下書き②

 失礼、愚痴が長くなってしまった。

 こんなものだから、当然十三時に終わらず、十五時までずれ込むという日々が続き、原稿もまともに書けなくて、これはまずいと思って、このバイトを辞めようと思ったのだが――。

 なぜだか辞めさせてもらえない。ただのバイトなのに、「あとちょっとだけ! 次に採用者来たら辞めていいから!」と言われ続け、もう半年が過ぎている。原稿は一本も出来上がっていない。専門学校時代だったら、半年もあれば、長編が二本は書けたのに。


 だからこそ、わたしはバイトを辞められないなら、労基に駆け込むかあ、とばかりに、ブラックな証拠を集めようとしたのだ。

 だがしかし、集め始めようと意識し始めると、このホテル、気味の悪い部分ばかりが見えるのだ。


 まずは、忘れ物の報告をする日報。


 わたしは、自分の部分を書くだけにとどめ、他の部分を見返すことはなかった。でも、担当部屋の多さと勤務日の証拠として提出するなら、これも記録しておくか、と思ったのだが、明らかにおかしなものがある。

 右手、頭蓋骨、子供……。『忘れ物』と言うには、無理があるもの。新棟ばかりで見つかっていて、旧棟担当のわたしは、ほとんど清掃に出向くことはないが、それにしたって、こんなもの、忘れ物、で済ますわけにはいかないだろう。

 それに、佐々川という人物はうちにはいないし、604号室、607号室、603号室という部屋番号も存在しない。部屋番号で考えれば、六階になるのだろう。でも、新棟は五階までしかない。旧棟の間違いか? とも思ったけれど、この日もわたしは出勤していて、旧棟の最終チェックを行っている。

 でも、こんな忘れ物はなかった。


 事務所にあった、共有日報もそう。わたしはあまり関りがないが、カフェやコワーキングスペースの管理をしている、パートの城宮さんが先日亡くなった。自殺という可能性もある、とネットニュースを見たので、何か原因がホテルにあったりして……と共有日報を見てみれば、明らかに変な書き込みがされていた。


 でも、誰もそれに触れない。多分、誰もかれもが、疲れ切って、自分のこと以外に目が向かないのだろう。


 亡くなった城宮さんのことまで取り上げるのは、彼女に悪いとは思うが、わたしとしては、労基にかけこむのでも、ホテル永宮が炎上するのでも、警察沙汰になるのでも、とにかくバイトを辞められればそれでいいのだ。


 もう少し、このホテルの情報を集めてみようと思う。

 ただ、ホテル名はともかく、登場する名前は全てわたしの方で適当に考えた、実際にはいない人間の名前であることだけは、ご了承願いたい。


 わたしはホテルと主任が嫌いなだけで、他の従業員に迷惑をかけたいわけではないので。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る