しなければいけない。
しかしそこはさすがの先輩。出発する前にすでに多めの石炭を燃やし、登ってる間も最小限の石炭でやりくりしていた。私も登り勾配になるまでは多めの蒸気圧のおかげで許す限りのスピードを出し、登り部分ではほどほどのパワーを維持するだけで無事登れた。
アレンデラ駅はアレンデラ村の端に設置された駅で、駅長も駅員も村民だ。ましてや駅長は村長が務めている。村長に機関士になった報告をすると、まあ長い話が始まる。列車の行き違いもあるからか、1時間も停車時間があるため、テーブルのある部屋にお茶まで出すほどのリラックスぶりだ。途中から荷下ろしを終えた先輩が混じり、向かい側の列車の遅延もあったので、1時間半も村長の話が続いた。
ようやく向かい側の列車が到着し、いよいよ最後のミリアナ給水駅に向かう。駅までは、この山岳線を下り切り、大本線を走った先にある。給水や石炭を満載になるまで積み、転車台で折り返し会社まで変えることになる。アレンデラ駅への挨拶が終わり、また小一時間運転下りを運転する。麓の信号場で大本線に入り、炭水車の水があと少しで枯れる前に、無事にミリアナ駅に到着した。
「すいませ~ん駅長、ターリーです~。」
コンコンとノックし、駅長を呼ぶ。少ししてドアが開き、口髭の似合う中年紳士の駅長が出てきた。
「やあターリー君、お疲れ様。機関士の件、会社からの手紙で呼んだよ。おめでとう。」
「ありがとうございます、アルバート駅長。機関士になれたのも、ひとえに駅長のご鞭撻のおかげです。」
お互い握手を交わし、テンプレートのような感謝の弁を述べる。
「よしてよ、私何にもターリー君にしてないわよ。さっどうせ停車時間長いんだから入って入って!」
促されるまま駅長室兼アルバート駅長の家に招かれ、テーブルのソファの腰掛ける。ちなみに先輩は外で補給の手伝いをしている。
「アリアちゃ~ん、お茶淹れて出してあげて~。」
「は~い。いつものでいいでしょ~?」
「それでいいよ~。……やれやれ、すまないね。」
駅長室なのに、ただの家族のやり取りが繰り広げられる。アリアちゃんは駅長の末の娘さんで私と同い年、他に姉二人がいる。アリアちゃんはこの駅の駅娘として働き、ここに来る鉄道関係の男たちの間では、結構かわいいと好評だ。しばし駅長と談笑していると、開けっ放しの部屋のドアからアリアちゃんがお茶一式を持って入ってくる。茶髪でそばかすが似合う女の子だ。
「そうだアリアちゃん、裏の畑から野菜をいくつか持ってきてもらえるかい?ターリー君に持たせるから。」
「はいはい、少しはお父さんも畑手伝ってよね。」
「何度も言ってるだろ?父さんは虫が苦手なんだよ。」
「なによもう!……あっターリー君、機関士合格おめでとう!」
「あっ……ありがとう。」
まじかで見るとよりかわいく見える。そんな子から祝福の言葉を貰えるとなると、うれしい以上にこっ恥ずかしい。慌てて淹れたてのお茶に口をつける。
アリアちゃんが部屋を出た後に、アルバート駅長もお茶を啜る。
「ターリー君、君へのお祝いもそうだが、もう一つ話があるんだ。」
「はい、なんでしょう?」
どうせまた石炭価格の交渉をふっかるかつもりか、僕に交渉権はないが、わが社の社長への愚痴も兼ねてるのでいつも聞いてあげている。さっきの村長ほど長続きはしない。付き合ってあげますよと思いながら、僕はさっき口につけたお茶にミルクを入れ、また口に運ぶ。
「君には悪くない話だと思うし、お祝いの品と言ってはなんだけど……」
ほう、交渉の話じゃなさそうだな。と思いながらも、口の中にお茶を入れる。
「私のアリアを嫁に貰ってほしい!」
「ぶっっっ!」
何を言い出すんだこの人は。さすがにびっくりして吹き出してしまった。業務用の手拭きの汚れてない部分で吹き出たお茶を拭く。
「いや、あの、まずアルバート駅長。なんで僕がアリアさんを?」
いくら末っ子とはいえ駅長の娘なのだから、こんなぺーぺーではなく、もっといい旦那候補はいるはずだ。もちろんあんなかわいいそばかす娘を貰えるなら有り難い話だが、あまりにも役不足だ。
「いやあうちの娘は三人とも活発な子でね。うちの駅みたいに、何の面白みのない所を任せるより、外に嫁として出て、いろいろ見分してもらったほうが幸せなのかなと思ってね。しかも君は社内ではいい好青年だって社長太鼓判おしてたよ。」
「ははっ。……まさかいつも値段交渉の話してたのって……」
「うん。君、ひょっとしたらだいぶ出世できそうだなと思ってね。」
