第3話 一番腐ってる場所が役所じゃないとは言ってない
翌朝。
目が覚めても、当然だが現代日本のくすんだ天井はなかった。
代わりにあるのは、王城の一角にある“勇者用簡易ゲストルーム”とかいう、名前だけ豪華な六畳間だ。
ベッドと机と、やたらでかい紋章入りタペストリー。以上。
(異世界のはずなのに、出張のビジネスホテル感がすごいな……)
ぼんやりしていると、ドアがノックされた。
「ユウト。起きている?」
この低い声は——。
「どうぞー」
ドアが開き、銀髪の国家監査官が現れた。
朝から完璧に制服。髪も乱れなし。顔も当然のように無表情。
(朝から仕上がってるなこの人……)
「支度できているわね。行くわよ」
「おはようの一言もないの?」
「監査官だから」
(職業理由で会話カットしないでほしいな)
◆
■ 一番腐っている場所へ
「それで、その“国で一番腐敗している施設”ってどこなんだ?」
城の外へ向かいながら聞くと、エリシアは歩みを止めずに答えた。
「——王立行政庁、第二書類保管庫よ」
「うん、予想通り役所だな!」
思わずツッコんでしまった。
「あなた、嬉しそうね」
「いや、嬉しくはないけど……ホーム感はある」
「不名誉なホームね」
王立行政庁は、王城から少し離れた行政区画にあった。
中央にどでかい建物、その周囲にいくつもの分庁舎。
人と馬車と、資料を抱えた役人が入り乱れている。
門の前には、でかでかとこう書かれていた。
【王立行政庁
成長戦略局/予算編成局/会議運営局】
(会議運営局……?)
「会議運営“だけ”の局があるんだな……」
「ええ。この国でもっとも“成長”している部署よ」
「笑えない事実やめて」
建物の一角、半地下に降りる階段があった。
カビ臭い匂いと、紙のにおいが混ざった空気がかすかに漏れてくる。
階段の上には、錆びかけた看板。
【第二書類保管庫
──不要な書類は、ここへ】
(“不要”とか言ってるのに、捨ててないのがもう不穏なんだよな……)
◆
■ 紙の墓場
階段を下りると、そこは紙の墓場だった。
壁一面の棚。
天井まで届きそうな書類の山。
何かの拍子に崩れたら一人ぐらい埋まりそうだ。
「うわ……これ、地震来たら死ぬやつ」
「地震ってなに?」
「こっちにはない現象だと思ってくれ」
部屋の隅には、やつれきった初老の役人が一人。
机に向かって、黙々と判を押している。
「第二書類保管官のベルノよ」
エリシアが声をかけると、男はのろのろと顔を上げた。
「……おや。監査官殿に、どなたか新しい犠牲者を?」
「人聞きが悪いな」
ベルノは、俺をじっと見て、ため息をついた。
「若いな……。悪いことは言わん。ここからは逃げろ」
「扱いがひどい」
「ここはな、“前例がないから処理できない書類”が全部流れ着く場所だ。
誰も目を通さない。誰も責任を取りたくない。だから、ここに積む」
「ゴミ箱じゃなくて?」
「ゴミ箱に捨てるには“前例”が必要でな」
ベルノは肩をすくめた。
(ああ、そういう意味で一番腐ってるのか……)
エリシアが腕を組む。
「この第二保管庫には、二百年間の“成長戦略”と“改革案”が眠っている。
もし有効な案が見つかれば、この国を変えられるかもしれない」
「でも誰も読まない、と」
「ええ。だから——あなたの出番よ、ユウト」
「嫌な予感しかしない」
◆
■ 書類処理スキル、発動
「あなたのステータスカード、確認していいかしら?」
エリシアは俺のカードを覗き込み、じっと数字を見る。
【書類処理スキル成長率+30000%】
「ここで、このスキルを使うのよ」
「……つまり?」
「この山の書類を、片っ端から“読んで仕分け”してもらうわ」
「地獄を見せる気か!?」
食い気味に叫んでしまった。
「大丈夫。あなたは成長率がバグってる。
少し我慢すれば、きっと“人類を超えた処理速度”を手に入れられるわ」
「そのために人間性を捨てろって?」
「国家のためよ」
(完全にブラック企業の言い分なんだよな……)
だが、ここで逃げたら、きっともっと面倒なことになる。
それに——この国の停滞の原因が、本当にここにあるなら。
(……気になるじゃんか)
「分かったよ。やってみる」
俺は深呼吸し、最も手前の山から書類を一束つかんだ。
ざっ、と紙が鳴る。
内容は——。
『第47次 成長戦略原案
若者の就業支援に関する——』
(あっ、普通にまともな案じゃん)
だが最後のページには、赤いスタンプが押されていた。
【前例なしのため却下】
「出たよ……!」
次の束も、その次も、そのまた次も。
似たような提案、改善案、制度改革案。
だが全部、最後にでかでかと【前例なし】。
(狂ってるなこの国)
「どう? ユウト」
「想像してた三倍ひどい」
そんなことを言いつつ、俺の手は止まらなくなっていた。
読む、判断する、仕分ける。
適当に山を作り、似た案をまとめていく。
すると、頭の中に、妙な感覚が生まれた。
(……あれ? 読むスピードが、さっきより早い)
文字の塊が、脳にするすると入ってくる。
内容を要約するのも、分類するのも苦じゃない。
視界の隅に、いつもの表示が浮かぶ。
【書類処理スキルが成長しました】
【処理速度+50%】
【要約精度+30%】
【分類補正+40%】
(おお……マジでスキル上がってる)
ベルノが目を丸くする。
「お、おい……本当に読んでるのか? 流し見じゃないのか?」
「要約するとですね、この三束全部、
“若者向けの教育支援と起業支援をセットにしよう”って案のバリエーションです」
「お前、今のだけで三十枚は読んでるぞ……?」
「慣れてきたので」
俺の手はさらに加速した。
紙をめくるたびに、ステータスの表示が更新されていく。
【書類処理スキルが成長しました】
【処理速度+80%】
【同時処理数+2】
【エラー検出率+60%】
(同時処理数って何?)
