第2話:異世界のバイト生活

 ルーラシアにも製本技術はあり、出版社は普通に存在している……というのはパカンナントとペカンの下りで分かると思う。ペカン日報は国営のペカン出版が出してる。


 で、僕がバイトしてるのはジェルガモ出版という出版社だ。


 以下、王都の様子はなるべく書くから上手いこと想像して欲しい。

 煉瓦造り建物が並ぶ中ぽつねんと木造の王立学院アザシン寮を出ると石畳と煉瓦造りの街が見える。木組みの窓は綺麗に規則正しく整い、街は古くからの歴史を感じさせながら現代に適応している。


 王立学院の周囲は富裕層が住む区画だから、建物も立派で屋上を持つものが多い。ルーラシアには飛空艇の技術が発達していて、自家用の飛空艇を屋上に持つことは金持ちの条件の一つだ。空を見れば必ず飛空艇の行き来が見える。ニナギでは寧ろ見ない。

 それ以外の移動手段の内、自動車というものはない。導入は検討されているけれど、現在の所、馬車が主流だ。


 馬車、と聞いて馬がいるのかという疑問は出ると思う。そちら側にいる動物は大体いるか、似たようなものがいると思って欲しい。


 木組みの屋台が並んだ通りは歩道と馬車道が分かれ、交通ルールは存在すると分かる。この辺りまでくると向こう側で言うビジネス街だ。僕はその中の屋台で百貫揚げを二つ買った。二つで六メント。

 これは肉入りのコロッケみたいなものだけど、明らかに記憶に残るコロッケの味と違う。あるいは日本以外の国には似た料理があるのかも知れない。鴨の肉とジャガイモ、それと香草でできてるらしいけど。


 ビジネス街の建物はどんなものか。余程の貧乏企業でもない限り煉瓦造りだ。もっとも、それはルーラシアの王都であるルーラキアだからであって、クラスメイトに聞くと地元では木組みの店が多いって人もいた。プオルとかカゲツとか。ニナギ? ビジネス街がないんだよ。


 その中の一つ、ジェルガモ出版と立派な看板の割に建物はこじんまりした所に入る。


「ニナギのケクとマクのギド、きました」

 庶民に苗字がないルーラシアではこのように出身地・親二人・自分の名前を列挙する名乗りが一般的になっている。勿論フルネームの代わりと思って欲しい。


「おー、きたきた。原稿できたと見えるね」

 オレンジ色の長髪に眼鏡をかけて、割合一般的に見えるように感覚が麻痺したレオタードに身を包んだ人が僕を迎えてくれた。ジェルガモ出版の編集者であるチルさんだ。


「はい。持ってきました、今回の原稿。あとお土産の百貫揚げ一つどうぞ」

 僕がしてるバイトは検索複写の技術を使って向こう側の書物を検索・複写したのをルーラシア語に直す、いわゆる翻訳のバイトだ。


「いや助かるよ。おやつもね。クタリニンって稀にしか生まれないから異世界の書物って手に入りづらいし」

 という理由で珍しがられているので需要が多く、割と実入りはいい。お陰でケクママは僕が送っている仕送りで家を建て替えた。


「と言っても必要なものなのか分かんないんですけどね」

 僕は翻訳してきた原稿をチルさんに渡す。

 ちなみに僕の作業は検索複写した日本語を書き取ってそれをルーラシア語に直すというものなので地味に工程はある。翻訳の技術を元から持ってたわけでもないから僕が訳してるのは逐語訳の直訳と言っていい。


「いやいや……何これは。リューノスケ・アクタガワとモトジロー・カジイ……モトジローは初見だな。注釈は入ってるよね?」

「はい」

 名前をカタカナ表記するのはルーラシアの義務教育までだとどの程度漢字が分かるか怪しいから。

 昔のクタリニンに高名な漢学者がいて漢字を持ち込んだほか、異世界からの漂流物(これをペテッポ=楽園の尻尾という)にも漢字表記のものがあって漢字を取り入れる流れができたらしい。ルーラシア文字は表記が日本と異なるだけで仮名みたいな形式の表音文字だ。


「向こう側の文学史とか作ってみるのも面白そうだな……」

 チルさんは早速一儲け企んでる顔になって僕が持ってきた原稿を見た。


「そんなことしたら注釈の作業量が半端じゃなくなるのでやめてください……」

 クタリニン仲間九人に聞いたけど、文学が分かるのはせいぜいカゲツくらい。しかもカゲツの専門は古典なので近現代には明るくない。というわけで文学史はやめて欲しい。


「んー、でも面白そうなのだけどね。でも作品そのものが不評なのも中にはあるし企画通すのが難しいか」

「え、作品の評価低いのありました?」

「あれ、オサム・ダザイの「走れメロス」よ。ルーラシアで悪政働いた女王自体が歴史上数人だし多くの現代ルーラシア人はピンとこないのよ」

「あー、そういうことですか……」

 ルーラシアがいかに平和か分かるな……。

 僕は持ってたメモ帳にそのことを書いた。一応翻訳するものは選んでるけど、受ける受けないはルーラシアの常識に疎いと分かりづらい。常識が違うだけで「走れメロス」とか向こうじゃ名作扱いだしな……。


