第3話

2か月後。

「エリー、よく来てくれたね」

エドワードは、満面の笑みを浮かべて、私を歓迎してくれた。

ブライトンは、貴族達も訪れる海辺の保養地である。

エドワードは、そこの領主を務めている。


シャーロットとロバートの、慌ただしい結婚式が終わり、2人が新婚旅行に出かけたタイミングで、両親にブライトン行きの許可を願い出た。

2人は、快く外出を許してくれた。

「エドワードなら、信頼できる。安心して行っておいで」

伯爵は、ブライトン子爵宛に、娘が訪問する旨を伝えた丁寧な手紙を送った。


エドワードは、相変わらず、まぶしいくらいの美青年だった。

宮廷では、彼の妻や恋人になろうとして、若い女性達や人妻が、日夜争っているとかいないとか。

美しすぎる男性、というのも罪な存在である。


ブライトンに到着してから、エドワードに街を案内してもらった。

まず街の大きさと、海と浜辺の美しさに驚かされた。

ブライトンの港には、美しい船が、何艘も停泊していた。

街は活気に溢れ、軽快な服装の人達が、楽しそうに歩き回っている。


市場を歩いていた時、突然私の目の前に、果物が突き出された。

「きれいなお嬢さん、これ食べていってよ。今日仕入れたばかりだよ」

私が、びっくりして動けないでいるのを見て、エドワードが笑顔で、果物を受け取った。

「ありがとう、おばさん。わあ、美味しそうだね」

「あら、ブライトン子爵じゃないか。それじゃあ、もう1個おまけしとこうか」

「いいの?ありがとう」


気が付くと、彼らの周りに人垣が出来ていた。

「ブライトン子爵、このパンも食べて下さい」

「ワインをどうぞ」

「あとで館に、とれたての野菜を届けますよ」

次々と差し出される貢物を、エドワードは、にこにこしながら受け取っている。

「なんか悪いなあ、気を使わせちゃって」


領主の言葉に、その場にいる人々が、どっと笑い出した。

「何言ってるんだい、あんたのおかげで、ここで、毎日快適に商売が出来るんだよ。

売り物の1つや2つあげたって、足りないくらいさ」

そうだそうだ、という同意の声が、周囲から起こった。


私の顔を見て、先程の果物屋の女店主が、ニヤリと笑った。

「閣下も隅に置けないねえ。いつの間に、こんな美人さんと知り合ったのさ?」

「え?ああ、この人は僕の従妹で…」

「またまた~、照れちゃって。誤魔化さなくてもいいよ」

バシン、と背中を叩かれて、エドワードは、痛そうな顔をする。


エドワードは、王国で「5公」と呼ばれる大貴族の1人、マーベリントン公爵の息子である。

彼自身も、ブライトン子爵を名乗り、この地を統治している偉い領主様である。

そんな人に、市場で働く人達が、まるで友人のような親し気な態度を取ってもいいのだろうか。    


シェルバーンでは、領民達が、こんな風に上の人達に接しているのを見た事がない。

私は、生まれて初めて見る光景に、呆気にとられるばかりであった。


散策から戻った後、館のバルコニーにお茶が用意されていた。

ここからも、街の賑やかな様子が見下ろせる。

この美しいリゾート地を、若干28歳の若き子爵が、統治しているのである。


(…いつも、へらへらしているけど、この人は意外と有能なんだな…)

向かい側に座っている従兄を、ちらりと見た。

「エディは、すごいな」

「えっ?そ、そんな事ないよ」

彼は慌てたように手を振った。


「僕は公爵家の3男坊だから、家を継げる可能性はゼロに近いよね。自分の事は自分で何とかしろって、父さんに、ここに送り込まれただけなんだよ」

エドワードは、照れたように頭をかいた。


「それに、僕は、その人に能力があれば、身分に関係なく、雇う事にしているからね。優秀な彼らが、僕の代わりにちゃんと仕事をしてくれているんだ」

「しかし、普通は貴族の子弟を、雇用するんじゃないのか?」

「うん、そうなんだけど。彼らの中には、王都から離れたくない、遠くの地へは行きたくないって人が結構いるんだ。だから、地方都市はいつも人手不足なんだよね」


エドワードは、そう言ってため息を吐いた。

「…一歩外に出てみれば、金持ちになるチャンスは、いくらでも転がっているんだけどね」


王国では、現在の国王になってから、貴族も進んで仕事をすることが奨励されていた。

だから、爵位を継ぐ可能性がほぼ無い、次男以下の男子は、早くから実家を出る。

若い彼らは、そうやって豊かになった先輩達を見ているからだ。

しかし、年かさの貴族は未だに、労働は庶民がする事、という意識が抜けないようである。


「まあ、仕方ないよね。昨日まで遊んでいた人に、いきなり働けって言っても、はい、そうですね、とはならないから」

エドワードは、苦笑を浮かべた。

私は、ここに来てからわずか半日で、自分の価値観が何度もひっくり返されていた。

それだけでも、ここに来た意味はある。

「…エディ、しばらくここにいてもいいか?」

「もちろん、大歓迎だよ」

エドワードは、にっこり笑った。

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