脳内ラヂオは隣の天使に届く

山田花子(やまだ はなこ)です🪄✨

プロローグ:雑音が、うるさい!!

 世界は、いつもうるさい。


 私、桜井こころには、他人の「心の声」が聞こえる。

 それは超能力なんて格好いいものじゃない。

 ただの「呪い」だ。


 すれ違う人の、どうでもいい愚痴。

 友人の、笑顔の裏にある嫉妬。

 教師の、建前だらけの称賛。


 全部、全部、ノイズとして脳に流れ込んでくる。

 逃げ場なんてない。

 イヤホンで耳を塞いでも、心の声は頭蓋骨をすり抜けて響く。


 だから私は、心を閉ざした。

 「クールビューティー」?

 違う。ただ、余計なノイズを聞きたくないだけ。

 人と関われば関わるほど、汚い音が聞こえるから。


 ……そう思っていた。

 高校に入学して、隣の席に「彼」が座るまでは。


 佐藤悠斗。

 クラスでも目立たない、空気みたいな男子。

 また、つまらないノイズが増えるだけ。

 そう思って、憂鬱な気分で隣を見た瞬間――。


『テステス。マイクチェック、ワンツー』


『……よし、感度良好』


『時刻は8時30分! 今日も元気に始まりました!』


『脳内ラヂオ、パーソナリティの佐藤悠斗です!』


 ……は?


『本日の第一ニュース!』


『隣の席の桜井さんが、朝から神々しすぎて直視できません!』


『眩しい! 御光が差してる! 拝みたい!』


『(心の声)「拝観料いくらですか?」』


『(俺)「全財産出します」』


 ……。

 …………。

 ……ぶっ。


 危ない。吹き出すところだった。

 何これ。


 彼の心の声は、他の人とは決定的に違った。

 ドロドロした本音も、計算高い嘘もない。

 ただひたすらに、バカで、明るくて、うるさい。


 まるで、深夜のバラエティ番組。

 あるいは、ハイテンションなDJのラジオ放送。


『おっと、桜井さんが教科書を忘れた模様です!』


『チャンス到来! 机をくっつけるチャンス!』


『でも待て! いきなり近づいたら「キモい」と思われるリスクが!』


『緊急脳内会議を開催します!』


『議題:「自然に教科書を見せる方法」!』


 ……くだらない。

 本当に、くだらない。


 でも。

 その「くだらなさ」が、私には救いだった。


 彼の声を聞いている間だけ、嫌なノイズが消える。

 彼のバカな実況中継が、世界を明るく塗り替えてくれる。


 私は、いつの間にか待ち望むようになっていた。

 毎朝、教室のドアを開けるのを。

 隣の席に座って、彼の「放送」が始まるのを。


『リスナーの皆さん(俺一人だけど)、今日も一日頑張りましょう!』


 ふふっ。

 残念でした。

 リスナー、ここにもう一人いますよ。


 彼は気づいていない。

 自分の脳内放送が、隣の席の「天使」に筒抜けだということを。

 私が、必死に笑いを堪えて、震えていることを。


 これは、鈍感な彼と、その声を聴き続ける私の。

 誰にも言えない、秘密のオンエア。


 さあ、今日の放送は何かな?

 

 ……佐藤くん。

 私、あなたの「脳内ラヂオ」、大好きだよ。


(プロローグ 完)

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