ふふっと笑いながら、ストレートのお茶を啜る駅長。うちの社長のことグチグチ言っておきながら案外仲はいいらしい。別に出世するつもりはなかったが、この駅長は将来の社長と見越して今の私から値上げ交渉を仕掛けてたのか。なんと策士な。ほんとに間違って社長にでもなったら応じざるを得ないな。
「それに、アリアと君は同じ年の生まれだ。君がここに来るようになってからアリアたち三姉妹にも仲良くしてもらってる。偉くはなれなくても、君となら仲良く過ごせそうだと思ってね。」
私がこの仕事に就いてから、この駅にはほぼ担当のような形でここに毎度来るようになった。その時から三姉妹とは交流があり、補給を終えた後はほぼ毎回お茶会が開かれ、出発時間まで強制参加だった。ただ、その三人とも恋愛対象として見たことは無かった。というより自分のことで必死だったため、そういう目で見る意識が無かったのかもしれない。
「別にアリアでなくても、マリンやエミリーでも、君の好きな娘でもいい。」
マリンとエミリーはアリアのお姉さんだ。マリンは三姉妹の中で一番活発で、エミリーもマリンほどではないがよくおしゃべりする子だ。その二人を見て比較的(といっても活発なほうだが)おとなしく育ったのがアリアだ。アルバート駅長の言う通り、この三人の中で一番喋る相手が多かったのはアリアだ。マリンとエミリーは会話をしてると主導権を握られがちだが、アリアとなら対等な話がしやすかった。
「アルバート駅長。ありがたい話ではあるんですが、少し話が急すぎるというか。」
「もちろん今すぐにとは言わない。ただ自分の娘でこんなことをいうのもおかしなことだが、早く選ばないといなくなっちゃうよ?はははっ!」
「ははっ……。」
笑い事じゃない。私も年齢は20歳をゆうに過ぎ、結婚話が仲間から出てきたりはしているが、どうすればいいのやら……。
コンコンッ。
「アルバート駅長!ギッテスです。お邪魔してもいいですか?」
玄関のドアから先輩の声が聞こえた。駅長は席を外し、そそくさと玄関のドアを開ける。
「やあギッテス君、久しぶりだね。奥さんと息子さん元気にしてる?」
「お久しぶりです駅長さん。息子共々元気です。息子は3歳になりました。」
先輩が帽子を脱ぎ、駅長を握手を交わす。先輩とこの駅に来ることは確かにあまりなかったように思う。
「おぅ坊主、そろそろ三姉妹にも挨拶してきな。外にいるぞ。」
こんな状況で会いに行くのか、どんな顔で会おうかと思いながらも、「分かりました。」と返事をし、駅長に一礼した後、外にあるいつもの三姉妹のいる庭に向かった。
この駅かすぐ歩いた所に小高い丘がある。そこには裾を広げた大きな木が植わっていて、そこにある影にいつも三姉妹のうちの誰かが座っている。その丘からは、機関車に水や石炭を積み上げたり、保守作業ができる車両基地が見える。風向きによっては、燃えた石炭の匂いも感じられる。三姉妹にとっては良いロケーションなのだろう。
丘を上がりきると、三姉妹の真ん中のエミリーが腰掛けていた。
「こんにちは、エミリー姉さん。」
「あっ、ターリー君じゃない。こんにちは。」
エミリーの手元には一枚の白い紙に、車両基地の風景を描いていた。エミリーは三姉妹の中では知的な性格で、掛けている眼鏡もあってかとても賢いのだ。いつも今のように絵をかいていて、水彩画や色鉛筆、クレヨンなどいろんな画材を使える。今日は黒鉛筆でモノトーン調で描いている。
「今日の服はいつもとは違うわね。礼服かしら?」
「そう。機関士になったからさっき親父さんにあいさつに行ったんだ。」
「すごいじゃない!じゃあの機関車を運転してきたの?」
エミリーは車両基地にいる『D510』に向かって指を指す。
「そうだよ。ピカピカだろ。」
「ふふっ、もう立派な大人ね。」
「まだ子ども扱いしてたのかよ。」
「そりゃあアリアと同い年だし、まだまだあの子はお嫁に行けるほど大人になれてないわ。」
さっきあなたたちの父親からその子を嫁にって勧められたんだけどな。っと心の中だけでツッコむ。
「お~い!そこの制服の人~!タッちゃんでしょ~!」
エミリーと会話の途中で後ろから声がかかる。振り返ると、三姉妹の長女のマリンとさっきお茶を入れてくれたアリアが袋を抱えてやってくる。マリンは一番活発な子で力がある。駅員の人数が足らない時は、重い荷物を男顔負けなほど抱えて手伝う姿を何度か見た。
