第4話:異世界男子のトイレ事情(女しかいない世界編)
王立学院のお昼休みの時間だった。
僕が先生に質問して食堂に向かおうとした時、クラスメイトの風都スランカのクロツさんに声をかけられた。
癖のある黒髪を一本に束ねた小柄で穏やかな顔のな彼は申し訳なさそうに言った。
「ごめん、ギドくん。少々わたしの都合であなたの能力を利用させてほしい」
クロツさんが?
と思ったけど、別に断る理由がない。ちなみにさん付けで呼ぶのはクロツさんが享年最年長四十八歳だからだ。
「いいよ。何を検索複写すればいいの?」
「これに向こう側のミジンコの顕微鏡写真を写してほしい。わたしはそれを書き写すから」
複写用の紙を用意してる辺り計画してたな……クロツさんは理学科に通っている学者志望の人だ。そちらで使うのだろうと僕は納得した。
僕らは学生食堂の中で特別クラス向けに作られた席……これは女子との余計な接触を避ける為に区切られている所に入った。もう何人かきて食べている。
「検索複写。ミジンコの顕微鏡写真」
出てきた画像をポイッと複写すると、クロツさんは食事を放置してそれを書き写し始めた。僕の検索複写のインクも結構もつようになったけど、その内消えるのは相変わらずなのでそれは写す必要がある。
「ミジンコの画像なんて何に使うの? 頂きます」
僕は麺でできた食事に手をつけた。
「こちら側にもミジンコはいるよね。けれど義務教育課程で見たミジンコは明らかに向こうのものと特徴を異にしているんだ。その違いを説明することは簡単ではないけれど、少なくとも外観の違いであればあなたの力を借りて説明できる。そこから性質の違いについて論じられるかも知れないという話。ミジンコでここまで熱くなるとは思わなかったけれど」
と言いつつあんまり熱くなっているようには見えないクロツさんだ。元々最年長だったので落ち着きはある人だ。
「まあ何時間かはもつし、同じ画像も出せるから消えたら言ってよ」
「いや、この程度であれば五分程度で模写できるよ」
それはそれで凄いな……クロツさんは生物学でポスドクだったのでこういうのは得意らしい。
「理学科はよく分かんないことをしてるんだなぁー……」
横から入ってきたのは花都ギバイルクのイグル。水色の髪の毛は長いツーサイドアップにしていて、見た感じには完全に男子の制服着た女の子だ。
「早くから勉強するに越したことはないよ」
クロツさんは少しずれている。と言ってもこの人はルーラシアの生物学に魅せられているのでそういう結論になるのだろう。
「イグルはそう言うが、魔法科ではそこまで専門的なことはやらないのか?」
淡い金髪を短くまとめた中性的な見た目の持ち主、氷都ティンムドラのキールさんも会話に入ってきた。
「魔法科は基礎の発展からだよぉー……ギドは一通りできるけどおれにはまだできないことの方が多いよぉー……」
実際一緒に授業受けてると、イグルは非常にできない子オーラが出ている。
「技術科はどんなことしてるの?」
僕はキールさんに尋ねた。彼は技術科で学んでいる。
「技術と言っても、向こうで言う機械工学から地質学に当たる範囲が多い。そこはルーラシアでは不可分だからな。私が興味があるのは三次産業に関わる部分よりも二次産業にかかる部分……金属加工の分野だ」
この人は対応する鍵霊が金(マネーではなくメタルを指す)だからか、もうそちらに舵を切っている。もっとも、科を決めるのは属性が判明するよりもっと前だからルーラポケによる選択だろうけど。
「技士は忙しいらしいじゃないかよぉー。魔術師は導士までいかなくてもそれなりだし……」
イグルは前世の記憶(過労死)を大分引きずっており、忙しい仕事がさほどないと聞いて魔法科を選んだくらいだ。
「忙しさだけで将来を決めるのもどうかと思うが……」
キールさんはイェールというルーラシアでは一般的な炭酸ジュースを飲んだ。綺麗な喉が上下する。
「とはいえ前世の記憶と向き合うことは必要だよ。わたしも三つ年上の教授から『一生ポスドクでいてくれや。俺が死んだらあと譲るからよ』って言われたの未だに気にするし」
クロツさんはミジンコの写真を写し終えて、僕に「ありがとう」と言った。
「うん……僕も借金だけは絶対しないって決めてる」
