未完の肖像
しおん
未完の肖像
週末の午後、麻衣は小さな現代アートギャラリーを訪れた。
白い壁に点在する絵画は、どれも都会的で洗練されている。その中で一枚だけ、妙に引き寄せられる絵があった。モノクロームで描かれた若い女性の肖像画だ。
ただ、その表情はどこか硬直していて、視線がこちらを追ってくるように感じられた。
「気のせいね」と苦笑し、麻衣はその場を離れた。
ところが数日後、再び訪れると絵の印象が微妙に変わっていた。頬にかすかな赤みが差し、唇がわずかに笑みを帯びているように見える。展示は変わっていないはずなのに。
「この絵、少し違いませんか?」
思わず受付のスタッフに声をかけると、穏やかな笑顔で首を振られた。
「いいえ、飾られているのはずっと同じ作品ですよ」
気のせいにして帰ったが、その夜はどうしてもあの目が頭を離れなかった。
三度目の訪問。女性の表情は明らかに変わっていた。背景に赤い線が走り、まるで絵の中で血が滲み出しているかのようだった。麻衣の背筋は冷たくなった。
耐えきれずギャラリーの奥、関係者以外立ち入り禁止の扉をそっと開いた。
暗いアトリエの中に、キャンバスと絵具が並んでいる。
そしてその中央には──手足を縛られ、静かに横たわる若い女性の姿があった。顔は、あの絵と瓜二つだった。
かすかな吐息。まだ生きている。
麻衣は慌てて後ずさった。だが背後で声が響く。
「お客様。困りますね、勝手に裏へ入られては」
振り返ると、受付のスタッフが立っていた。
彼は微笑みながら、ゆっくりと絵筆を手に取る。
「作品は、まだ完成していないのです」
(完)
未完の肖像 しおん @sora_mj
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