第2話:信じられない身体能力と、彼女たちの当たり前
「ここが、俺たちの家です」
シルヴィが言う「家」とやらは、東京のど真ん中にある、見るからに高級そうなタワーマンションの一室だった。 5年という空白。見知らぬ天井。そして、突然目の前に現れた、この世のものとは思えない美少女三人。
俺の脳は完全にパンク状態だったが、銀髪のエルフ、シルヴィの言葉は妙に説得力があった。
「カズヤは5年間、この世界の人から言えば……そう、行方不明だったんです。そして私たちは、異世界から来たカズヤの……仲間です」 そう言って、シルヴィは薄く微笑んだ。その横で、アイリスとリリィも頷く。
……異世界。仲間。 冗談としか思えない話だが、リリィが軽く放った魔力で部屋の照明が点滅したり、アイリスが「我が主を脅かすなら斬る!」と木刀を構えたりするのを見ると、どうやら本当に頭のおかしい話ではなさそうだ。頭がおかしいのは俺の状況だけ、とでも言うべきか。
「……まじか」 呆然とつ呟くと、シルヴィが「では、外に出てみましょうか」と提案した。 「気分転換になりますし、カズヤの身体機能の確認も兼ねて」 「身体機能?」
半ば引きずられるように、俺はマンションのエントランスを出た。 アスファルトの匂い。排気ガスの匂い。そして、耳慣れない都会の喧騒。 見上げれば、青い空に高くそびえ立つビル群。 たしかに、5年前の俺が知る景色とは全然違う。
「カズヤ、今の気分はどう?」リリィが楽しそうに尋ねる。 「えっと……よく分からない。夢の中にいるみたいだ」 「カズヤはよくそう言ってたわね」シルヴィが小さく呟いた。
四人で歩き出す。 俺の左右にはアイリスとリリィ。少し前をシルヴィが歩く。 俺は一応男なのだが、なぜか両側の二人が俺の腕に絡みついてくる。リリィに至っては、俺の腕にしがみついてぴょんぴょん跳ねている。
「な、なんだよ。人多いだろ、恥ずかしい」 俺が小声で言うと、リリィがキョトンとした顔で首を傾げた。 「え? カズヤはいつもこんな感じで私をエスコートしてくれたじゃない」 「そうですよ、我が主。人目を気にする必要などありません」 二人も全く悪びれる様子がない。 ……マジかよ、5年前の俺、そんな大胆だったのか? それともこれが異世界の常識ってやつか?
と、その時だった。
「ひったくりー! 誰か捕まえてー!」
背後から、悲鳴が聞こえた。 振り返ると、道の向こうから猛スピードで走り去っていく男と、転んでカバンを奪われた様子の女性。
「逃がすか!」 アイリスが叫ぶと同時に、その場から飛び出した。 速い。プロの短距離選手かと思うような速度だ。しかし、ひったくり犯も足が速い。人混みを縫うように、あっという間に距離が開いていく。
「ちっ、こんな街中で能力を使うわけにも……」 アイリスが歯噛みする。たしかに、木刀を抜いて大立ち回りを演じたら大惨事だろう。
「まったく、異世界の常識を持ち込もうとしないでください。ここは現代社会です」 シルヴィが呆れたように言うと、俺はぼんやりと空を見上げた。
その瞬間、思考よりも先に体が動いていた。
俺は、一歩だけ地面を蹴った。 次の瞬間、世界がスローモーションになった。 街を歩く人々。アイリスとリリィの驚愕に目を見開いた顔。 全てがゆっくりと流れる中、俺の体だけが、まるで音速を超えるかのように路地を駆け抜ける。
ひったくり犯の背中が、目の前。 考えるより早く、俺はそいつの肩を軽く叩いた。 「おい、それ返してやれ」
ひったくり犯は、俺の声に驚いて振り返った。 その瞬間、俺の体が勝手に動いた。
パンッ!
乾いた音と共に、俺の放ったデコピンが、ひったくり犯の額にクリーンヒットする。
「ぐぇっ!?」
ひったくり犯は、マンガのように目を回し、そのまま吹っ飛んだ。 壁に激突すると、まるで吸盤に貼り付いたように、ジグザグのひび割れた壁にそのままの形で張り付いている。 その手から滑り落ちたカバンが、地面にポトッと落ちた。
「……え?」
俺は自分の右手を見た。 まさか、俺のデコピンが人間を壁にめり込ませるほどの威力があるなんて。
呆然とする俺の元に、遅れて到着した三人の美少女たちが駆け寄ってきた。
「カズヤ様! お怪我は!?」 「ひゃー! カズヤすごい! 今の、魔法みたいだった!」 「……相変わらず、無意識の力は規格外ですね」
三人の視線が、壁にめり込んだひったくり犯と、俺の右手を行き来する。 特にアイリスは、目をキラキラと輝かせ、リリィは興奮のあまり頬を赤らめている。 シルヴィだけは冷静だったが、その瞳の奥には、どこか納得したような、それでいて少しだけ困惑したような色が見えた。
「……あの、これ、どうしよう」 俺がひったくり犯を指さすと、シルヴィは慣れたようにスマホを取り出し、どこかに連絡を入れ始めた。 「大丈夫です。少しばかり『事象の修正』を施せば、彼もただの気絶した酔っ払いに成り果てますし、壁の損傷もただの経年劣化ということにできます」
事象の修正? 経年劣化? 彼女たちの会話は、俺の知る世界からあまりにもかけ離れていた。
俺は、自分の右手のひらをじっと見つめる。 平凡な、ただの高校生だった俺の手。 だが、この手が、今、確かに人間を壁にめり込ませた。
――この5年間で、一体、俺の体に何が起こったんだ?
空っぽの記憶の奥底で、何かがざわめき始めた。 俺はまだ、何も知らない。 だが、この美少女たちと過ごす日々の中で、きっと、その空白が埋まっていくのだろう。
そんな予感を抱きながら、俺は困惑しつつも、目の前の彼女たちを見つめ返した。
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