エミリーとは対照的な感じだが、仲が悪いと思ったことがない。アリアは末っ子なのもあるのか、その中間のような性格だ。ある意味三姉妹の中で一番お嫁さんに向いている。ちなみにマリンは会うごとに私へのあだ名を変えるので、前会ったときは「タリッち」、その前は「ター坊」なんて呼ばれた。そろそろ統一してほしい。
「さっき振り、ターリー君。」
「さっき振り、お茶ありがとう。」
「タッちゃんいい服着てんね!そういや機関士になったんだってね。おめでとう!」
「マリン姉ちゃんも機関士やってみる?マリン姉ちゃんならやれそうだけど。」
「やっぱ機関士って男の仕事!って感じじゃない?か弱い女の子の私には無理だって~。」
と言って、わざとらしくか弱い女の子アピールをする。
「マリン姉は女の皮被った男みたいなもんでしょ。」
「エミ~。(涙)」
いつもこんな感じで三姉妹仲良くやっている。自分からしたら眼福である。
「じゃあ三人揃ったし、お茶でも持ってきますかね。」
「いや、僕はもう貰ったからいいよ。」
「まだ出発時間まで時間あるでしょ?ターリー君とアリアはここで待ってて。マリン姉、手伝ってくれない?」
「アイアイサ~!待っててね~、ミルクと砂糖たっぷりで持ってくるから。」
と言って二人は丘を下って行った。
「そういえばこれ。お父さんの言ってた。お野菜。」
「ああ、ありがとう。」
アリアは抱えていた袋を私に手渡した。中には色とりどりな野菜が詰まっている。土が付いているものもあり、ついさっき掘り起こしたのだろう。
「さっきまでお父さんとは何話してたの?」
「ああいや、その、ええっと……。普通におめでとうってお祝いしてもらったよ……。」
さすがにあの件を喋るわけにもいかない。まだ心の中で決めかねている。
「ふうん。で、それから?」
「それから?」
「うん、それから。またお父さん値段交渉してたの?」
「いや、違うけど……。」
「違うの?」
「あっ!えっと……。」
しまった。値段交渉ではぐらかしておけばよかった。 だんだんとアリアの目から「なに話したの?」と好奇心の目でこちらを見て来る。
「私に嘘ついてもバレちゃうからね?で、ナニナニ?」
「えぇっとぉ……。え、縁談の話を……。」
言ってしまった。アリアちゃんにだけは嫌われたくなかったので、圧に負けてしまった。少し恥ずかしくなってしまった。
「ふうん、やっぱり!」
「やっ、やっぱり?」
「だって最近、お父さんいろんな人に縁談の話しててね?マリンお姉ちゃんのこと貰ってくれないか~って振りまいてるの。マリン姉ちゃんいい人なんだけど、なんかみんな避けてるのよね。」
「あ、そうなんだ……。」
あの駅長、いろんな人に声かけてるのか。確かにマリンはもう結婚してもおかしくない年齢だ。むしろ平均的には遅いと言えるかもしれない。ただ、今日駅長から上がった名前はアリアだ。気を使って年齢の近いアリアを上げてくれたのだろうか。マリンも力のある女性ではあるが、僕はついていける気がしない。もっと筋肉のある男とかならいいのかもしれないが。
っと言うことは、今アリアをおすすめされた男性は私一人の可能性がある。もし今ここでアリアを嫁に選ぶとすれば、競合になる男もいない。僕とアリアの仲なら、おそらくいい返事が返ってくる可能性が高い。ただ、生半可な気持ちで嫁に来い、と言っていいものなのだろうか。何よりも、アリアに振られてしまった場合、私はどうなるのだろうか。さすがに考えたくもない。そもそもアリアはどんな男が好みなんだろうか。あまり好みの性格の話題をアリアからはこれまで聞いたことない。
「ア、アリアちゃんがもし結婚するとしたら、どんな人がいいの?」
「私が?う~んそうだな~……。」
アリアは少し考えこんで、
「この駅から離れるちゃうのも寂しいしな~。未来の旦那さんがこの駅に居てくれるってなら、正直誰でもいいかな~?」
アリアは眼下の車両基地を見下ろす。
「君の結婚のことだぞ?そんなんでいいのか?」
「うん、よく分かんないから。……でもね。」
アリアは車両基地の方から、こちらに振り替える。
「ターリー君みたいな人なら、いろんな所に連れて行ってほしいな……。ふふっ。」
アリアから私に向かって優しい風が吹く。これは……告白と受け取っていいのだろうか。いやアリアのことだから、大意もなくこんなことを言っててもおかしくない。ただ、正直前者であってほしいと願うほど、着てるロングスカートの揺れと、はにかんで笑うアリアの姿が”欲しい”と思えるほど綺麗な光景だった。
「それって、」
ぽぉぉ!
