【短編ホラー】旧再開発区における“資材化痕”の観察

ささやきねこ

【調査ログ:区画B-47(旧再開発地区)】

—私的記録。単独調査時の観察断片。


https://x.com/wisperingcat/status/1991848953378447772?s=20


01: 【入口:東側搬入口】


シャッターの開閉履歴は三年前で途絶。

内部は異常に乾燥しており、粉塵が風もないのに“流れて”いる。

足首あたりにまとわりつくが、静電気では説明できない動きだ。

建材の劣化粉ではない。粒子径が揃いすぎている。

靴底に付着した分をライトで照らすと、反射光がコンクリート骨材に似ている。

「何の粉か?」というより、「誰の粉か?」と感じたが、思考を切った。



02: 【廊下:1F北面】


壁一面に、薄い“擦過痕”が並行して続いていた。

幅は成人の肩幅程度。

しかし、線が重なって濃くなった部分を指でなぞると、

石膏が 押し潰されて粒度が変わっている。

機械的な圧力にしては方向がめちゃくちゃだ。

まるで、廊下の中を「何かが横方向へ何度も繰り返し滑っていった」ような軌跡。

残留していた粉は、鉄骨を削ったような金属臭がある。



03: 【折れ曲がったエレベーターフレーム】


エレベーターシャフトが縦方向に“ひしゃげ”ている。

地震なら曲がる方向はある程度揃うはずだが、

これは、内部から外へ押し返されたか、逆に外から締め上げられた形。

シャフト内側に、手の形に似た凹みが複数ある。

指の本数は合っているが、深さが異常で、

鉄板の層が指の幅で“段階的に押し込まれて”いた。

生体の力ではない。けれど、工事機械の爪跡にしては無秩序だ。

そして、凹みの奥に付着していた粉はコンクリート片ではなかった。

粒に混じって、繊維状のものが混在していた。

布にしてはあまりに直線的で、金属繊維に近い。



04: 【踊り場:層状の“落し物”】


階段踊り場の端に、灰色の“塊”があった。

表面は乾いたスラブの断面にそっくりだが、輪郭が不自然に丸い。

近くにあったポーチ(バッグ)のチャック部分が、

なぜか 塊の内部へ半分ほど融け込むように入り込んでいる。

指で触れると、塊側がわずかに沈んだ。

コンクリートが沈むのではなく、

“形状を保ちながら別の材質になりかけている途中”に見えた。

チャック金具の銀色が塊の内部で薄く伸びて、

まるで液体が固まる前に動かされたような模様になっている。

人が落とすには重すぎる。

拾い上げようとしたが、持ち上がらない。

材質の密度がありえない方向に偏っている。



05: 【事務室:床面の“人型”】


床に薄い人型のくぼみがあった。

ただし、頭部が極端に平たく、肩幅も広い。

身体を押し付けたというより、

床の材質が“押し返すように変形”した跡だ。

輪郭の周囲には、シリカ粉のような白い粉が散っている。

靴で踏むと、細かい金属線が混じっていた。

人の髪が摩耗して金属線になるはずもない。

ということは、

この人型は、倒れ込んだ痕跡ではなく――

材質が途中で別の用途に“再配分”された痕だと考えるほうが近い。



06: 【中庭側倉庫:家具の異常重量】


スチール棚が一本だけ倒れていた。

倒れたというより、沈んでいる。

床に対して、脚部が溶け込み、

棚全体の比重が異様に高くなっている。

手をかけて起こそうとしても動かない。

重量というより、“動かす抵抗”が全方向から働く。

棚の内部を見ると、衣類がいくつか残されていたが、

どれも布地が半分、棚板へ「吸い込まれた」ように入り込んでいた。

引っ張ると、引き抜けるが、

抜けた布の断面はケイ酸塩ガラスの破断面に似ていた。



07: 【空調ダクト:咀嚼された形跡】


天井の点検口から内部を覗くと、

ダクトの一部が 螺旋状に潰れていた。

機械的な故障というより、

“噛まれた”ような圧痕に近い。

しかし、噛み跡の間隔が均一で、

生体の歯形とは一致しない。

むしろ、歯車が柔らかい金属をゆっくり押し切ったような痕。

ダクト内部の粉は白、灰、そして少量の黒。

黒い粉を指先で砕くと、磁性を帯びていた。

生物由来ではなく、構造材の配合物質が再構成されたようだ。



08: 【旧休憩室:壁面の“吸収痕”】


壁に沿って、複数の“擦過面”が縦方向に走っている。

何かが壁へ吸い寄せられ、

途中で抵抗したかのような跡。

擦過面の中心部には、

ベルトのバックルと思われる金属片が 半分だけ露出し、半分は壁の中に沈んでいる。

引き抜こうとしたが、

力をかけると周囲の壁材が“つられて伸びる”ように変形した。

材質が、固体と粘性体の中間状態で固定されている。

まるで、この部屋そのものが“消化途中”で時間を止めたようだ。



09: 【屋上通路:砂状の“道しるべ”】


屋上へ続く通路に、

一定間隔で灰色の砂が円状に積もっている。

どれも直径が40cmほど。

円の中心部分が薄く凹み、

歩行者の足跡に見えなくもないが、

凹みの形状が不自然に均一だ。

人の体重移動が作る“癖”が一切ない。

まるで、同じ型を機械的に押し当てたような跡。

そして砂の組成をルーペ越しに見ると、

粒が“輪郭の角度”を残したまま摩耗を止めている。

削り取られたのではなく、

誰かが“粉に再構成されて配置した”ように思える。



10: 【最上階:空調室前ホールの“合金化”】


床の一部が金属光沢を帯びている。

踏むと、硬いのに沈む。

既存のコンクリート上に金属板を敷いたのではなく、

床材そのものが“金属に近い別物”へ変異している。

指先でこすると、

細い銀色のラインが指に付着した。

鉄粉でもアルミ粉でもない。

熱処理を経ていない“未分化合金”の質感。

床の中心付近には、

膝をついた人の姿勢に近い凹みが一つだけある。

ただし、その人物の片足部分は完全に床へ融け、

反対側の足形は粉粒化して円状に散っている。

“二つの状態に分解され、別々に吸収された”ように見えた。



11: 【総合仮説(個人的メモ)】


・廊下の擦過痕

・吸収面

・合金化

・粉粒化

バラバラの現象に見えるが、

共通しているのは 都市構造そのものが、周辺物質を“別の用途へ編成し直す”動きを示している という点。

捕食や破壊ではなく、“資材化”。

この建物に限らず、区域全体がその傾向を帯びていた。

偶発的な事故として処理するには、統一性がありすぎる。


“都市が、自分に適した形に人間を調整して取り込んだ”

――そんな方向の仮説が、今のところ最も整合する。


もちろん、私が錯覚している可能性もある。



12: 【記録終了】


サンプルとして、小指大の粉粒だけ採取した。

材質は不明だが、形状は妙に美しい。

帰り道、袋の中でかすかに音が鳴った気がした。

調査報告は以上。

ひとまず今日はここまでにしておく。

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