愛していたこの才能を。
海空丸
第1話
幼い頃から染み付いた
私の特技、それは人間観察だ。
小学生の頃に、特技を発表する授業があった。
みんなの前で自慢げに、特技は人間観察です!
そう言った。
みんなの発表に賑わっていた教室は、
その一言で、静まり返り
大笑いされた。
みんなの前で笑われた瞬間から、
私の才能は本物だ。そう思ったと同時に
悔しくてたまらなかった。
気づけばあの頃は懐かしいな。
今ではそう思えるくらい大人になっていた。
あの時から私は、―絶対に誰にも言わない。
そう誓ってからは人に言ったことはない。
大人になった今でも、街を歩けば人間観察。
特技なんて言葉じゃ足りなくなっていた。
気づけば人を見るたび、人の温度、空気、目
声。全部通して伝わってくる。
知ろうとする前から、分かってしまう自分がいた。
それはもう、趣味でも特技でもなく
私という人間に染みついた才能なんだ。
人間観察っていっても、ただ見つめている
そんな軽いものじゃない。
この才能に目覚めたきっかけは、
幼い頃、いつも笑顔のお母さんが
心がどこにも居ないような
浮かない顔をしているその姿を見ていた。
私は、昔から人の表情の変化に敏感だった。
そのせいなのか、周りの顔色を伺って生きてきた。
その時幼い私は、
お母さん。
悲しいの?私、理由わかるよ。
お母さんのその顔は、いつもお父さんの話のあとに
だけ見せる表情だった。
お父さん、新しい家族のところに行っちゃったんでしょ?
涙がこぼれないように目を大きく開けて
お母さんに聞いてみた。
お母さんは一瞬、呼吸を忘れたみたいに固まった。
口は空いたのに、音は聞こえてこない。
この日から私は、―自分の才能を信じた。
それから、その才能に変化を感じたのは、
中学の入学式の日だった。
桜の匂いの中に、ひとつだけ冷たい気配が混ざっているのを感じた。
桜の木の下でおじさんが立っている。
泣いているように見えた。
大丈夫ですか?
そう声をかけた瞬間、胸が刺さった。
どうしてか、理由はすぐに察した。
奥さん、亡くなったんですか?
私は、こんな聞きずらい言葉をいつの間にか
口に出していた。
おじいさんは驚いた顔で笑った。
「亡くなってないよ。家で元気にしてる。」
その言葉を聞いたとき、
私の中で何かが静かにひっくり返った。
あ、私の才能、全部が当たるわけじゃないんだ。
まだ、見える部分からだけじゃ分からないことがたくさんある。
それだけが、痛いほど刺さる。
そんな昔の事を時々思い出す。
いつの間にか大人になっていた私は、
仕事で忙しい毎日が続いていく。
――あの日以来、この才能が外れた
ことはなかった。
人の気持ちを知りたい。
そこから始まった私の、特技はどんどん伸びていき、快感に変わっていった。
私が、幸せを感じれるのは人の気持ちが読めた時。
いつの間にか、人の気持ちが知りたいだけじゃなく
自分の優越感のために才能をつかっているんじゃないか、そう思ったが、無かったことのように
その感情を捨て去った。
仕事が終わり、家まで歩いていた。
最近は穏やかな日が続いているな。
人の気持ちが分かる。それはすごく楽しい。
夜の風は私の胸を包むように流れていく。
分かるはずの感情が、前より鋭く胸を刺すようになった。嬉しいはずの読み取れる力が、どこか重たく響いていた。
外の気温が少しずつ変わっていくのを感じながら
いつもの家の近くのコンビニに入った。
今日の夜ご飯どれにしよう。
選んでいるときだった。
棚越しに、フードを被った男の人の目がじっと私を、見ている。
その時、温度だけが急に変わった気がした。
あれ、あの男の人。
振り返った時、私の後ろにいた男の肩がわずかに震えていた。
呼吸が不自然に浅い。
私は、その時思った。
あの人が突っ込んでいるポケットの中に、
ナイフが入っている。
目を逸らなさない男の顔に、
私は全身がなぞられているような感覚を覚えた。
すれ違う時、体は無意識にその人を避けていた。
なんで?避けているんだろう。
一瞬その言葉が頭の中に浮かんだ。
走ってコンビニを出て私は、家まで全速力で帰った。
家に着いた瞬間、膝が勝手に震えていた。
安全だ、と頭で言い聞かせても、心臓の音が
静かになることはない。
もうすこしあの場所にいたら、絶対あの人に、刺されていた。
この才能が―私を守ってくれたんだ。
こんな思い二度としたくない。
体の震えは止まらないまま、布団を顔に覆い、眠りについた。
今日は何も無いといいな。