「わ!?」
機関車からいきなりの汽笛でアリアが驚き、耳を塞ぐ。荷物の積み荷が終わり、待機線の向かわせるための汽笛なのだろう。タイミングを考えてくれ作業員よ。
この後すぐにマリンとエミリーがお茶を持ってきて、二杯目を飲み干した。誰が入れたのか分らんが、溶け切れていないほどの砂糖が入っていた。おそらくマリンだろう。ただその甘さが悪い感じがしなかった。ちなみにエミリーとアリアは、眉間にシワを寄せていた。
出発時間が近づき、先輩が私を呼んできたことで甘いお茶会はお開きになり、三姉妹がホームで見送ってくれることになった。荷物はほぼ満載となり、貨物車両も何両か増えている。この荷物は一度会社に持ち帰り、再度別便で送ることになる。
「ちゃんとお野菜、中に入れた?」
「ああ、しっかり入ってるよ。社員のみんなでおいしくいただくよ。」
アリアから貰った野菜の入った貨物をポンポンと叩き、心配ないと応える。
「次は、いつ来るの?」
「そうだな、またこっちに来るときに寄れればその時かな。少し日が空きそうだけど。」
最近の荷物の流れから、南側のやり取りが増えてきた影響で北側のこの駅にも最近来れていなかった。補給以外あまり寄ることのない駅なので、機関助手の時には補給する機関車に乗せてもらっていたが、機関士になり、この『D510』号の専属機関士となるともっと頻度は落ちる。社長に掛け合えばまた訪問できるだろうが、そこまでして迷惑をかけるわけのはもちろんいかない。
「そういえば、さっきの駅長からの縁談の話。受けようと思ってるんだ。」
「え、ほんと?」
さっきの駅長の「早い者勝ち」宣告をされると、次にここに来れる日が分からない以上、早めに答えを決めておかなければいけない。
「誰にするの!誰だれ!」
「まだホントに決めたわけじゃないけど、次に来る時までにはね。」
目の前に取られちゃいそうな人がいれば、尚更早く決めなきゃ。
「次にこの駅に来た時には……、この機関車に一緒に乗ってくないか。アリアちゃん。」
「え、わ……私!?」
次にこの駅に来る目的を決め、時計を見る。そろそろ出発時間だ。
「そ、それって私に……」
「もう時間だから行かないと。……それじゃあ。」
顔が赤くなりそうになる前に機関車の方に振り返り、足早に運転席に向かう。先輩がニヤニヤしてる、見られてたか。
「青春だね~。」
「人の青春を後ろからじろじろ見るもんじゃないですよ先輩。」
「はいはい、悪かったよ。」
運転席に乗り込み、ブレーキテストなどの出発前点検を行う。先輩は炉に石炭を入れる作業に取り掛かる。
「ターリー君!手紙送るからね!待ってるから!」
吹き出す蒸気に負けないような大声でアリアが叫ぶ。私も運転席の横の窓から体を出して手を振る。
「分かったよ!汽笛出すから耳塞いどけ!」
体を内側に戻し、前方の信号が青になっていることを確認する。ホームの駅員も出発ヨシの合図を旗で送る。
「出発進行!制限40!」
指差喚呼ののち、汽笛を鳴らす。気持ちいつもより長めに鳴らした。後ろから三姉妹の声が聞こえたので、窓から左手を出しそれに答える。増えた貨物のせいか、この機関車の発進速度が鈍く感じたが、ホームを過ぎたあたりでいつもの調子で走り出した。
「アリアちゃんの為にもしっかり稼がないとな。」
「余計なお世話ですよ先輩。……先輩ってどうやって奥さんと出会ったんですか?」
「話してなかったっけ?じゃあ教えてやろう。飛び切りロマンチックにな。」
聞くんじゃなかったと思い、先輩がロマンチックな話が始まるタイミングで『制限解除』の標識を確認したので、めいっぱい加減弁を動かすと、気持ちよく機関車は速度を上げだした。
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