「寧ろ名前がアマツヒツキっぽいのの方が受けるかも。アマツヒツキの方に出荷したらそっちでも受けたし」

「となると……なんだろうな」

 隠都アマツヒツキは日本からのクタリニン(歴史に残る性別は女)が主導して今の形になった侍と忍者の都だ。ルーラシアに女として生まれただけで侍ではあったらしい。なのでルーラシアには刀もあるらしいけど、そもそも僕は本身の刀を見たことがないので判別つかないと思う。


「うん、今回も普通に読めるルーラシア語になってるな。クタリニンとは思えない」

「っていうかルーラシア語の感覚は割と現代日本語に近いんですよね……」

「何か昔に関係があったのかもね。アマツヒツキとかニッポン文化って言葉が存在するくらいだし」

 パカンナントのどこかに書いてあるのかも知れないけど、とりあえず三十巻以上あるものを迂闊には検索できない。多分長々書かれてるし。


「で、稿料どのくらいになるんですか……?」

 お金の話は毎回するけど毎回緊張する。そもそも人にお金をねだるのが仕事であっても苦手だ。前世で親の借金肩代わりした結果貧苦で自死したのを思い出すから。


「待って計算する。この原稿数だと……全部合わせて二千四百メント。結構書いたなー」

 ほんと結構書いたことになる。水増しはしてないけど注釈とか入れてくとどうしても枚数が増える。ちなみに枚数の他に注釈つける手数料がボーナス的につく。


「まあ今の時期ならそんなに忙しくもないので……来月どうします?」

「その前に報酬ね」

「はい」

 チルさんは手元の貨幣入れを開けた。

 ルーラシアは製紙技術こそ結構あるけど、ニセ札防止の為の技術はそんなにないので紙幣はなく、貨幣だ。銅貨一枚で一メント、百メントで銀貨一枚、一万メントで金貨一枚になる。金貨なんてめったなことでは持たないけど。買い物の便を考えて五メント銅貨や十メント銅貨みたいなのも存在している。

 大雑把に日本円で考えると一メントが百円=銅貨、百メントが一万円=銀貨、一万メントが百万円=金貨だ。金貨持ち歩くことがどれだけとんでもないか分かって貰いたい。


 そして僕はチルさんから直に銀貨二十四枚を受け取った。ここで銅貨を受け取って置いた方が日常の便はあるんだけど、銀貨で用意する方が圧倒的に手間はかかんないので大体銀貨だ。


「今回恋愛ものなかったよね?」

「ですね」

「ラブロマンスが見たいという要望が存在しているので異世界の恋愛ものを選んでください」

 恋愛ものだとなんだろう……なるべくなら著作権切れてる作家を選びたいけど、その範囲だと有名なのが残ってなかったりするからな……あ、「卍」とかいいかもな。


「男の作家が女性同士の恋愛書いたものがあるんですけど、どうですか。結構長いですけど」

「いいね。面白そう。あと読者の要望であったのは『男同士で子どもを作る話が読みたい』っていうやつ」

「ごめんなさい、ちゃんと説明してませんでしたね。クタリニンがいた世界の男同士と女同士での生殖技術は確立してないんですよ。特に男同士はマジで無理です」

 とりあえず科学的にも聞いたことがない。卵子の提供が女性側からないと無理だし男には子宮もないしで。


「ってことはファンタジーでもない?」

「探しまくればギリギリありそうなラインですけど……その……向こうでは大分アブノーマルな性癖なのでそれを読む僕がただではすみません」

「なら仕方ないか……」

 こっちの世界にもそういう性癖の人っているんだな……まあでも女同士で子ども作る世界なら男同士で子どもできると考える人もいるか……性癖なのか常識の違いなのかどっちだろう……。


「じゃあ代わりに軍人を書いたものは? 騎士の皆様からの要望よ」

「あ、それは色々あります。日本のは大体物悲しいと思いますけど」

「まあそれも文化の違いだから……っていうか要望あげてくとキリがないけど、多いのはそんなところ。特に恋愛と軍隊は多かったかな」

 血とセックスって言葉があるけど、こっちでも同じなんだな……。


「分かりました。ちょっと長くなると思います。その手の作品って長くなりがちだし」

「いいよいいよ。売れるし」

 売れてると僕の稿料も上がる契約なので売れて欲しくはある。


「じゃあ今日は仕事の話はこのくらいで。勉強分かんないとかある?」

「勉強だと……」


 チルさんは善意で勉強を見てくれている。僕は物理で分からない部分を質問した。理系は苦手だけど、こっちにも物理はある。でもクタリニン仲間は大体苦手だ。元からというのもあるけど、向こうの常識が通用しないリケによる魔法の部分があるので。

 そんな話をした後、僕はチルさんと別れて寮に帰った。


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