あれから毎朝、今日の私は何を知ってしまうんだろう。
―知りたくない。
胸の奥に何かが入っているかのように、
あの日から、ずっと消えない。
仕事へ行く前、仕事から帰る時、
私は、周りを見渡しながらあの人が、
と思う日々は続いた。
あれから数日、
外の景色はいつも通りなのに、人の表情だけが
妙に冷たく見える瞬間が増えていった。
胸の奥に違和感だけがずっと残っている。
昔のお母さんの顔を思い出していた。
気づけば、誰にも言えなかった幼い日の
不安を、なぜかお母さんだけには気づいてほしい。
そう思った自分に驚いた。
家に着いた時だけ、少しほっとできる。
この時間だけが今の幸せだった。
でも、その夜はなぜか窓の外が気になり
いつもなら気にしないはずの窓に
手を伸ばしていた。
ベランダをのぞいたとき、
道路に男の人が立っていた。
私はその瞬間背筋が凍り、喉が熱くなった。
あの人、人を殺した。
こんな事を人を見て思った事は今まで一度もなかった。
なぜだか、逃げろすぐに、そう頭が叫んでいる。
カーテンを閉め、家中のすべての鍵をかける。
どうしよう、胸の音はどんどん大きくなり
周りの音全てが違和感に感じて行った。
家の時計の音が大きく聞こえてくる。
いつも聞こえるはずなのに、
その音にすら、吐き気を感じトイレに籠った。
あの人殺し私を見ていた。
私を殺す殺す殺す。
何度も殺すと言う言葉が私の脳に響き渡る。
寝れば治るんだ。寝れば治る。
そう何度も唱える自分に怒りを感じながら布団に戻り、耳を塞いでいたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
朝目覚めて、心は少し落ち着いていた。
その時思った。
私、なにかおかしい?
突然自分に、違和感を感じた。
もしかしたら全て、私の勘違いなんじゃないか。
冷静に考えたら人の事なんてわかるわけない。
何を知ったような気になって喜んでいたんだろう。
すごく、恥ずかしくなった。
私は、周りの人に怯える日々を何ヶ月も続けていたようだ。
おかしいのはあの人殺しじゃない。私だ。
何よりも怖いのはずっと私だったんじゃないのか。
そう思った瞬間、
心の奥に張り付いていた靄が、
ゆっくりと剥がれていくみたいに軽くなった。
なぜだか胸の奥がふっと緩んだ時、桜並木のおじいさんの姿が浮かんだ。
おじいさんがいたあの場所へ。
行ってみれば何かが変わる気がする。
行かなきゃ。
あの日の桜並木の道を通っていると懐かしい気持ちになった。
花なんて咲いていない季節なのに、
あの日と同じ冷たい匂いだけが蘇った。
おじいさんが立っていた場所に、
白い花がひっそりと置かれていた。
その花を見た私は、あの日のおじいさんの言葉を思い出していた。
あれ?どうゆうことなんだろう。
それから少しずつ駅前の色が、変わっていく。
クリスマスの装飾が施されて街は輝いているように見えた。
その反面、この季節の匂いだけが私から離れなかった。
その景色を見ているのに、自分だけが季節から
置いていかれているようだった。
私は、何事も無かったみたいに、
仕事をこなして日々が過ぎていく。
やっぱり、何事も過信はよくない。
今まで優越感や快楽のために酔いしれていた自分。
才能を試すために観察対象にしてきた人たちへ。
本当にごめんなさい。
この言葉を最後に私の特技を―才能と呼ぶのは辞めた。
いつの間にか、囚われていた自分の特技に解放されてこれがありのままの私なんだ。
そう思うとどこか嬉しく感じていた。
あの頃小学生の特技の発表の日
本当はみんなが持っている特技、才能
がとてつもなく羨ましかった。
自信満々に発表した私は、幼い心の中で
対抗しようと頑張っていたのかもしれない。
今となれば笑い話にできるくらいになっていた。
こんなに心地がいいなんて。
私もやっと本当の幸せを感じられる。
だからもう大丈夫。
いつの間にか、街のクリスマスの装飾が外されていく。綺麗だった街並みもガラリと静まり返っていった。
外の車の音も、部屋でいつも流している
私の大好きな歌も、全部どこかへ消えていた。
世界が私だけを置きざりにしたかのように
すごく静かだった。
久しぶりにお母さんから電話が鳴る。
―その音だけが、この部屋のどこか遠くで
いつまでも鳴り続けていた。
愛していたこの才能を。 海空丸 @1kaikumaru1
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