試しに三束を同時に開くと、不思議と頭が混乱しなかった。
むしろ、複数の案を比較しながら読むほうが効率がいい。
「……これは、想定以上ね」
エリシアが、小さく呟いた。
◆
■ 過去からの“既視感”
どれくらい時間が経っただろうか。
書類の山は、目に見えて低くなっていた。
代わりに俺の頭の中には、膨大な“この国が潰した改革案”のデータが溜まりつつあった。
(税制改革案、産業支援、技術投資、教育改革……
どれもこれも、方向性としては間違ってない)
なのに全部、押されているスタンプは同じ。
【前例なし】
【リスク高】
【慎重な検討を要する】
(ああ、いるよなぁ。そういう判子だけ押して仕事した気になるやつ)
ふと、一枚の紙に目が止まった。
『成長戦略試案 第0号』
(ゼロ?)
他の書類より、紙が古い。
インクもかすれている。
タイトルの下には、こう書かれていた。
『この国の停滞の原因は、“魔王”ではなく——』
そこで文章が途切れていた。
「エリシアさん、これ——」
紙を持ち上げようとした瞬間、
別のスタンプが目に飛び込んできた。
【閲覧禁止】
【王命により封印】
(おいおいおい)
ページの端には、何重にも魔法陣のような紋章が描かれていた。
触れた指先が、じんわりと痺れる。
「……見つけたのね」
背後から、エリシアの声が落ちてきた。
「それが、“一番下に埋められていた書類”よ」
「知ってたのか?」
「存在だけはね。中身を読もうとした監査官は、全員左遷された」
「笑えない話が多すぎるなこの国」
エリシアが静かに手を伸ばし、封印紙をそっと撫でる。
「でも、今なら——あなたの“成長率バグ”と、
ここまで処理した書類スキルがあれば、封印の一部くらいは解析できるはず」
「いや、勝手に分析依頼しないで?」
「国家のためよ」
またそれか。
だけど、俺自身も、この紙から目を離せなくなっていた。
『この国の停滞の原因は、“魔王”ではなく——』
この先に何が書いてあるのか。
この一文だけで、喉が渇くほど気になってしまう。
その時、保管庫の扉が乱暴に開いた。
「第二書類保管庫に、誰の許可で——」
怒鳴り声とともに、制服姿の役人たちがなだれ込んでくる。
「監査官エリシア! その書類への接触は王命で——!」
空気が一瞬で張り詰めた。
エリシアは微笑みすら浮かべず、淡々と言い放った。
「——これは“監査の一環”よ。
異議があるなら、“前例”を持ってきなさい」
役人たちが言葉に詰まる。
(うわ、かっけぇ……)
だが、まだ問題は山積みだ。
封印された第0号の成長戦略。
王命による閲覧禁止。
この国の停滞の“本当の理由”。
そして——。
「ユウト。準備しておきなさい」
エリシアが、小さくこちらにだけ聞こえる声で囁いた。
「近日中に、あなたを“王の前”に引きずり出すことになるわ」
(え、またあの責任押しつけ顔と対面するの?)
紙の山に囲まれながら、俺はうんざりとため息をついた。
——それでも。
さっきまでとは違って、胸の奥がほんの少しだけ熱い。
(この終わってる国がどこまで腐ってるのか、
ちょっと本気で見届けてやるか)
その瞬間、視界の隅で、また新しい表示が光った。
【固有スキル《書類監査眼》を取得しました】
【虚偽・改ざん・抜け落ちを、高確率で感知できます】
(うわ、妙にリアルなスキル来たな)
たぶんこの先、嫌というほど役に立つだろう。
嬉しくない意味で。
——第3話 完
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