ぶかつい!~AIに文芸部を追い出されたので作家チームの一員としてこれからはのびのび書きます

九戸政景

第一作 楽しく書いてただけなのにAIに追い出されました

浅田あさだ明日夢あすむ君、この意味がわかるかね?」


 ある日の部室、いつものように日常ものを書いていた僕は突然久住くずみ部長から肩を叩かれた。声のトーンと言葉の内容からするに怒ってる感じじゃない。じゃあこれは。


「これからも頑張ってくれ、の合図ですか? ありがとうございます」

「んなわけあるか! 君は肩たたきという言葉の意味も知らないのか! 文芸部に籍を置いている身で!」


 眼鏡の奥の目もそうだけど声が怒っている。どうやらまた間違えたらしい。やっぱり相手の感情を感じとるのは難しいな。


「すみません。肩たたきは肩こりを治すためのものしか知らないです」

「それは僕がやってもらいたいくらいだ。リストラだよ、リストラ! 浅田明日夢、君をこの文芸部から追放する!」


 指を指す久住部長の後ろで他の部員が「バーン!」と効果音を口にする。妙にコミカルだ。もしかしてこれは何らかのお遊びなのかな。


「追放……ああ、異世界ファンタジーで流行ってる要素ですね。部長、それで新作を書きたくて、その雰囲気を体験してるんですか?」

「そんなことしなくても優秀な僕なら書けるとも! 君はそうじゃないだろうがね」


 久住部長の鼻息は荒い。つまり、これは本気という事だ。でも、そんなの納得いかない。


「どうしてですか。何も悪いことはしてないですよ」

「僕ほどではないけれど、君は日常のあらゆるものを観察してそれを分析することでアイデアを作り出し、それを高い集中力ですぐさま文章にする事が出来る。だが、そんなの新しい部員の前にはかすんで見えるのさ」

「新しい部員……?」


 久住部長の手には携帯電話がある。その画面にはいま流行りの生成AIが表示されていた。


「これ、生成AIですよね。まさかこれが新しい部員ですか……?」

「その通り! 君ごときでも出来る事をこの生成AIならもっと早くこなす。その上、複数人からの依頼も手早くこなし、なんなら自分なりに考えた物語だって提示してくれるんだ。君にそれが出来るかな?」


 出来る、とは言えない。複数の用事が重なるのは困るし、僕が書いているのは主に現代ものだ。ファンタジーやSFのようなジャンルを、と言われると普段よりも確実に筆の進みは遅くなってしまう。


「……出来ません」

「そうだろうそうだろう! だいたい、今後の文芸部の部誌の出来や共有している投稿アカウントの評判を考えると君みたいな部員は必要ではない。僕達は人気作をバンバン出して出版者に声をかけられ、やがては人気作家として名を馳せていく予定なのだ。そんな中に限られたジャンルばかりを書いて、その上流行りにも乗れないような部員を置いておく意味がわからない! この生成AIに文芸部の現状を話し、いま不必要なものは何かを聞いた時に君の存在だと答えていたしね!」


 勝手な事ばかり言う。でも、他の部員からの反対の声もない。みんなの感情は相変わらず表情から読み取りづらいけど、きっと部長の意見に賛成なのだ。


「でも、AIに書かせたところで別に高評価を得られるわけじゃ……」

「いや、もう実績はある」

「え?」


 その言葉でハッとした。


「まさか、AIに書かせた内容を自分の内容として出したんですか!?」

「この前高評価だった作品がそうだ。君もそこそこ評価されてるが、AIほどではない。これでもまだ反論はあるかな?」


 部長は得意気だ。その瞬間にここにいる意味はないと悟った。


「……わかりました。そこまで言われた以上、ここにいる理由はないです。今日の内に退部届を書いて、明日お渡ししますね」

「ああ。それと、君の作品のデータはすべて引き取ってくれ。サイトに投稿していた君の作品はすべて消してしまうのだから、そのパソコンにも必要はないからね。顧問の先生にも一身上の都合という形で伝えておこう」

「そうですね」


 もうなんでもいい。とりあえずここからさっさといなくなりたい。書きかけのデータを保存して、僕はそれを自前のUSBメモリに移した。そしてパソコンの中の作品データをすべて消した後、カバンに物を詰めて席を立った。


「それでは失礼します。お世話になりました」


 それに対して誰も答えない。ますますいづらくて僕はすぐに部室を出た。


「はあ……これからどうしよう」

『面倒な事になったねえ、君も』

「ほんとにね」


 “肩の黒い柴犬”の声に僕は声を出して答える。彼はクロ、小さい頃からの僕のイマジナリーフレンドで、僕の作品の一つの『真っ黒クロは苦労する』の主人公でもある。


『で、どうする? このまま帰る?』

「それでもいいかな。携帯電話で書くのはいいけど、教室に陣取るわけにもいかないから」

『まあ、その方がいっか。そもそも、君は“特性”的に一人で集中してる方が性に合ってるし、作品をバカにする奴らのとこなんていなくていいよ。アカウントも新たに作りなおそう』


 それがいいと思う。そしてこれからどんな風に活動しようか考えながら歩いていたその時だった。


「待って」


 凛とした声が僕を呼び止める。クロが消えると同時に振り返ると、そこには文芸部の部員の一人がいた。


文野ふみのさん」


 文野織名おりなさんの長い銀髪が揺れる。それは輝く波となり、文野さんの顔立ちの綺麗さも相まって見惚れてしまうほどだった。


「今から私と来てほしいの」

「ど、どこへ?」

「説明はあと。早く」


 にこりともせず淡々と言う文野さんからは何も読み取れない。でも、このまま帰るだけだった僕はとりあえずついていく事にした。その先にあったのは、生徒会室だった。


「生徒会室……でも、どうしてここに?」

「とりあえず中へ入って」


 促されて中に入る。そこには生徒会長の文野伊織いおりさんがいて、机の上には原稿用紙と鉛筆が置かれていた。


「織名、ありがとう。ようこそ浅田君、生徒会室へ」

「ど、どうも……」


 どういう用件なんだろう。生徒会長に呼ばれるようなことをした記憶はないのに。


「突然だが浅田君、君は小説を書くのが好きかな?」

「はい。中々自分の感情を表現しづらい僕の唯一の表現方法が小説だと思ってますから」

「そうか。僕も同感だ。今は有名作家だのなんだのと言われてるけれど、妹とのコミュニケーションの一つでもあったからね」


 文野生徒会長は爽やかに笑う。けれど、その顔はすぐに真剣なものに変わった。


「浅田君、君の才能を見込んで頼みがある」

「た、頼み……ですか?」


 頷いた文野生徒会長から出てきたのは、とても信じられない言葉だった。


「僕達の創作チームの一員になってくれないか?」

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ぶかつい!~AIに文芸部を追い出されたので作家チームの一員としてこれからはのびのび書きます 九戸政景 @2012712

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