第3話:異世界寮生活
ルーラシア語には固有名詞を除いても向こう側にない言葉がたまにある。
『ベレケン』って向こう側を検索したけど特に出ない。ルーラシア語では『自分の食う飯を自分で用意できない哀れで愚かな奴』という意味になる。基本的に罵倒ではあるんだけど、ルーラシアで病気してるわけでもないのに料理ができないのは自分の所為なので言われた側は黙ってるしかない。
何が言いたいかっていうと王立学院出ててベレケンなの? とか言われるのが本当に情けないので王立学院では寮に調理当番があるっていうこと。
アザシン寮に帰る途中で調理当番に当たって買い物帰りの水都マゴランのアマン、鉱都カルオペカのプオル、砂都ザガシンのバラキと会って僕は荷物持ちを手伝った。課題は終わらせてあるし、料理を手伝うのもありだろう。
ちなみにアマン達の中だとプオルがベレケン候補だったりするので任せるのが不安なのもある。アマンは上手でバラキは腕は普通だけど異様に覚えるのが早い。
煉瓦造りが基本の中で一件だけ目立つ木組みの寮(建物としては新しい)に入って僕達はキッチンに入った。
「飯なんて食えればいいじゃん……ルーラシアは食い物豊富なんだし」
プオルは水色の髪の毛を束ねて材料を洗いながら愚痴っている。こういう奴がベレケンになるんだろうなって発言だけど。
「ダメだよープオル。クタリニンの男ってだけで既に変な立ち位置なのにベレケン呼ばわりされるとかマジで屈辱じゃん」
肉の用意をしているアマンが注意する。褐色の腕もくくった茶髪も見た感じに幼いけど、料理は人一倍できる。
「実際に男ってだけで逃げる人いるしね……」
僕は林檎くらいの大きさの白いもちもちした実を挽きながらアマンに同意した。この実はメココの実と言う何もつけてない牡丹餅みたいな味がする実だ。挽いて少し炒めると水分が飛んでお米みたいになる。
「私は料理ができるというだけで喜びですよ……」
バラキがおかっぱにした金髪を揺らしながら控えめに言った。彼はプオルが洗った野菜を切っている。
「「「バラキ……」」」
バラキは僕達の中だと珍しく敬語で話す。というのも十六と言う若さで病死してこっちにきてるので享年が一番若いのだ。転生後は至って健康であり、痩せてはいるけど病気はしない。享年を超えるくらい生きてるのはバラキくらいのものだ。僕なんてあと二十年かかる。
「でも料理なんてろくにしたことないんだよ俺は……」
愚痴りつつプオルは野菜を洗い終えてお湯を沸かし始めた。こいつに作れるのは茹で野菜が限度だったりする。そもそものやる気がないので覚えも悪い。
「ほんとしょーもない奴だよねプオルは……」
「そんなんだから音楽聞きながら道歩いてて車にはねられて死ぬんだよ」
「やめろギド俺のトラウマを掘り返すな」
ヘッドフォンで音楽聞きながら道歩いてたら車に跳ねられて死んだ……それがプオルがこっちにきた経緯だ。僕の能力でプオルの前世の死亡記事を調べたことがあるけど、相手は高齢者だった。信号点滅してる横断歩道を歩いて渡り始めたプオルも悪いので過失割合は半々だ。
「しみじみと実感しますが、ルーラシアはいいですね。第一王都であっても空気が美味しい」
バラキが話を変えてくれた。
「割に文明もあるよね。水道あるの見てびっくりしたの覚えてるもん。異世界って井戸だと思ってたし」
僕は挽き終わったメココの実をフライパンに移した。これを炒めれば焼き飯みたいになる。できる過程が違うけど、向こうにあるものは割とある。稲作がある地域もあるらしい。
「でも音楽聞くのに未だに蓄音機だぜ?」
「プオルさ……その辺に異を唱えるなら技術科目指せばよかったじゃん。なんで騎士科いったの」
アマンの言う通り、僕らでも所属する科は選べて、プオルは志願して騎士科に入った。しかもその割にあんまり筋肉はついてない。
「うるせー俺は立派な軍人になって母ちゃんと母ちゃんに楽な暮らしをさせるんだ」
「まあ出世の道は人それぞれだけど……ルーラシアの軍人ってほんと出世しないと大して給料出ないよ……」
「……なんで知ってんのギドは」
「図書館で職業別の平均給与書いてある本を読んだ。騎士号貰わないと技術職以下だよ」
「……転科届ってどこで書けるんだっけ」
こいつ大丈夫かな……髪色が移ったみたいに顔まで青くなってるけどレンロ(ここではコンロみたいなもの)任せて大丈夫だろうか。
「転科事情認められないと無理だろ。あとプオルの成績で技術科に転科も無理じゃないかな……」
アマンの仰る通りだったりする。この辺は学校の規則に従う必要がある。
彼の肉の下ごしらえは終わったっぽいので僕はレンロに火をつけて焼く。
「プオルさんはルーラポケを見ても技官か戦士ですからね」
バラキがのんびり言って、アマンが差し出したサラダボウルに刻んだキャベツを入れた。
「土に潜るって使いどころ難しいもんな。悪いギド、プオルにメイン任せるの不安だからそのまま頼む。ドレッシング作んないと」
「オッケー」