僕が前世の親から借金肩代わりさせられたのは周知の事実になっている。こういう事情がイグルの場合過労死経験というわけだ。
「てめーら! 事件です!」
その時、僕らのスペースに食事のトレイを持って遅れてきたメダが叫んだ。隣にバラキ(メダと同じ医療科)がいる。
「なんだなんだデカい声で」
プオルが食事の手を止めて尋ねる。
「クラス棟のトイレでおしっこ零して放置した奴がいる!」
お昼の時にする話題ではないと思うんだけど、メダは立場上他の女子の苦情の受付窓口なので黙っていられないのだろう。
それにしても男子のトイレ事情を堂々と広言できるメダの懐の広さよ。ちなみにルーラシアには女子トイレしかないので僕らもそこを使うように言われてるよ。変なことをしたら即処刑だよ。
「場所は二階のトイレです」
バラキは座って食事をゆっくり食べ出した。もう無実を証明したのだろうか。
「なんだってメダは男子のトイレ事情を知ってるんだろうね、ギド」
アマンが僕を見てにこっと笑う。ショタコンが見たらたまんないんだろうけど今はひたすら怖い。
「いや……小便器ないよねって話題からそっちに向かってさ……」
男が生まれたのは八十何年ぶりとか言われてたルーラシアなので、小便用の便器は存在しない。当然ながら座ってするのが男でも普通だけど、この十人の中で誰かは立っていたしたらしい。
「私じゃないわよ? そもそも女として生きてるし」
メイジスが真っ先に主張する。紫色の髪の毛を揺らしながら葡萄をつまんで我関せず。と言っても好んで女言葉を使う奴を疑う人もいないが。
「僕でもないよ?」
「ギドは短小だもんな……」
プオルはこの前の意趣返しか、人が気にしてることを言ってくれる。残念ながらこの中で見ても小柄かつ女の子に見える率が高いのが僕だ。股間もそれに伴ってしまった。
「ってことはプオルね。やりそうだし」
「ちげーよ!! 普通に座ってするわ!!」
メダに嫌疑をかけられたプオルは必死に釈明している。と言ってもプオルは実際やりそうなのがまた……。
「待て。状況を整理しよう。発見されたのはいつだ?」
キールさんがメダに尋ねる。彼は元警官なのでこういうのに詳しいのだと思われる。
「昼休み入って少ししてからよ」
「そのタイミングでトイレにいくものは多いが……クラス棟二階であれば午前最後で専門科の授業が二階であった魔法科が怪しい」
キールさんの名推理が炸裂する。
魔法科は僕、アマン、イグル、メイジスの四人。
「僕は先生に質問するのに一階にきて、そのまま学食まで移動した」
「ギドくんは間違いないね。教員と話している所でわたしと会っている」
僕の話をクロツさんが擁護してくれる。
「私はそのタイミングでおトイレいってないわ」
メイジスが言った。
「寧ろイグルがやけに急いでいってたよな……?」
アマンの証言が出る。
「授業中……ずっと我慢してたんです……つい前世の癖でやっちまったんです……!」
そしてイグルはあっさり罪を認めた。
「イグル、罰として便所掃除!」
「はいぃー……」
金玉クラッシャーメダに逆らえる者はクタリニン十人衆にいない。金玉クラッシュされるから。十人中八人は既にされているらしい。
「あと立って足を肩幅に広げなさい!」
「ひっ」
メダは相当怒っているらしく、イグルは言われるがままになっている。
「秘技・ウォールナットクラッシュ!!」
イグルの股間にメダの蹴りがめり込む。まともに喰らったら悶絶必至の一撃だ。イグルはしばらく立ってこれないだろう。
「昼時に下ネタか……」
聖都ザラベルガのマシスが呆れたように言った。
「と言っても前世でしてたことってつい出ちゃうからなあ……」
アマンはイグルを擁護している。
「適応しなよ……女子しかいない環境に適応しないとこの先も暗いんだから」
僕は半ばあきらめの境地で言った。
「十人しかいないから男子トイレ新設も申請しづらいですしね……」
隠都アマツヒツキのカゲツの言う通りの事情もある。
ドン、キールさんがテーブルを叩く。
「立ちション禁止令を発令する」
キールさんの一言で僕らは満場一致した。破った場合は便所掃除の罰が課されることになる。
そんな王立学院の平和な昼休みだった。
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