下書き③

 佐々川、という謎の人物について主任に聞いてみたが、明らかに反応がおかしかった。よほどひどい人だったのか、それとも何か大きな問題を起こして辞めて言った人なのか、本当に聞いてはいけない人の名前だと言わんばかりの反応をした。

 二、三年前に辞めた人、と主任は言っていたので、少し前の、忘れ物日誌を遡ってみた。シフト表は一か月もすれば捨てられてしまうが、忘れ物日誌は三年間は丸々残す規則らしいので。二年前と三年前のものをさかのぼれば多少は情報が得られるかと。バイトやパートを初めて、いきなり最終チェックを任されるようになるとは思わないが、少なくとも、忘れ物処理の日誌がいつからおかしくなったのか分かるだろう、と。……新館を担当しているのなら、社員の可能性もあるか?


 ともかく。佐々川さんはいたが――今と変わらず。存在しない客室で、人体の一部を忘れ物として処理している。少なくとも、2022年の1月から、ずっと。

 三年より前のものが見られれば、佐々川という人物がいつここにやってきて、いつから謎の客室で忘れ物処理をしているのかを知ることができたのだろうが、ないものはない。


 ……三年前から同じくいるらしい、仁科さんと渡辺さんなら、何か知っているだろうか?

 仁科さんと会うことは全くないのだが、渡辺さんなら週に何度かシフトが被るときがある。そのときにでも聞いてみようか?


 ついでに、敷島、という人についても調べてみよう。今ホテルで働いていないということは、少なくとも辞められたということ。 

 なら、どうやって退職したのかも知りたい。まあ、主任が別の人で、その人はあっさり辞めさせてくれた、とでもいうのなら、どうしようもないけど……。


 それと、気になるのが旧棟Aの203号室。毎年同じ日に、同じような忘れ物がある。たまたま、わたしはその日付に203号室を掃除したことはないものの、普段はよく清掃に入る部屋だ。各段、他の部屋と変わった様子のない部屋。

 だとしたら、偶然? でも、四年連続で、同じ日付、同じ部屋、同じような忘れ物、なんて起きるのだろうか? 服の忘れ物は、そこまで珍しくもないような気もするけど……。

 2026年の11月13日にその部屋を掃除すれば、何か分かるだろうか。


 まあ、絶対にそんな日までこのバイトを続けるつもりはないわけだけど――気になるには気になってしまう。


 ともあれ、次のバイトのときに、渡辺さんに話を聞きつつ、旧棟Aの203号室の方も、少しいつも以上に注意して掃除をしてみるとしよう。

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