アマンは手際よく調味料をいじり出した。なお、あんまり普及してないものもある。向こうなら巷で売ってるドレッシングは基本作る必要がある。既製品は二十メントもする高級品なので学生は食べられない。
「燃えるよりは使いどころあるだろどう考えても。茹でるのってあと何分やればいい?」
「待って塩振った?」
プオルは大丈夫かこいつとなるタイミングが非常に多い。実家暮らしの大学生の身分で死んだので家族思いなのが唯一の美徳と言える。
「ギドぉ」
不意に僕を呼ぶ声がした。
振り返ると波打つ紫のロングヘアを持つ美形……っていうか普通に美人にしか見えないメイジスがキッチンにきていた。
「何?」
「ガキどもの面倒見てる所悪いんだけど、電話よ。お母様から」
この人は生前から女言葉で話してたらしい。過去はいまいち知らない。
「ママから? ごめんアマン、バラキ、こっち任せていい?」
「いやいいよ。いってこいよ。俺に任せられないとしても親は大事だろ」
「プオルは野菜でも切ってろ。バラキ、ドレッシング頼む。火は俺が使う」
「いってらっしゃいギドさん」
僕は三人に見送られてキッチンを出て二階への階段の陰にある電話の方に向かった。
「ありがとうメイジス」
そこまでは部屋に戻るメイジスの紫髪を見てたんだけど。
「いいわよ別に。っていうか私キッチン手伝うべきだった? サラダの出来が不安なんだけど」
メイジスのバチバチに睫毛が長い目が僕を見た。
「そう思うならいってきてよ……」
「そうね」
僕はメイジスと交代して電話に出る。
「もしもし? ママ?」
ルーラシアでテベルジュワと呼ばれる電話はまな板の半分くらいの板にスマホサイズの板をくっつけたものに見える。見た目石材か金属だけど軽い。
「ああ、ギドか。どうしてるかと思ってな」
ママは十年前と大差ない声だ。ルーラシア人は食べ物の影響か老化が向こうより明らかに遅い。
「元気だよ。今日はクタリニンの対応属性が大賢者様から発表された」
「大賢者様に会ったのか」
「会ったって言うのかな……分身だけど声は聴いたよ。属性は第一種機密事項だから僕だけ教えて貰えなかった」
「……それはいいことなのか悪いことなのか分からないな」
「ほんとね。ただ、ルーラポケは役に立つって褒めて貰えた。実際バイト先でも上手くいってるしね」
転生者であろうと元の世界の書物を持ってくることは基本できないので、僕の技能は本当に希少だったりする。
「そうか。ならいいんだが。ところで、家を建て替えたっていう話をしただろう」
「うん、どう? その後は」
「腕のいい大工を呼べたお陰で快適だ……なんだが、マクのものも片付けたんだよ。そこで妙なものを見つけた」
「妙なもの?」
「いや、書物と言えば書物なんだが、異様に古い。鍵付きの箱に入っていた。マクは読書家だったが、あんなものは読めたか怪しい」
「え、もしかして古ルーラシア語?」
「私じゃ判別できないからなんとも言えないが、『ルーラシア』『パカンナント』と書かれた所だけ読めたんだ。明らかに今のルーラシア文字とは違うが、これを王立学院に送ろうと思う」
「そうだね。もしかすると読める人いるかも知れないし」
「ギドは読めないのか?」
「古代文字になるとクタリニンでも読めなくなるっぽいから学ばないと無理」
「冗談だ。そこまでは高望みだろう。なんにせよギド当てに送るから、先生方に見せてくれ」
「うん。先生にも伝えとく。あとバイト代入ったから近い内に仕送り入れるね。千メント」
「そんなにくれなくてもいいのに……」
割とママの常套文句と化しつつあるけど、毎月千メント送るのは僕が絶対に決めていることの一つだ。今回の稼ぎは二千四百メントだけど、将来への貯金もそれなりにある。ちなみに前にママに聞いた所によるとニナギで一人暮らししてひと月に使うお金は精々百メントから二百メントだ。王都はそれより物価が高くて一人世帯でも五百メント前後いるけど、にしても僕のバイト代はそれなりに高い。
「まあ持ってて困ることないから……」
「こっちから送れるものが少なくてすまんな。それと、ニナギでも変な勧誘が出たからお前も気をつけろよ。まあ学生寮にいる内は大丈夫だと思うが……」
「変な勧誘?」
「新興宗教だそうだが、ルーラシアでそういう話がきたら絶対に詐欺だからな。断ったよ」
変な話もあるな……ルーラシアの神と言えば女神ルーラ一択でそれ以外はパカンナントにも『神』の記載はないのに。
「うん、気を付ける」
「それと、メダにたまには電話か手紙をあいつの親に出すように言っといてくれ、割と心配性なんだあの家は」
「伝えとく。そろそろ夕飯の時間だから切るね。お元気で」
「ギドも達者でな。ポケラ・ルーラ」
「ポケラ・ルーラ」
新興宗教なんてあるのか……と思ったけど実質詐欺集団かな……なんてことを考えながら僕は食堂に向かう前にメダの部屋を訪ねた。勉強してたメダと一緒に食堂に向かって、十一人で一緒に食べた。
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