第3話

 

 チャイムはいつも福音だ。嘘を終わらせてくれる。

 一限目は数学。禿げ教師の裏でのあだ名は、数学ヤクザ、てるてる坊主とか名前をいじった、えな坊だ。

「はいー、席つけぇ」

 休み時間は話すことなんかないのに雑談を続けようと頑張っている時は、早く授業が始まって欲しいなぁと思うのに、いざ授業が始まると暇だ。

 きちんと授業を聞き、教師が黒板に書いた問題を解き、板書すれば暇な訳はない。

 やらなくちゃいけない事は多いはずなのに、今一つ身が入いらない。

 竹本はどうにも暇で椅子の下で足を組んだりを繰り返した。

 変や奴だと思われるだろうから、そろそろ辞めたかった。

 高校は義務教育ではないから、授業を碌に受けない事、何もしていない事自体が、お金をベルトコンベアでどぶに捨てるような親不孝なのはわかっている。高校受験に失敗した分、授業はちゃんと受けて基礎を固めなければならないとも知っている。けど、どうにもやる気が出ない。自分は親不孝者なんだと帰結する。

 授業毎に3回はため息を吐いて、6回は時計を見た。

 授業が終わると授業よりも苦しい休み時間が訪れる。

 竹本がどんな話にも頷くからか、高越は竹本には何の興味もないバーチャルユーチューバーアイドル、高越はブイ、推しという。

 バーチャルでアイドル、仮想な偶像。存在していると言えるのかどうかも怪しい存在を熱を持って語る。

 同じ物を見ているはずなのに竹本とは凄まじい温度差。竹本には最近の技術のレベルの高さくらいしか良さはよくわからない。

 しかし、話すことが尽きぬほど熱中でいてすごいな、と純粋に思う。

 塾で会う富岡もそういうサブカルチャーが好きだけど、サブカルチャーの何が人を、高越をこんなにも熱中させるのだろう少し不思議だ。

 思えば竹本の母は、ネットは全て馬鹿らしい、ユーチューブだとか、インスタグラムだとか、ネットに対して昔から懐疑的に教わったからか、竹本はサブカルチャーの深みに嵌れないのかもしれないと考えた。

 高校生になって親から買い与えられたスマホは携帯電話としての機能を期待してのことだから。趣味で小説を書いたり、Youtubeでブイを見たりしてることは親には内緒だけど、もし母が竹本のスマホの検索履歴をみたら、高越と同じでブイを推して、娘が所謂オタクになったと悲観するだろうなと不思議と少し寂しくなった。

 想像は勝手にリアルになって、ママの声が脳内で聞こえてくるような気がして、叫びたいような殴りたいような、厚い曇天の下で片頭痛に苛まれるような、言語化しにくい雷雲を抱くような気持ちになった。これはきっと毒なんだと思う。

 少し、時間をかけて落ち着きたい。海底にでも瞬間移動したくなる。

「——してたゲームね、本当。昨日の配信良かったぁ、敵が三人いてもバンバン倒してくもんなー」

「あぁ、本当FPSゲームうまいよね、もう未来を見てるって感じ、しかも昨日初めてあのゲームしたんでしょ」

「そうなんだよ、もうね、プロにだってなれそう。流石」

 キュルンとした瞳で高越は推しへの気持ちをプレゼンする。返す竹本は鏡の前で練習すらした興味を持ってる演技を披露した。完全に聞き手に回るだけではなく、会話の中に対象についての情報を練りこむことが話題を膨らませて、気持ちよく話させて続けさせるコツである。

 授業を椅子に黙って座って聞いて、休みに嘘を言う。一滴一滴と黒い毒が竹本の心の器に滴る。その繰り返し。

 授業中は早く終われと祈って、終わったら終わったで早く始まれと祈る。机上の荷物をまた3回確認した。次は今年初めて教師になった女性で、生徒から舐められている押しの弱い科学教師。陽キャ達が教師と話し、時に授業妨害する様をラジオみたいに聞いていればいい、授業態度とか、きちんとつけていなそうな教師だから内職しやすくていい。

 英語をしたいけど騒がしいと長文は解きにくいから数学にしよう。

「せんせー、靴のサイズはー?」

 もう聞くことがなく、時間潰しに靴のサイズまで聞いていた。

 後方から女子の笑い声が湧き上がる。ちょっと怖い数学1とA、それと、冗談の通じない論理表現1では起こらない現象だ。

 今日もちょっとプリントの空白を埋めて授業は終わり。このペースで進んでこの教科、教師は大丈夫だろうかと、目元の皮膚の下の筋肉を見つめた。

 困っているようだけど、竹本がどうこうできることではないし、受験でも使わない教科のことは竹本が何かするべき問題でもない。

 授業が進まない事は将来、皺寄せがくるかもしれないが、覗き穴から見た事、テレビで見るような近くて遠いことに思えた。

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